2-11「爆散する頭」

「ちょっと外出てくるわ」


 ふと、宗一は何かに気がついたように外を見て、それから立ち上がった。


「……ん? 行ってらっしゃい」


「おう、行ってきますっつってもま、すぐ帰ってくるがなァ」


 部屋を出る。


 そのとなりに壁にもたれ掛かった人物が居た。万夜の上司にあたる金髪の女性だ。


 それを確認した宗一は扉を閉めて、一言。


「盗み聞きたァ、趣味が悪ィな?」


「……そうか? お前は気付いてたみたいだし、これは実質盗み聞きではないだろ」


「盗み聞きだわフツーに考えやがれ」


 宗一が呆れたように呟く。部屋にいる幽也に聞かれないように声を潜めつつ、更に続ける。


「で、どうすンだ?」


「幽也に襲いかかった悪魔なら、〈杖〉が討伐した。跡形もなくな」


「らしいな」


「もう悪魔の心配は無いだろうに、どうしてそう警戒する?」


「……あのな、一応これでも兄なんだから心配はするだろ? 昨日の今日でこれじゃあよォ」


「殺そうとしたくせによく言うな」


「そんなん勧誘してる奴がよく言うわ」


 双方ともに呆れたように肩を竦めた。


「第一、一瞬でけりが付いたんだろ? 悪魔単一を相手にして。〈杖〉の魔術師ってェのはそンなに強ェのか?」


「まあ、あの子は強い。時と場合に依るがあり得ないと切り捨てる話ではないさ」


 宗一は、ヤゴロシと最初に〈杖〉の魔術師が対峙した 場面を思い出していた。確かにあの強さであれば、悪魔を倒せないことはないだろう。


 けれど、その戦いを目にしたからこそただの一撃で悪魔を殺しきれる訳がないと宗一は思っている。


「……何か、あるんじゃねェか?」


「疑ってるな、お前は」


「そりゃあ、アイツが全く疑わないからな」


「そうか」


「ところでよォ──あんな客、俺は呼んでねェがソッチの知り合いか?」


 宗一は暗闇を指差してそう言った。その先には堂々と歩いてくる一人の男。中肉中背、特徴と言えば顔を覆い尽くすようなのっぺりとした白い仮面を装備していた。


「なっ!? 悪魔!?」


 驚く女性に、


「やっぱ人じゃねェんだな」


 仮面を付けて夜道を歩く輩など不審人物に他ならない。宗一は納得したように、身構えた。


 明らかな警戒の動きに仮面男は足を止めて、宗一に話し掛けた。


「どうもちょっと聞きたいんだが、この辺りに霧川幽也、という人を探してるんだが」


「知らねェが、人探しなら昼間やれば良いじゃねェか?」


「いやどうやら俺が見える奴がらしいからな、つまりお前が霧川幽也か」


「違ェぞ?」


「いや言っていた。霧川幽也は悪魔を見れると聞いた。そしてお前は俺を見えるな、ならお前が霧川幽也だ」


「違ェが?」


「お前のレアティファクトを戴く」


「テメェの目は節穴か? レアティファクト有無程度悪魔なら見分けられンじゃねェのか?」


「俺の仮面は全てを見通す」


「そォか、なら」


「そうお前がレアティファクトを二つ持つと聞いた霧川幽也だ」


 悪魔が動いた。身を屈めて突進する。


「この悪魔、人の言うこと全く聞いてねェな!!?」


「退いてろ宗一」


「あァ」


 宗一が女性の前から退いて入れ替わるように彼女は前に出た。彼女の手に握られていたのは円筒状の金属容器を最小の動きで仮面男に投げつけた。仮面の額にぶつかり、コツリと硬質な音が鳴る。


「爆ぜろ」


「……!?」


 仮面の男はとっさに仮面を外し、空へと投げ捨てる。次の瞬間筒が男の眼前で爆発し、男の頭を吹き飛ばした。


「……えっ」


 なにもなくなった首から血が飛びだし、その光景を産み出した彼女は想定外の様子で目を丸くしていた。


 数秒の間血を吐き出していた首なしの体は、塵になって風に溶けていったのを見るまで青ざめた様子だったを見て、宗一は爆笑していた。


「わ、笑うな……」


「いや、だって、くく、すげェ顔だったし」


「いや、今の爆弾は特に魔術を施してないやつ……だったし」


 息も絶え絶えな様子で笑い続ける宗一に、しゅんとした様子で更に弁解を続けた。


「それで、様子見のつもりだったんだよ」


「様子見で顔面ボカンか」


 尚も爆笑を続ける宗一に漸く怒りが追い付いてきた。


「そうだよ、悪魔があの程度の爆発で死ぬわけがないんだよ!」


「──だろォな」


 宗一はすっかり真顔に戻り、悪魔の死体があった場所に視線を向ける。


「やっぱ、何かあるンだよ。弱すぎるって訳だろ? じゃあってな訳で気になったんだがよォ、ンだろォな」


「仮面? 仮面なら、爆発で砕けたんじゃないのか? 少なくともただの仮面に見えたしな、その程度ならあの爆発を至近で喰らえば砕けるさ」


「…………ま、俺ァ悪魔ってのをあんま知らねェ。考えてもしょうがねェな」


「案外そうとは限らん、言ってみろ」


「上から目線かよ」


 宗一は悪魔が死んだ場所まで歩いて行く。その様子を怪訝に思いながら見ていると、死体から生まれた塵を掬い上げた。


「仮面があの悪魔のとか、無ェか?」


「無い話ではない。がそう考える根拠は?」


「まずこの塵なんだが、どう見てもにしか見えねェ。悪魔って死ぬと小麦粉になンのか? それともこれは小麦粉に似た別物か?」


「…………小麦粉?」


 本当かと思って近づけば、確かに悪魔だった塵は白い粉だった。少し調べてみようと掬い集める。


「取り敢えず爆発を起こした以上ここに居るのを誰かに見られたくない。部屋に入れてくれ」


「あァ、しゃあねェな」


 宗一の後に続き、霧川宗一の部屋の玄関をくぐった。


 その二人が見たのは、誰もいない部屋だった。

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