タスケテの島 4


 死んだんだ。

 僕は死んだんだ。

 あの二人にはめられて、訳もわからないうちに、巨大クジラの生贄にされたんだ。


 このまま腹の中で解かされて、クジラの栄養になる。多分、骨も残らない。いや、もしかしたら頭蓋骨くらいは残って、クジラのフンになるのかもしれない。

 嫌だ。そんなの嫌だ、絶対に嫌だ!


「クッソーーっ!!」


 抵抗してやる、たとえ死ぬんでも、最期まで抵抗してやる!

 手足をむちゃくちゃに振りまわした。水の中みたいに、反動で体がぐるぐるする。そのうちに、遠くに光る一点が見えた。


 何だ、あれ?


 光は大きくなったり小さくなったりしながら、僕を呼ぶみたいに揺れている。

 あそこが出口なのか?

 クジラのおしり?

 それとも口の隙間?

 何だかわからないけど、あそこまで行けばなんとかなる気がする。

 息が苦しくなってくるのを我慢して、必死に泳いだ。少しずつ、光が近づいて来る。でも、あそこに着くまで、僕の息が続くだろうか……


「ガボッ!」


 苦しくなって来た。肺が悲鳴を上げている。頭がガンガンする。もう少し、もう少しなのに。


 ミキちゃん、助けてミキちゃん!


 手を必死に伸ばす。と、右の指先に何かが触れて――ぐっ、と手を握られた。


「うっ!」


 一気に光へ向かって引っぱられる。微かにミキちゃんの呼ぶ声が聞こえる。



 タカちゃん。


 タカちゃん。


「――タカちゃん!」

「……ミキ、ちゃん?」

「タカちゃん、タカちゃんっ」


 光の中、目の前にミキちゃんの顔があった。


「タカちゃん、良かった、タカちゃん!」


 ミキちゃんは、僕の手を握って泣いていた。

 どうなったんだ?


「……クジラ……?」

「タカちゃん、ずっと意識不明だったんだよ。タカちゃん、良かった、戻って来てくれたの、良かった……」


 僕……意識不明、だったんだ。

 ミキちゃんが急いで手を伸ばし、ナースコールする。そうか、ここは病院で、僕はずっとここに寝てたんだ。

 じゃあ、あの島は、夢?

 ばたばたと足音がやってきて、髭面の医師が顔を出した。

 僕の様子を確認し、僕の体につながれたいくつもの機械を見て、もう大丈夫ですよ、と頷く。とたんにミキちゃんはまた泣きだして、僕の手をぎゅっと握った。


「骨折も、ケガもありませんから、一週間ほどで退院できると思いますよ。でも、しばらくは安静にしてください」


 医師は僕にそう告げると、笑顔を残して去っていった。


「……どのくらい、寝てた?」

「一週間だよ」


 ミキちゃんが涙を拭って、真っ赤な瞳で微笑んだ。


「正直、今日がヤマだって、先生から言われてたんだ。今日までに目が覚めなかったら、もう目覚めないかも、って」

「……そうなんだ」

「ミキのこと、わかるよね?」

「わかるよ……全部、覚えてる、大丈夫」

「今、してほしいこと、ある?」

「鼻……かゆい」


 正直にこたえると、ミキちゃんは酸素のチューブがささった僕の鼻を優しくカリカリしてくれた。


「ずっと……夢、見てた」

「どんな夢?」

「島に、いたんだ。すごくキレイな、南の島」

「ふうん」

「ミキちゃんに、そっくりな女の子がいて」

「うん」

「最初に、タスケテ、って、話した」

「……タスケテ?」

「うん。アホ、タスケテって……変な夢」


 本当に変な夢だった。なんであんなの、見たんだろう。


 それにしてもあの子、ホントにミキちゃんに似てたな。名前、何て言うんだろ。もっとも言葉が通じないから、聞いたって教えて貰えなかっただろうけど。


 ミキちゃんが、一つはなをすすった。


「……あのね、タカちゃん。私も夢、見たの」

「どんな?」

「マキの夢」

「……誰?」

「私と、一緒に生まれた妹。死産だったんだけどね。昨日の夜、夢に出て来たの」

「……え?」


 ミキちゃんは大きな溜息をついた。

 ミキちゃんに双子の妹がいたなんて、初めて聞いた。ちょっとびっくりだ。


「マキがね、言うんだ。タスケテの島にタカちゃんが来たから、明日、病院に行って、タカちゃんの手を引いてやれって。そしたら、タカちゃん、帰れるからって」

「……」

「ただの夢だと思った。タスケテの島なんて聞いたことないし、私がタカちゃんを想うあまりに、見ただけだって。でも……」


 ミキちゃんは、僕をまっすぐ見た。


「マキが言ったから。妹が言ったから、試してみようと思ったの。そしたら、タカちゃん帰って来たんだよ……ホントに、帰って……」


 ミキちゃんは大きくはなをすすって、またまた泣き出した。


 そうだったのか。


 何となく、すべてがつながったような気がする。もしもあのときオッパイを選んでいたら、僕は今ごろあの世行きってことかもしれない。


 良かった、ポワポワマタって答えて、ホントに良かった。ミキちゃんと、ミキちゃんの下半身に感謝だ。そして――


「マキちゃんの、おかげだな」

「うん、ホントだね」

「退院したら、お墓参り、行こう」

「うん、行こう、一緒に」

「うん……ありがとう、ミキちゃん」

「うん」


 ミキちゃんが涙を拭いて、僕をそっと抱き締めた。


 タスケテの島――本当に不思議な島だったな。言葉のおかしさを考えたら、エロコント島とかのほうが合ってそうだ。


 夢だったのか、それともあの世の入口だったのか、僕にはわからない。

 でも、助けてくれたマキちゃんに、ちゃんとお礼を言わなきゃ。見事に思いっきり突き落としてくれた村長にも、よろしく伝えてもらおう。

 そして一つだけ、お願いしておこう。

 僕があの崖で、思いっきり「ポワポワマタ」って叫んだことを、ミキちゃんにばらさないでくれって。

 だって、だって恥かしいだろ、下心のカタマりみたいで!


「大きな花束、持って行こう……それから、マンゴーも」

「マンゴー?」

「うん。マキちゃんが、くれたんだ……きっと、マキちゃんも、好きだと思うから」

「……そうだね」

「それから……」

「なに?」


 退院したら、指輪を買うよ。

 あまり大きな石のやつは買えないけど、あの崖で見た、透明なオレンジ色みたいな、きれいな指輪を。

 そして、マキちゃんの前でミキちゃんにブロポーズするよ。きっとマキちゃんも、喜んでくれるから。


「……うん、何でもない」

「そう?」


 ミキちゃんは、 僕になにも聞かずに優しく笑った。

 その表情が最後に見たマキちゃんとそっくりで、僕は何だか泣きたいような、でも笑いたいような、そんな不思議な気持ちになった。



  (了)

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タスケテの島 京元 @Kyomoto

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