タスケテの島 3

 それからしばらく、僕は眠って、食べてを繰り返した。

 時計がないからわからないけれど、多分、三日はそうしてたんだと思う。


 夢の中に、何度もミキちゃんが出てきた。笑ってたり、怒ってたり、泣いてたり、いつもの彼女だ。会いたいな、いつか会えるのかな――

 いや、絶対に、彼女のところへ帰らなきゃ。


「……今、何日なんだろう」


 夕暮れの陽射しが小屋の隙間から見える。久しぶりに、寝床から起き上がってみた。ちょっとふらふらするけれど、体はだいぶ回復して、痛むところはない。あの果汁と果物のおかげだろうか。


 小屋から出てみた。村人はみんな家へ帰ったようで、誰もいない。

 村長は、あの女の子はどこにいるんだろう。電話は、そして無線は?


 村のなかをうろうろして小屋のほうへ戻ってくると、小屋の脇から森の奥へ道が延びているのを見つけた。何だか気になって、そっちへ行ってみた。


「うわあ……」


 森の中を何十メートルか歩くと、視界が一気にひらけた。目の前は崖になっていて、大きな夕陽が輝いている。


 美しい、とても美しい――世界は透明なオレンジ色に輝いていた。


 今まで船の上から夕陽を見て、キレイだなと思ったことは何度もあったけれど、そんなのとは比べ物にもならない。ふと、神々しいという言葉が浮かんできた。

 ミキちゃんに見せたいな。一緒に、手を繋いで。

 会いたい。今すぐ、逢いたい、ミキちゃん――


「あ……あれ?」


 急に、涙が溢れてきた。

 何でだろう。別に、悲しくなったわけじゃないのに。

 手の甲でごしごし拭っていると、人の気配がした。


「アホ、ボッチー!」

「タスケテー、アホ!」


 見れば、村長とあの子がこちらへやってくる。何だか真剣な表情だ。僕が黙ってうろうろしてたから怒ってるのかな。


「あ、あの、ありがとうございます。おかげですっかり、良くなりました」


 精一杯の感謝をこめて、深く頭を下げた。でも村長もあの子も、こわばった表情で僕をじっと見ている。

 どうしたんだろう?

 村長は咳払いを一つして、空を指差した。


「ババッチイ、フニャンコ、オパイパー、イ?」

「は?」


 それから今度は、海を指差した。


「マタ、ポワポワマタ、ジュ、ワリンコー?」

「えー、っと」

「オパイパー、マッキュロ、ポワポワマタ?」


 村長は何かを問いかけてるらしいけど、やっぱり意味がわからない。むしろオッパイ派かマタ派か? みたいな、性癖の質問みたいにしか聞こえない。


「ババッチイ、クソフニャンコ!」


 村長がびしっ、と僕を指差した。

 一体、どうしろって言うんだ。

 困っていると、村長は何度も、しかもだんだん怒鳴るような調子でにじり寄ってくる。気圧されて下がるうち、ついに僕は崖っぷちまで来た。


「う、うわっ」


 おっかなびっくり覗くと、はるか下のほうで白波が渦をまいている。

 高い。これは落ちたらヤバい。

 あの子が村長の後ろで、アホ、アホって叫んでいる。

 僕が答えれば良いのか?

 答えれば、止めてくれるのか?


「え、えーと……」

「メガ、クソフニゃンコ!」

「……」

「ババッチイ、オヨヨ!!」

「ひっ!」


 怖っ! 村長、鬼みたい顔してる。

 ええい、もう、どうにでもなれっ――


「ぽ、ポワポワ! ポワポワマタっ!」

「ヨーイ?」

「マタ、マタだよっ!」


 そうだ、僕はマタ派だよっ。厳密に言うと、おしりと太ももも好きだよっ。

 ああそうさ、僕はミキちゃんのポワポワしたそこが大好きだよ。でも僕は変態じゃないし、なんとかフェチでもないぞ!

 っていうか、すんごく恥かしいぞ!


「ヨーイ、ポワポワマタ……」


 村長は満足げに微笑むと、あの子に頷いた。彼女も嬉しそうに笑って、頷き返している。


 何だろう、この人達。他人の性癖を崖っぷちで問いただして、ナニが面白いんだ。もしかしたら、テレビの素人向けドッキリ番組なのか?

 村長とあの子は三歩下がると、夕陽に向かって両手を上げ、大きく息を吸った。


「コンドー、ムーチョ! コーンド、ムーチョチョ!

 シッテーシテー、ムーチョッチョーラー!」

「はああっ?」


 ヘンな歌とともに、両手を左右に大きく揺らす。


「やっぱりドッキリなんだろっ!」


 思わず叫んだ瞬間、大波が弾けるような音とともに、崖が揺れた。


「え、ええええーっ!」


 振り向くと、そこにはショッキングピンクに光る巨大なクジラが、崖の上までにょきっと顔を出している。

 なにこれ、CG? ほんとにドッキリなの!?

 クジラの口がぱかんと開く。赤いのどちんこの奥は真っ暗だ。

 クジラって人間食べるんだっけ――そんなアホな疑問が過った矢先、村長の雄叫びが聞こえた。


「デルー!」

「うわっ!」


 どん、と衝撃を受け、僕は弾き飛ばされた。村長に突き落とされたんだ。そのまま、クジラの口のど真ん中へ落ちて行く。


「ばかやろーっ!!」


 思わず叫ぶ。視界の隅に、慈愛に満ちた二人の笑顔が映った。


 僕を生贄に?――そこでクジラががぱんと口を閉じて、世界は真っ暗になった。

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