タスケテの島 2

 林の奥には熱帯の森がしげり、彼等はその中に村を作って住んでいた。

 村人が何事かと、ぞろぞろ出てきた。多分、二十人にも満たない。みんな日焼けして、南の原住民みたい格好だ。

 一人がアホ、と声を上げると、次々にアホ、アホ、と騒ぎ出す。彼らは僕を歓迎するように、もろ手をあげて迎えてくれた。


「アホ、ババッチイ、アホ!」


 葦のような植物で造られた小屋に僕を運び入れ、まず甘い水を飲ませてくれた。ココナツみたいな香りがするから、多分その果汁だ。


「美味い……」


 一口確かめて、一気に飲み干す。まだ飲みたい、もっと飲みたい。手を出すと、あの女の子がおかわりをくれた。


「ヘンターイ?」


 小首をかしげる。無垢な表情が初々しくて、とても可愛い。そしてとっても、ミキちゃんに似ている。


「うん、とっても美味しい、生き返る……」

「アホ、ヘンタイート?」

「ごめん、わかんない。でもホントに美味しい……えっと、デリシャス、セ・ボン、デリシュズ、ボーノ、オノ……」

「ンコ、タスケテ?」


 ンコ?

 ンコ、ンコ、ウン……。


 色んな国の「おいしい」を上げてみたけど、反応はない。通じないってことだ。

 でも僕が笑うと、彼女も笑顔になる。周りの男達や女達も笑顔になり、何だかほのぼのした雰囲気が広がった。


 結局三つも飲み干して、横になった。安堵が目から溢れでる。甘い汁を飲んだのに、涙は塩辛い。

 助かったんだ。僕、ホントに助かったんだ。

 人目もはばからず泣いていると、派手な色の腰布を巻いたおじいさんが進み出てきた。


「アホ、ナニミジンギーリ、タスケテカ」


 首やら腕に飾りをたくさん着けているから、多分村長だろう。

 村長は僕の右手をとり、しっかり握った。


「ありがとう、ございます……おかげで、助かりました」

「ウラポッポ、ハトポッポ、タスケーロ」

「あの、できれば……食べ物、お願いしたいです」

「フニャン、フニャン、トゥインコー」


 それってどういう意味だ?

 フニャフニャのチン……いや、そっちに想像しちゃいけない。


「マラッカ、フニャン、タスケテー。アホ、ババッチイ、ムックムクタスケーロ」


 村長は柔和な笑顔で、ゆっくり噛んで含めるように喋る。言葉の意味はまったくわからない、いやむしろ、ヘンな想像をあおるような感じだけど、表情や身ぶり手振りから、ゆっくり休みなさいと言っているようだ。


「ソンデ、デル、ピューン」


 出るんだ。一体何が出るんだ?

 とりあえず頷いていると、村長は傍らにいたあの子へ指差した。彼女は頷いて、山盛りの果物が乗ったトレイを持ってきた。


「ナニ、アラエー」


 彼女は僕の横に座り、果物を一つよこした。マンゴーのようなそれは、とても甘い匂いがする。

 たまらず、かぶりついた。


「う、うまっ!」


 食べ物、食べ物だ!

 弾力のある果肉をかみ砕き、ごくりと飲み込む。美味い、なんて美味いんだ。

 体に染みる。食べ物って生命力そのものだ。飲み込むたびに、生きる力がみなぎってくる。

 あっという間に一つたいらげると、彼女がまた一つ、手渡してくれる。そうして次々食べ、トレイが空になってやっと、僕は満腹になった。


「アホ、アレミジンギーリ、タスケトーク」

「おなか、いっぱいです。ありがとう、ホントにありがとう」


 嬉しい。嬉しくてまた泣けてくる。僕は生きながらえたんだ。

 村長に感謝の握手を求めると、ふしくれた手で応えてくれた。彼女も優しい笑顔で、僕の手に手を重ねてくる。周りの男達も寄ってきて、みんなで握手した。


「アホ、アフロポワポーワ、シモーノケポワポワ」


 アフロの下の毛ぽわぽわ?

 いや、いちいち想像しちゃいけない。

 手を離し、僕はそっと横になった。それを合図のように、村長は穏やかな表情で席を立った。


「アホ、ババッチイクソゲー」


 そう言い残して、村長が小屋を出ていく。他の人達も静かに去っていき、最後に彼女が軽く手を振って行った。


「はあ……」


 すごく、眠い。

 安心したせいか、まぶたが重くて重くてたまらない。目を閉じると、僕はすぐに眠ってしまった。

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