タスケテの島
京元
タスケテの島 1
「誰か……誰か、助けてくれーっ!」
灼熱の太陽のもと、力いっぱい叫んだ。
こうしてどのくらい、僕は叫び続けているんだろう。
昨日は枝を集めて何とか火をつけ、のろしを上げた。
砂浜に大きく「SOS」も描いてある。
でも、はるか遠くにくっきり見える水平線には、一隻の船すら見当たらない。雲ひとつない真っ青な空も、ときおり海鳥が飛んでいるだけで、ヘリや飛行機も来なかった。
汗が流れる。暑い。体中から水分が蒸発していくのがわかる。それと一緒に、生きようとする気持ちも消えて行く。
「もう、ダメだ……」
がくん、と膝をついて、熱い白砂の上に座り込んだ。
おとといの朝まで、僕はフェリーに乗っていた。俗にいう豪華客船ってやつだけど、ツアーの客じゃなくて、ただの客室清掃係だ。
青い空と薄衣のような雲、美しい瑠璃の海原。南の国のバカンスを楽しむ客達をうらやみながら、洗い物をしたり、掃除をしたり、毎日忙しく働いた。
約一カ月の航海が終われば、かなりまとまった給料が入る。それで僕はきれいな石のついた指輪を買って、彼女へプロポーズするつもりだった。
それが、沈没した。
まさかあんな巨大な船が沈むなんて、しかもあんなに早く沈むなんて、思いもしなかった。
救命ボートに乗るまもなく、どんどん傾いて行く甲板から海へ投げ出された。海面に叩きつけられて、息が詰まるくらい痛かった。
苦しい、怖い、苦しい――海の中でもがいてもがいて、もう死ぬかも、と思ったところまでは覚えている。そのあと、気がついたらここに打ち上げられていた。
生きてた、と喜んだあと、我に返って茫然とした。
「ちくしょう……」
ここがどこかわからない。
食べ物はない、まだ誰にも会ってない。
一晩、海風に震えながら過ごして感じたのは、生きながらえたんじゃなくて、死ぬまでの時間が延びたってことだ。
「だれ、か……」
絶望って言葉が、頭の中を過った。そしてそれは昨日からずっと、僕の背中に貼りついている。
「たすけてくれ……」
どうして僕が、こんな目にあうんだ。
青い空も、真っ白な砂浜も、頬をなでるそよ風も全部いらないから、僕を日常へ帰して欲しい。あんなせせこましい国で、ネズミの穴みたいな部屋にすんで、確かに「こんな生活もういやだ」なんて思っていたけど、今はたまらなく恋しい。
「たすけて……」
もう、声が出なくなって来た。
喉が痛い。水が欲しい。
一緒に流れ着いた一本のペットボトルは、昨日で空になった。腹なんて空きすぎて、既に何も感じない。多分、胃がなくなっちゃったんだろう。
仰向けに、倒れてみた。熱くて柔らかい砂に、体がめり込んで行くみたいだ。
このまま死ぬんだろうか。
青空が歪む。塩辛い味が喉の奥から沸いて来たけど、涙は出ない。僕は、確実に、干からびかけているんだ。
「たす、け……」
目を閉じた。波の音が、遠く近くに聞こえる。風が僕の上を通り、さわさわとヤシの葉を揺らして行く。
彼女は今、どうしてるんだろう。
心配してるだろうか。僕がまだ生きていることを願ってくれてるだろうか。そして僕が死んだら、泣いてくれるだろうか。
わからない。もう、何もかも、わからない――
「たす……」
「……タスケテ?」
ほら、幻聴まで聞こえる。もうすぐ死ぬ兆しだ。
「アホ、タスケテ?」
アホ?
アホってなんだよ。確かに僕はアホだ。おまけに運もない。
「アホ、タスケテ。アホ、ババッチイアホ、タスケテ」
幻聴のくせに、ビミョーな悪口だな。もう少し気の利いたこと、言えないのかよ。
ゆっくり目を開ける。すると目の前に人の顔があった。
「ミキ、ちゃん……」
ついに、彼女の幻まで見えるようになったんだな。
もう、ホントにダメなのかも知れない。だったらせめて、最期に抱き締めてほしい――のろのろ手を伸ばすと、ミキちゃんは驚いて飛び上がった。
「ドジョー!」
「ひっ!」
「ドジョ―、グワシェ、タスケレー!」
え、幻じゃないの?
ホンモノ?
ホンモノのヒトなの?
「ドジョー!」
ミキちゃんに似たその子は後ずさり、僕を指差して叫ぶ。頼む、怖がらないで。お願いだから――
「助け、て……」
精一杯の力をふりしぼり、ぐらぐらしながら身を起こす。女の子は目を丸くしていたけれど、そのうちに状況を悟ってくれたのか、ゆっくり僕へ近づいて来た。
「アホ、ンコ、タスケテ?」
そう、助けて欲しいんだ、今すぐに!
うんうん頷いてみせると、その子もひとつ大きく頷いて、ダッシュでいなくなった。
え、助けてくれるんじゃ、ないの?
「タスケテ、って、言ったじゃん……」
いや、もしかしたら、タスケテの意味が違うのかな。
長い黒髪に黒い瞳で、見た目は日本人っぽかったから、日本語が通じてるかもって思ったけど、そうじゃないんだな。
でも、ここには人が住んでいた。
良かった、もしかしたら、ホントに助けてもらえるかもしれない。電話とか、それがなくても無線くらいはあるだろう。
こんな僕だって一応、船に乗ってたんだ。モールス信号で救助を求めるくらいは出来る。
何とか立ち上がり、よためきながら、あの子が走り去った方へ歩き出した。すると十歩も行かないうちに、数人の人影が見えた。
「クソ、ババッチイタスケテ!」
「アホ、アホ!」
「クソ、アホババッチイ!」
ああ、現地の言葉だったんだ。僕の悪口じゃないんだ、良かった。
人影は三人の屈強な男と、あの子だった。彼らは僕の方へ走って来て、あっという間に担ぎあげると、ウマ、ウマ、クサッと訳のわからない掛け声をかけながら、ヤシの林の奥へ向かった。
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