43番のタイムカードは切らせない

ちびまるフォイ

43番の吹っ飛んだ時間

『17時になりました。タイムカードを切ってください』


全員が自分のタイムカードを持って、

それぞれに設置されている自分専用のカードリーダーに通していく。


『ガガッ。打刻完了』


カードにはそれまでの時間が刻まれる。

一定時間ごとに、時間を刻む必要があるので忘れるわけにいかない。


といっても、みんなで移動するので忘れようもないけれど。


「タイムカードに時間を刻んだものは休憩に入ってよし。

 それ以外にカードリーダーには触れるな。

 精密機械だから壊れると治すのに何十年もかかる代物だ」


時間を刻んだ人から共有スペースで昼食をとっていた。

休憩時間が終わると共有スペースからぞろぞろと人々が戻ってくる。


「いいか、タイムカードを切り忘れるなよ」


昼食後にもふたたびタイムカードを刻んでいく。

それぞれのカードリーダーに向かってカードを差し込んでいった。


『ガガッ。打刻完了』


監察官はそのうち1つのカードリーダーが赤くなっているのに気づいた。

赤いランプはまだ時間が刻まれていないアラートを意味する。


「おい、43番はどうした!?」


「え? 43番?」

「見てないな」

「あいつ影薄いから」


「全員で43番を探してこい!! すぐに打刻させろ!!」


全員が散り散りになって探しはじめた。

やがて、次の打刻時間が迫る頃になってトイレから43番が連れ出された。


「お前、なにしている! 早く打刻するんだ!」


「は、はい!」


43番は慌てて自分のカードリーダーに走った。

けれど、次の打刻までに時間は残されていない。





『19時になりました。タイムカードを切ってください』


――間に合わなかった。


「43番、お前どうして打刻時間になってもトイレにいたんだ?」


「僕が? どうしてですか?」


「やっぱりな、覚えてないようだから行っておく。

 お前らは時間を刻まないと、その時間が消えてしまう。

 つまり、記憶も何もひきつがれないんだ」


「そうなんですか。全然覚えていない。僕は休憩時間を過ごしたんですか?」


「とにかく、今はすぐに打刻しろ。このことを忘れないようにな」

「はい」



『ガガッ。打刻完了』


カードリーダーから吐き出されたタイムカードには時間が刻まれていた。



その後も、43番の打刻忘れは目立つようになった。


「43番。昨日もここと、ここの時間帯の打刻をしていないぞ」


「すみません。打刻忘れないようにします」


「……手になにか書いてあるぞ?」


「あ、そうなんです。打刻を忘れてしまうことが多いので、

 忘れないように手に書いているんです」


「それを始めたのは?」

「おとといです」


「効果ないじゃないか!!」


その後も43番は継続して打刻し忘れていった。

これは言い聞かせないと行けないと、男は43番のところに向かった。


「おい43番」


「あ、どうも。こんにちは」


「そのふせんは?」


「手に書いても打刻忘れていたから、もっと目の届くところに書いて

 たくさん貼り付けてみたんです。これなら忘れないと思って」


「改善する努力はしているようだな」

「もちろんです」



『20時になりました。タイムカードを切ってください』



「あ! タイムカードを切らないと!」


43番は自分のカードリーダーへと向かった。

これなら問題ないだろうと安心したが、翌日にその時間の打刻忘れが見つかった。


「43番、いったいどういうことだ。お前はカードリーダーの方に向かっていったじゃないか」


「すみません。打刻できなかったので、それまでの時間が飛んでいて……」


「打刻、できなかった?」


「あ、す、すみません! 「しなかった」ですよね!」


「いや、そういうことではない。叱るつもりはないんだ」


男は昨日の監視カメラを見直すと、

映像には人の波をかき分けてカードリーダーへと向かう43番の姿が映し出されていた。


『お願いです! 打刻させてください!』


『おい、みんな通すんじゃねぇぞ』

『お前みたいなお荷物、さっさと消えればいいんだよ』


仲間たちは43番を押し戻して打刻を妨げていた。

43番が打刻できなかったのは本人の問題ではなく、いじめが問題だった。


そのことを映像とともに当人に突きつけても知らんぷりだった。


「ただのいたずらですよ。それにこれ以外の打刻漏れが

 俺たちだっていう証拠はあるんですか?」


男は必要以上の干渉ができない立場にあった。

これ以上、他の奴らに突き詰めることはできなかった。


「そうですか。僕はいじめられていたんですね」


「打刻できなくて時間が吹っ飛んでいるから、

 お前はなにも覚えていないというわけだ」


「体にはちょいちょいアザがあったんでもしかして、とは思ってました。

 これはお願いなんですが、僕だけ打刻の時間をずらしてもらっていいですか?」


「ああ、構わない」


翌日から、他の仲間とは別に43版だけ別時間での打刻が行われた。



『ガガッ。打刻完了』



みんなが一斉に打刻する関係で人が密集する時間を避ければ

いじめっ子が打刻させまいと妨害することもできない。


はずだった。


「43番、また打刻できてないじゃないか。それも連続で」


「すみません。その間の時間が飛んでいて、覚えてなくて……」


「別の場所で足止めされたわけじゃなさそうだし……。

 いったいどうして打刻できなかったんだ」


男は43番のカードリーダーを見ると、挿入口がボンドで固められていた。


「あいつら……カードを刺せなくしたのか!」


いじめはより陰湿で犯人が特定できないようになっていた。

男も仕事の立場もあるので詰め寄れない。


「43番。ボンドは剥がしておいた。これで入れられるはずだ。

 次に打刻できなくなったときは、すぐに言うんだ」


「わかりました」



『ガガッ。打刻完了』



タイムカードに時間を刻んで忘れないようにした。

その翌日、43番が慌ててやってきた。


「あ、あの! カードが……!」


「やっぱり妨害してきたか! 今度はなんだ!?」


43番に連れられてやってきた先では、カードリーダーが破壊されていた。


「うそだろ……」


タイムカード側を捨てるなりしても再発行はすぐできる。

しかし、オーダーメイドの時間定着カードリーダーとなれば話は別。


「ひどいことするなぁ」

「ほんと誰がやったんだろうなぁ」

「これじゃ直るまで何も覚えてないんだろうなぁ」


聞こえよがしにいじめっ子たちは話していた。

それを聞いて、男は静かに笑い始めた。


「ククク、やりやがったなお前ら。

 発注するのにどれだけ時間がかかるかわかってるのか?」


「それも織り込み済みだよ。新しいカードリーダーが到着する頃には

 あんたの任期も終了、43番もすべて忘れている。

 何もかもすべて初期化されるから俺たちの悪事に気づくものはいない」


「その通りだ。そして、なんで俺がなにもしないのかわかってないだろう」





43番のカードリーダーが新しく到着する頃、

すでに時間は大きく流れていて、みんなの体はとうに老化していた。


43番だけを除いて。


任期終了となった男は43番を呼び出した。


「43番、俺は任期終了につき、本来の役目を果たす」


「本来の役目?」


「俺はカードリーダー外のバックアップ役なんだ。

 だから立場上これまで深く助けてやれなかった。

 そして、俺の記憶はお前へと継承される」


「一体何のために……」

「その先はお前が決めていいことだ」


記憶の継承が終わると、43番は刻まれていなかったいじめの過去を思い出した。


「43番。これからどうするんだ?」


「決まっているでしょ。

 時間を飛ばされたから、老化した時間もなく若いまま。

 今こそ、この体の差で報復するときでしょう?」


43番は静かに歩いていった。

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