二章 「明夜にて、ひとり迷う」part3
そういった、なぜだか急に漂う緊張感のなか――。
「皆さん、やっぱり凄いですね。それに比べて僕は……」
すぐ傍で、この一連とはなんの脈絡もない。けれど沈むような声が飛んできた。
一体だれの言葉か? 男性陣は伏せていた顔を一斉に上げ、しかし誰なのか分かっている彼らは視線を一点に集める。そう、ここ丸テーブルにはスレイ、三馬鹿、ディエゴの他にもうひとり、駆除屋『アルバルーチェ』の仲間が座っていた。
その者の名は、
「テッド、だったか。急にどうした?」
テッド――銀髪に翠瞳、加えてそばかす混じりの童顔がトレードマークな彼は、今日の飛竜狩りの際に弾薬補充を務めた新人だが。
なにやら、そのそばかすを酒で赤らめながら非常に落ち込んでいたところを、いまスレイが声を掛けた。返る目線の眼もほんのり赤いが。たぶん悟られないようにだろう、隠すように再び伏してからテッドは口を開いた。
「あ、いえ、すみません。なんか急に今日の仕事のこと思い出しちゃって……」
だが、スレイの質問に応じる声は僅かに震えていて。内から湧き出る何かを必死に堪えているのが傍から見てもバレバレだ。
これは……。と、察したスレイは少し沈黙し、同じ席を囲む仲間達の顔を窺う。
正直、こういった悩みを抱えた者の胸の内を晴らしてやるといったことは得意じゃない。
だからスレイは誰か代わりにと窺ったのだが。仲間達は全員首を横に振ってはスレイへと責を返す為、結局テッドを宥める任はスレイが務めるしかないようだ。
これも――気付けばそうなっていたとはいえ――団長オズウェルに次いでまとめ役でもある自分の仕事かと、スレイは無理矢理折り合いをつけた。嫌々ではなく、真剣に。
「今日の仕事ってことは……飛竜狩りのことだよな? なんだ、なんかそんな自分を卑下するようなことでもあったのか?」
テッドがこれだけ落ち込んでいるのはやはり「それに比べて僕は……」と本人が漏らすように、自身に不甲斐なさを感じてのことなのだろう。そして、スレイはテッド自身が不甲斐ないと卑下する原因も実のところ知っているが。こちらからそれを突いてしまっては余計落ち込むだけだと、分かっているスレイは敢えて本人の口から切り出すように自然を装って訊き出す。
「……僕は今日、何も出来なかったんです」一度頷き、テッドは喋り始めた。
「皆さんの弾薬を補充するという簡単なことさえ、途中でバテちゃった僕は出来なかったんですよ。結果、皆さんのお手を煩わせる羽目になって……なにをやってるんだろうって……結局僕はどこに行っても役立たずなんだなって自覚しちゃったんです」
肩を震わせて、ゆっくりと絞り出して言い切ると、とうとうその眼から涙が溢れ出した。
……やっぱりか。スレイは胸中で頷いた。
今日、飛竜狩りの最中、確かに弾切れが起きるという場面があった。飛竜が吶喊してくるなかで、赤毛姉妹とルイスの機銃の弾が切れた時だ。テッドの言ってることはこの時のことなんだろう。でも、それだけで役立たずと酷く卑下するほどでもない気がするが……。
それはきっと、首都へと帰還する道中でオズウェルから語られたことが起因している。
――あぁ、そうだ。スレイ、もうテッドとは……今日の弾薬補充を任せてた新人とはもう話したか?
――いや、まだだな。
――そうか、ならちょっと聞いてくれ。他の連中には話したことなんだが……。
魔動空船の中。難しい顔して語られた内容は――テッドが首都圏外の田舎町生まれであること。その町が2年前、魔獣に襲われ半壊したこと。14歳という若さで天涯孤独になってしまい、学業を捨て働き始めたこと。しかし、働き先で酷い扱いを長く受けてたことや、それ故に気力と自信を喪失してしまったことなど。どうにも聞くだけで心苦しく、ひとり苛辣な人生を歩んできたのだと。ここに来る以前の、テッドの人生をスレイはオズウェルから聞かされた。
つまり、やはり他の団員達と変わらず事情持ちなのだが。スレイも同じく他人事ではないからして、厄介だとは思わない。却って――。
難しい問題だな。とさえ慮り、スレイは腕を組んで思案する。こういった時、あまり下手なことを言うと本人の心の状況はより悪くなるものだと知ってのことだ。だが――。
「それは……テッド、お前は別に悪くないと思うぞ」
「――え? どういうことですか」
スレイの一言に、テッドが赤く腫らした瞼を持ち上げた。光を、希望を求めるような眼だ。
「あれは……なんつうか、誰が悪いかと言えば弾薬補充役をひとりに任せたオズウェルが一番悪いんだが。ただ、最初の戦況から見てオズウェルも別にそこまで人数は必要じゃねぇと考えてのことだろうし……そもそも、飛竜が例年と違った行動に出たからあんなバタバタする羽目になったからで……え~っとだな、」
スパッと、悪くないと言ったものの。続ける言葉をあまり纏めてなかったスレイは、訊き返されてしどろもどろとなる。以前より、他者に対して気を遣えるようになったとはいえ、スレイもまた幼き頃から荒事に従事してきたせいか、他者との上手な関わり方を未だ知らないでいるのだ。真にその翳った心を晴らしてやる術が分からない。
これ以上は上手く言えない。限界だと悟ったスレイは、助けを求めてたまたま目の合ったルイスに「頼む。あとは任せた」と合図を送る。弾切れが起きた時の状況に直面していたルイスなら、きっと気の利いたことを言ってくれるだろう。そう思ってのことだった。
ルイスが一度、「え、俺っすか?」とジェスチャーで返してくるが。意図を汲み取ってくれたのか、やる気に満ちた目で快く引き受け口火を切った。そう、ここまではよかった――。
「そ、そうだよ! テッド、お前は悪くない! だから気に病むなって。別にそれでもなんとかなったんだし、終わり良ければそれで良しって言うだろ?」
「……つまり、それは僕がいてもいなくても関係ないってことですよね。あと、細かいですけど、それで良しじゃなくて全て良しが正しい言い方だと思いますよ」
「…………」静寂。
スレイは額に手を当てた。ディエゴも、アロルドもだ。
しまったと。ルイスは悪い奴ではないが、自分以上に深く考えないで発言する奴だったと。そして知りながらも頼んだ俺が馬鹿だったと、スレイは自身に呆れた。
テッドは再び、暗く表情を翳らせてしまう。
結果的に悪くなったこの状況、果たしてどうしたものか……。
「そうじゃないだろ、ルイス。まったく……テッドも、色々と事情があるのは知っているが、それをいつまでも引きずるのはよせ。お前は覚悟を以て駆除屋になって、そしてここ『アルバルーチェ』の団員になったんだろ?」
スレイが考え始めようとしたところ、今度はアロルドが切り出した。だがその表情は少しだけ険しく、発する語気も鋭い。怯えた表情で、テッドの肩がびくりと跳ねた。
「そ……そうですけど、でもいまはっきり分かりました。やっぱり僕はこの仕事向いてないんですよ。このままいても皆さんの邪魔になるだけだろうし、明日にでも――」
「テッド!!」それ以上は言わせまいと、アロルドが叫んだ。再びテッドの肩が跳ね上がる。
「諦めるのか? 逃げるのか? いや、前の仕事みたいに。本当にここで働くのが辛ければ、いま言わんとした通り辞めたっていいさ。けど、お前がやらかしたと思い込んでいる失態をいまこの場にいる誰かが攻めてたりしたか。こっちは迷惑となんか一切思ってないぞ。なのに、たかだか思い通りにやれなかった程度で、自分で自分を貶めて逃げるのか? 本当にそれでいいのか?」
鬼気迫る勢いとはこのことか。普段見ないアロルドの一面に、テッドは当然ながらスレイすらも圧倒されてしまう。そしてスレイは、アロルドが何故ここまで言うのか分かっていた。アロルドもまた、テッドと同じく『アルバルーチェ』の団員となる前は仕事を転々としてきたのだ。根っこが真面目なところもよく似ている。同じ者としての叱咤なのだろう。けれど、テッドはその事情を知らないわけで。
「ぐっ……ぅ……うう…………っくぅ…………」
故に、とうとう泣き崩れてしまった。酒が入ってしまっている状況とはいえ、なんて不器用な連中なんだ。自身を棚に上げるわけじゃないが、スレイはどうしてもそう思ってしまった。
数分前の巫山戯てた雰囲気から一転、気まずい空気が辺りに漂う。が、その時――。
「まったく、なんたる体たらく。傍から聞いててため息が出ますねぇ」
椅子で涎垂らしながら気絶していたはずのトニーがむくりと、起きざまに開口一番吐き捨てた。泣き崩れるテッド以外全員が一瞬、動く屍でも見たかのような表情を作る。
「なんですかその顔は? まさか本気で死んでると思ってたわけじゃないですよねぇ? まあ、いいです。で、話に戻りますけど、皆さん人を慰めるの下手くそ過ぎやしませんか? スレイさんはなんだかあやふやだし、ルイスは馬鹿だし、アロルドは熱くなりすぎて極端だし……こう言っては何ですが。あなた方、人というのがまるで分かってませんね。具体的に言えば、人間の本質をまったく理解してない」
気絶していたとは思えないほど口の回りっぷりに、明らかに貶されているとはいえスレイは反論する気にもなれない。テッドは嗚咽を漏らしながら泣き続けてるし、何だこの状況は?
「な、誰が馬鹿だ! そういうテメェは上手く慰めれるってのかよ!?」
ルイスが吼える。それもいま現在、傷心中の本人の眼の前で叫ぶことでもない。
トニーは「やれやれ」と、盛大にため息を吐くとルイスの叫びに応じるべくしてテッドの横に立つ。その肩にポンと手を置いて――。
「いいですか、テッド君。あなたはきっと、過去の出来事と今日の一件を含めて、真面目が故に思い詰めて、自身を無能だと蔑んでいるようですが……俺っちは全然そうは思いません。何故ならテッド君はまだ駆除屋になってから間もないじゃないですか。そもそもやったこともなければ慣れない仕事でいきなり完璧にこなせるわけがないのです。出来なくて当然なんです。だからあなたが気に病むことなんてなにひとつありません。これからしっかりと学んでいけばいいんですよ」
いつも毒ばかり吐いているはずのトニーが、と。まるで聖人とすら見紛うその諭し方に(一度死に改心したのかもしれない)、二人を除いた四人が思わず「おぉ……」と拍手してしまう。
それでテッドも再び涙に濡れた顔を上げ、トニーと顔を合わせる。
するとトニーはにっこりと笑い、「ただ、いいですか? ここからが本当に重要なことなのでよく聞いてくださいね」終わりかと思われた話を続けた。ん? と四人は顔を顰める。
「にも拘らずですよ。駆除屋になって間もないテッド君はいざ知らず、二年もこの仕事をしているのにあなた以上に仕事が出来ない存在も、またいるのです。それがこの――アロルドとルイスというお二方です」
「なっ!」
「はぁ!?」
唐突なトニーからの名指しに二人は驚く。
「この二人はですね。実は今日の仕事で、それぞれ飛竜を一頭しか狩れてないんですよ。何百発も銃弾を放ってたった一頭です。ありえなくないですか? テッド君が忙しく弾薬補充に走り回ってたにも拘わらず、その悉くを外し、弾を無駄にしてたのですよ。その点、俺っちは今日だけで三頭墜としてるわけですが……俺っちと比べても彼らお二方の無能っぷりがよくわかるでしょう? だからテッド君、気に病むことはありませんよ。無能な先輩を反面教師としてこれから頑張っていけばいいんです」
……なんていう奴だ。トニーが語った人間の本質とやらを理解してしまったスレイは呆れとも驚きともつかず内心で思う。
要するにトニーは、仕事で傷付いた者は下手に優しくするのも説教じみたこともすべからず、その者よりも劣る者(実際にそうではなくても)を名指しして、過去の失態を
聖人なんかじゃない。生粋の悪魔だと、スレイは戦慄した。
そしてどうやら、アロルドとルイスも理解したようで。
「トニー? 確かに、正直、慰め方としては上手いと思ったよ、正直な。でもよぉ……わざわざオレやアロルドを馬鹿にする必要は、ねぇんじゃねぇのおぉおお? アロルド、お前もそう思うよなあ?」ルイスが拳をパキ゚ポキ鳴らす。
「ああ、そうだな。本当に、結局こいつの性根はこうなんだと、一瞬良いことも言えるじゃないかと感心した自分を殴りたいほどに理解させられたよ」アロルドが肩を回す。
「あ、これは嫌な予感が……」瞬時に危機を察知したトニーは後退り。
「トニー、人間の本質を語る前にまず、お前は人間が備えるべき最低限の道徳とやら覚えた方が良い。そして、それを今からお前に叩きこむ。覚悟は良いか?」
「その前に。言論ではなく、いかにそれを暴力で分からせようとする愚かさを訴えてからでもいいですかねぇ……?」
「却下だ。それは悪態さえつかなければまかり通ることだからな」
「ですよねぇ……俺っちもそう思います。では――!!」
正に脱兎の如く。トニーはテッドから離れ、店外へと向かって駆け出した。
「あっ! 逃げやがった!?」
「追うぞルイス!」
二人はトニーを追ってゆく。どうやら彼らはもう、テッドの件は忘れているらしい。
そして店の扉が開け放たれ鈴が響き渡り、冷たい夜気が店内へとなだれ込んだ。
店内を温かに彩る光源の一つ、蠟燭の火が揺れ少し翳る。それも収まれば喧騒、静寂、喧騒と連続してきた雰囲気にまた静寂が訪れた。
その只中にいま、スレイ、ディエゴ、テッドが取り残され、三人は互いに顔を見合わせる。
「…………」
長い沈黙。
誰もがこの、三馬鹿が巻き起こした事の状況についていけず。テッドも泣くことを止め、全員がポカンと呆けていた。その中で――。
「取り敢えず」と、黙っているわけにもいかないと口火を切ったのはディエゴだ。
彼は呟いた後、たっぷりと息を吸い込んで。
「もう少しだけ、うちで頑張ってみる気にはならないか? 俺達はこういうアホな連中ばかりだが、トニー含めて根っこから悪い奴は誰もいない。お前さんを苦しめるような奴はひとりもいない……どうだ?」
低く太い声でテッドに尋ねた。
テッドはハッとして、数秒顔落とし考える。のちに答えが出たのだろう、顔を持ち上げた。
「……はい。こんな僕で良ければもう少しだけ。いえ、ちゃんと皆さんのお役に立てるように頑張りたいと思います。だからその、上手く言えないですけど……よろしくお願いします!」
最後の言葉は気合いに満ちて、はっきりとした声音だった。
それを聞き遂げたスレイとディエゴは笑みを零して頷く。
「こちらこそ。よろしく頼むぜ、テッド」
「ああ、よろしく頼む」
言ったのち、三人は乾杯とグラスを合わせた。
かくして、深く難しいと思われたテッドの悩みは案外あっさりと晴らすことが出来たが。
簡単に解決へと至れたのは、三馬鹿達のやはり馬鹿なやりとりがあってのことだろう。と、スレイはひっそりと感謝するのであった。
同時に、本来それは自分のすべきことであり。
――やっぱり、向いてないな。
上手くやれない自分の不甲斐なさを、先程のテッドのようなことを、ひとりそっと胸の内で秘めた。
意味合いはテッドのそれとはちょっと違うが……。
その理由をスレイは誰にも吐露しない。自身ですら、いま頭に浮かんだことを奥底にしまって席を立った。
「……? どうした。もう、帰るのか?」
唐突に立ち上がったスレイにディエゴが声を掛ける。
「いや、ちょっとオズウェルと話すことがあんだよ。あとのことはもう、テッドといずれ戻ってくる
「それは構わないが……。今度はお前が難しい顔してるのはなんでだ、と思ってな」
「……」
グラスを傾げながら訊くディエゴと押し黙るスレイ。
「なんてことはねぇよ。ただ――。明日からまた、皆が休暇中の間だけ個人で行動しようと考えててな。その為の準備とオズウェルをどう説き伏せようか考えてただけだ」
「……そうか、ならいいが。あんまり抱えすぎるなよ、仕事も悩みもな」
「ありがとうよ。その気遣いだけで充分すぎる」
スレイは一度肩を竦めて答えると、この場を後にして、オズウェルの元へと向かった。
アルバルーチェ―world of magic and machine― 猫ろがる @NekoRogal
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