二章 「明夜にて、ひとり迷う」part2


 ――首都リヴ・テレステオ、歓楽街の角店『酒狂い共バッカスバカ騒ぎバッカーノ』。


 と、玄関上に掲げる看板は目がチカつくほどにカラフルな照明で彩られており。

 古くからある荘厳な石工建築物の佇まいに反する様は、この店が落ち着いた雰囲気を醸し出す小洒落た酒場バーなどではなく。もっと大衆に向けられた食堂だということをよく示していた。

 現にここの客層は家族連れや若者、そして男女カップルが多い。しかし店名に恥じず取扱うお酒も豊富な為、多くの酒飲み達も足繫く通うせいか、普段の店内は非常に幅広い客層を形成していた。

 そんな実に懐の深い酒場兼食堂だが、今日に限って言えば店内を多く占める客層はそのどれにも当てはまっていなく。

 一階に据えられた丸テーブルの殆どを、昇り陽と山のロゴが入った戦闘服ジャケットをこれ一様と羽織った者達が占領していた。

 とどのつまり、それが『アルバルーチェ』の面々である。

 ここに団長オズウェルを含め、延べ20人余りの団員達がいま一堂に会しており――。


「おいこら、青髪アロルド! なに逃げてんのさ。あたいの酒が呑めねぇってのか、あぁん!?」

「ちょっ、いや姐さん。俺、結構呑んでますんで、これ以上は……うぷっ、ちょっと――あ、ルイスが! ルイスが呑みたそうにこっち見てますよ!」

「はあ!? アロルド、テメェなんでオレに振るんだよ! いや、姐さん! オレよりトニーが! トニーが呑みたいって言ってるっす!!」

「うわぁ、そこでさらに俺っちに振りますかぁ。しかしながら俺っちも、もうこれ以上は呑みたくないのでここは先輩であるスレイさんが代わりに呑んでくれると非常に助かるんですが?」

「言葉を返すが、そこで俺に回そうとするお前の神経の図太さには心底感服するよ。だが、俺も今日はこのあと単車に乗るからな。悪ぃがその期待には応えられねぇ。ディエゴ、あんたならまだ呑めるんじゃないか?」

「あぁ、そうだな。……だが断る」

「かあ~なにさあんた達、誰一人としてあたいの酒に付き合おうとしないなんて、まったく見下げ果てた男共だね! はん、もういいさ。やっぱりあたいとリッカとで楽しく女子会とするから! あんたら男共は近付くんじゃないよ!!」


 宴もたけなわ。既に団長オズウェルからの祝杯が挙げられてから時間が経っているようで、皆が皆程よく酒が回り、談笑に浸り、店内の雰囲気は彼らの楽し気な喧騒で包まれていた。

 そうした彼ら『アルバルーチェ』の面々以外にも店内に少なからず他の客はいるが。さして鬱陶しそうな様子がなく、寧ろ傍から見て楽しそうに笑っているのは、彼ら『アルバルーチェ』の姿を普段から見慣れているからだった。

 というのも、ここ『酒狂い共バッカスバカ騒ぎバッカーノ』から歩いて五分もしない場所に彼らが拠点とし、寝所とする集合住宅があるためだ。近場にある為、彼らはここをよく贔屓にしているからか、気付けば店とも客とも良好な関係を築いていた。


「あ~あ、姐さん拗ねちゃったじゃないですか。スレイさんも中々ひどいお方ですねぇ」

 酒の回った赤ら顔でプリプリとその場を去っていくダリアの背中を見送りながら、トニーが当てつけとばかりにスレイへと言葉を投げかける。

「なんで俺だけのせいになってんだよ。それを言うなら全員同罪じゃねぇか」

「いやいや、この場でいまお酒を一滴も呑んでないのスレイさんだけじゃないですか。俺っち達はもう限界ですし、姐さんの相手が出来るのはスレイさんしかいなかったと思いますけどね」

 そうは言いつつも、琥珀色の液体が入ったグラスを傾げるトニーにスレイは苦笑した。

「そう言いながら、まだ随分と余裕ありそうじゃねぇかトニー? つうか、さっきも言ったがこのあと単車に乗るんだよ。酔っちまったら事故るだろうが」

「ああ、そういえばそんなこと言ってましたねぇ。ですがもう陽が変わるというのに何処に行かれるんですか? ……あ、もしかしてコレですか? まったくスレイさんも隅に置けませんねぇ」

「おい、誰かこいつを黙らせろ」

 スレイに女などいないと知りつつも小指を立てるトニーにほとほと呆れ、スレイはアロルドとルイスに目を配らせた。

 普段からトニーは饒舌で歯に衣着せぬことばかり言うが、酒が入ると尚のこと性質が悪い。

「無駄っすよ、スレイさん。トニーに何を言おうがしようが、そいつの人の神経を逆撫でる言動は治らないんですから。よく知ってるじゃないっすか?」

「まぁ、悪い奴じゃないんで許してやってください」

 さすが同時期に『アルバルーチェ』の団員となり、ダリアに速攻で三馬鹿と名付けられただけはある。トニーといつも喧嘩してはいるが、付き合いが長い分、二人の言葉にはトニーを毛嫌う様子は全くない。

 当然、スレイも別に本気で怒ってなどいないが。……そう、これはただの戯れだ。

「まぁ、いいけどな。にしてもディエゴもなんで断ったんだよ? あんたこそ、ダリアの相手が唯一出来る人じゃねぇか」

 実際、いつもダリアの酒呑み相手はなんだかんだでディエゴが務めていたのだが。

 スレイの問いにディエゴがゆっくりと口を開く。

「……俺も歳だな。最近あいつの相手をしていると、いつの間にか胃の中全部ぶちまけてぶっ倒れている。さすがにこの歳でそんな醜態はもう晒したくはない。これからは絡むのも絡まれることもなくゆっくり酒を楽しみたいのさ、俺は」

 グラスの氷をカラカラ回して酒を呷る。そんなディエゴは『アルバルーチェ』の古株で、年齢も次のリューネの月で30を迎えることから、なるほど、なんとも切実な願いだった。左に長く垂れた茶髪の前髪がなかなか侘しい。

 一方、ダリアは24歳。まだ若いとが主張するように、その姐御肌な気だて通り酒の嗜み方も荒々しかった。しかしディエゴが音を上げたことで、もう彼女の酒に付き合えるのは団長以外誰もいないだろう。

「そいつはなんつうか、(ダリアからの解放に)お疲れ様って言っとくよ」

 スレイが、彼自身も正直合ってるとは言えない言葉で労うと、いつも硬い表情なディエゴが珍しく「あぁ」と小さく笑みを零した。

 こうして駆除屋の男共の友情というむさくるしい雰囲気が、酒気と一緒にここで熟成されてゆく。しかしそういった雰囲気は長く続かないようで――。

「そういえばさっき、姐さんが女子会とか何とか言ってましたけど、本人は別に女子って年齢じゃないですよねぇ」

 何故それを今言うか。

 トニーの突如としたいらぬ一言によって周囲の空気は一瞬にして凍りついた。

 スレイが、ディエゴが、アロルドが思わず目を見開き絶句する。

「馬鹿!! トニー、お前死にたいのか!?」

 そしてルイスが慌てふためいて叫ぶがもう遅い。

「えぇ? だって事実じゃ――――ぐふぉあッ!!」

「トニィイイイィイイイイィイイイイイ――!!」

 間髪入れずしてトニーの首が真横に仰け反り、勢いに引っ張られて椅子ごと後ろへと倒れ込んだ。慌ててルイスが駆け寄るが、白目を剥いてるあたり手遅れらしい。気絶していた。

 そんな彼の傍らで拳大のロックアイスがキラリと輝いているが。それがトニーのこめかみを撃ち抜き気絶させた凶器であるのは明白なのと同時に、かくや魔動砲にも劣らぬ速度で投げ込んだのはもしかしなくともダリアであった。

「いよっしゃ、百点満点!」

 トニーが座っていた場所からちょうど対面向こう。店壁のロングソファ席で、ダリアが意気揚々とガッツポーズの姿を取っている。

「リッカもリズちゃんも今の見たかい? あたいの、口の減らない失礼男を一撃で沈める強肩を! なかなかなもんでしょ?」

「さっすが姐御! 惚れ惚れします!」

「え!? あ、いや、凄いですけど、今の大丈夫なんですか……? トニーさん、気絶してるみたいですけど、あはは……」

 同調を求められたリッカが嬉々として賛同し、リズと呼ばれた新人魔女はどう反応したら良いのか分からず困り果てながら笑っていた。

 彼女達のその姿を遠目で見ているスレイを始めとした男性陣は、「やりすぎだろ」とは思いつつも、酒の力を借りた無敵のダリアを前にして言葉にする覚悟はなく。ただただ冷ややかに、懲りない奴めとトニーを哀れんだ。ダリアに対して歳に関することは禁句だというのに……。

 せめて自分達には飛び火しないようにと、男性陣はテーブルに視線を落とすのであった。

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