第二話 生きていくには
【生きていくには】
『生命の民』、自然のまま、ありのままに命を増やすメートと違い、ゾートは製造されることで数を増やす『創造の民』だ。『死』を持たない彼らを無計画に造り出すことは、世界のバランスを崩壊させる一因になる。故に、ゾートの世界総数は「管理されている」。各国は年に一度それぞれ増やしたいゾートの数を提示し、許可を得た分だけ製造できるという決まりだ。そのためメートに比べゾートは数が少ない。そして、「目的を持って造られる」彼らは、メートのように自らの意志で行く道を選ぶ……そうした生き方をすることが非常に難しいのだ。
その「当たり前」のことが、今、痛みを伴ってニアの足に絡みついていた。
*
「兵士型なんて、戦争以外でどう役に立つというんだね」
商店の主人の声は冷たい。その前に並ぶ商品は、殆どが彼が造り出したものだった。ニアはその出来の良さに押し黙る。どれも、とてもニアには作ることが出来ない複雑な作りをしていた。いや、本来、ゾートにとってみればこれくらい当たり前に作ることが出来るものなのだ。証拠に、この店は特に繁盛しているようには見えなかった。
此処は村にいくつかある、小さな商店の一つだ。とりあえず仕事が必要だと、ニアは村々を渡り歩いて店の扉を叩いた。しかし、ニアを見るなり彼らは冷たい言葉を吐き、願う言葉に返ってくるのは拒絶ばかりだった。
ニアは、この国の一般兵士のボディを持っている。だから、誰が見てもニアを「兵士」だと判断する。そしてこの国は敗戦国だ。生活の貧しさは、前線で戦った兵士たちへの恨みにも変わっている。ニア達が勝っていれば、こんな暮らしをしなくても済んだのに、と。
「……そうだな」
主人の皮肉にしばらく黙った後、それだけ応えてニアは店から出た。
村では、野獣を仕留めたゾートの狩人が称えられている。彼らの手には『銃』があった。ぴかぴかの最新型ではなく、古びていたが、それでも村人たちは狩人の『銃』に厚い信頼を寄せているのが分かる。
「……」
ニアはゾートの「兵士」だ。今では元、がつくが、それでも体は兵士のものだ。そして、兵士は「銃を使うことが許されない」。
神代に、人々は神様に約束したのだ。聖書にも書かれた誰もが知っているその約束は、今も堅く守り続けられている。
――――人と人の争いは、人と人の手で行われるべきだ。傷つき、傷つけあう、そのことを我々は噛み締めながら戦わなければ、無用な戦を増やすことになる。
「『そして、人と人が争うときは、その手で命を奪ったということが分かる、そういう武器だけを用いるのだ』……か」
くそくらえだ。
ニアは忌々しげに吐き捨てた。
ゾートの兵士は『銃』が使えない。『弓』や『弩(いしゆみ)』も許されない。もとより、その知識も技術も与えられないのだ。
そのため彼らは近接武器の扱いと対人戦においては他を遥かに凌ぐ優れた能力を発揮するが、それは平時においてはあまりに使い勝手が悪い。
野獣や魔物の退治に、大抵は『銃』が使われる。もっと生活水準が低い地域なら、まだ『弓』も活躍しているだろう。人より俊敏に動き、牙や爪、あるいは毒を持つ彼らを仕留めるには、遠距離から攻撃するに限る。そしてゾートは器用だ。才能あるメートもいるが、ゾートは基本的に道具を使うのが上手い。自然と親しいメートと遠距離武器を携えたゾートが協力して猟を行うのも、よく見られる光景だ。
「……あーあ」
傷痍軍人の施設にいたニアは、数少ない五体満足の存在だった。だから、皆に頼られたし、仕事も人一倍こなしていた、楽器だって造ることが出来た。しかし、それは周りにいたのが欠損を抱えた兵士達だったからだ。ニアはあくまで「その中で」仕事が出来る方だったというだけで。
いざ外に出てみれば、ニアはゾートの中で自分がかなり不器用な方だと思い知る羽目になった。
ただでさえ貧しい国で、兵士型のニアを雇う物好きなどいない。村ではなく町に行っても、同じだろう。ニアは戦うことしか出来ないのだ。それも、人と戦うことしか出来ない。そして人と人が本気で争うことなど、戦争でもない限り起こりえない。
貧しさに負けて盗賊に身を落としたものならいるかもしれないが、それは一度倒してしまえばおしまいだ。最初は感謝されるだろうが、そこに胡座をかいて居座ればどうせ厄介者になってしまう。
ニアは戦争が嫌いだ。施設の傷痍軍人と共にいて、心からそう思った。しかし、どうだろう。世界に出てみれば、戦争ほどニアを活躍させる場もないのだ。いや、戦争だけが、ニアを、兵士型のゾートを輝かせる。戦場の外にあって、彼らの価値は極めて低い。おまえけに敗北すれば、そこに理不尽な恨みまで加わるのだ。
ほとんどのゾートは自らの生を選ぶことが出来ない。メートとは違うのだ。無論、彼らにも体格や才能で諦める道もあろうが、それでも何かに特化したゾートとは比べ物にならない数の選択肢がある。
ニアは村を後にした。ひそひそと背後で語られる小さな声、その内容は聞き取れなかったが、そこに悪意が満ちていることは嫌でも理解できた。
*
人々の冷たい視線を避けて、ニアは森の中の遺跡で一晩を過ごすことにした。食事や水が必要でないことだけが救いだった。灯りの火さえも要らない。ニアの目は夜でも戦えるように出来ているのだ。固い石畳に寝転んで、空を見上げる。世界と共に神様に創られた星辰が夜空にまばゆく光を散らしていた。
神様は不公平だ。
兵士のニアだって聖書ぐらい読んだことはあるが、信仰心があるかと聞かれれば黙るしかない。村の人々はあの猟師の獲物を分け合って夕食を楽しんでいるのだろうか。メートの喜びの感情エネルギーを目当てに、ゾート達も集まってくるに違いない。それは暖かな光景だ。今のニアには、願うことも虚しいことだ。
「ん?」
不意に、ぐるる、と何かが唸る音が聞こえた。ニアは体を起こし、あたりを伺う。夜の闇をも震わせる、おぞましい気配と迸る悪意。これは、野獣の類いではない。
ニアは遺跡の崩れた壁から、唸り声のする方を確認した。嫌な予感はあたるものだ。
「おいおい……魔物かよ」
『魔物』。
神様と敵対する忌まわしい『悪魔』たちの手先。異形の怪物。人々に強烈な敵意を持ち、時には自らの命さえ顧みず攻撃してくる。どんな力を持っているかは個体によるが確実に野獣よりは厄介な存在で、野獣以上に『銃』を使って仕留める必要がある、危険な存在だ。
魔物は鹿ほどの大きさで、捻じくれ曲がった角と、口からはみ出る不揃いな牙を持っていた。毛足は長く、色は毒々しい紫だ。赤い目がぎらぎらと獲物を探して夜闇に浮かび、彷徨う。その異様さと邪悪さ。正に『魔物』の名に相応しい姿である。
銃を持たないニアは、マフラーに挟んだ石を取り出して握った。もし襲ってくるようなら、自分でなんとかするしかない。
「……」
しかし魔物は、ニアを見つけられなかったようだ。のそのそと別の方向へ行ってしまった。呼吸もせず体温も持たないゾートの体のおかげだろう。ニアは安堵する。今晩はスリープモードにするのは止めよう。とりあえず、警戒を続けながら過ごせば……、
「ッ!?」
魔物の去った方角から、ひい、としゃがれた悲鳴がした。弱々しい声だったが、静かな夜ゆえに捉えるのは容易い。ニアは手の中の石を強く握りしめた。
「ゴールドクロウッ!」
すると、石は一瞬にして黄金の刀身を持つ剣へと姿を変えた。
近接武器で戦う兵士は、自分の得物を出来る限り隠す必要がある。武器の形状で攻略されることを防ぐためだ。そのため、多くの武器は普段は小さな形状に擬態され、必要な時だけ本来の姿へ戻るようになっている。ニアが隻腕の男に託された『ゴールドクロウ』もそうした武器の一つだった。
「間に合え……!」
*
ごとり、と音を立てて、捻じくれた角が地面に落ちた。
「ガアァアッ!」
ゴールドクロウが夜闇に閃き、角を切り裂いたのだ。魔物は咆哮し、ニアに狙いを定めんと首を振る。しかし奇襲をかけたニアに、その動作は命取りだった。ニアは突進を狙う足を切り払う。
「おらぁッ!」
黄金の剣は見事な切れ味で、魔物の前足に深い傷を負わせた。ニアはそのまま、ステップで魔物の横に回り、首を狙って刀身を振り下ろした。太い首だが、兵士型の自分の力と、このゴールドクロウなら切り落とせると思った。そしてそれは、正しかった。
――――ザシュッ……!
「……ギ、ァ、ア……」
耳障りな断末魔の後、地を揺るがすようにして魔物の体が倒れる。ニアはそれが動かなくなるまで待って、ゴールドクロウを石に戻した。黙して隻腕の男に感謝を捧げる。
「ひ……ひぃい……」
「無事か、じじい」
声のする方を見れば、みすぼらしい老人がいた。痩せていて皺だらけで、頭髪もほとんどない。服もぼろぼろで、浮浪者の類いに違いなかったが、ニアは手を差し伸べた。
「大丈夫だ、もうあいつは動かない。死んでるよ」
「おお……なんとお強い兵士さまじゃ。ありがとう、ありがとう」
ありがとう、という言葉に、ニアは少し戸惑う。老人は皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑っていた。目には涙が光っている。
「……別に、俺が勝手にやったんだ。礼なんか……」
いや、待てよ、とニアは思う。そして老人の姿を上から下まで眺めた。ぼろぼろの服には年季が入っている。それは彼がこんな暮らしを長く続けている証だろう。それも、これほど老いるまで。
「なあ、じじい、助けてやった礼によ」
「あ、生憎ですが、わしには……」
「物とか金は要らねえ。いや、要ることはいるんだが……それよりも」
ニアはしゃがみ、老人と視線を合わせる。不思議と老人の目は澄んで見えた。
「俺に、お前の『生き方』を教えてくれよ」
愚神の恋の果て 真義 @masayoshi-dg
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