第139話 キスの魔力


 僕は悩んでいた。



 凛ちゃんの部屋から後ろ髪を引かれつつ家路につく。

 暖かいあの家から……。


 とはいえ、今の生活が嫌いなわけじゃない。


 泉との暮らしは今でも夢なんじゃないかとさえ思う。

 でも、やっぱり泉と二人は今でもどこか緊張してしまう。


 泉と一緒にいると……緊張してしまう。


 僕の欲しいもの……欲しかったものとは?


 そう考えると自ずと答えが見えてくる。

 僕が選ぶわけじゃない……でも、ひょっとしたら……選んで貰う鍵を持っているのは僕なんじゃないかって……今はそう思っている。


 そして僕の鍵が合う人、その錠前を持っている人は……。


「う、うは……」

 そんな事を考えていたら、突如凛ちゃんとのキスの感触が甦る。

 頭の中で凛ちゃんの顔が匂いが再生される。


 嫌われていない事は確かだ。

 嫌いな人にあんな事しないだろう。


 つまりは……でも……。


 愛真は僕のお姉ちゃん的存在、泉は僕の妹……この関係って一生涯変わらないのでは無いだろうか?


 じゃあ凛ちゃんとは?


 僕は3人と一緒にいたい。

 僕を救ってくれた3人と……ずっと一緒に。


 そう考えると、自ずと答えが見えてくる……そんな気がしていた。



「お帰り~~あれ?凛ちゃんは?」

 家に帰ると泉ではなく愛真に迎えられる。


「あ、うん……妹さんが来たから」


「ん? 凛ちゃんの家に」


「あ、うん……」


「ふーーん」

 な、なんだ? 今の射るような目は……。


「えっと泉は?」

 僕は誤魔化す様にそう聞く。


「泉ちゃんはお風呂~~明日は泉ちゃんの番だから念入りの色々してるみたいな?」


「念入りって……」


「あはははは、真ちゃんのエッチ」

 そんな愛真の冗談に笑って応える程、今の僕に余裕はなかった。


「どしたの? なんだか別れ話でも切り出す様な難しい顔して」


「あ、うん……ちょっと愛真に相談というか……」

 付き合っていないのだが、鋭い指摘に一瞬怯むも気を取り直し愛真にそう言った。


「ふーーん、とりあえず上がったら?」


「あ、うん、いや、ここ僕の家なんだけど」

 そもそもいつまでいるの? なんて事も言えずに僕は愛真の後を追ってリビングに向かう。


 愛真は元々リビングにいたのか? テーブルに置かれているペットボトルとお菓子の手前に座った。


「なんか飲む?」


「だ、大丈夫」

 そう言いながら僕は愛真の前に座る。

 

「それで?」

 愛真はリラックスする様に、まるで家主の様にソファーに深く腰かけると、ソーサーと一緒にコーヒーカップを持ち一口飲んだ。

 言いそびれると恐らくもう言えない……そう思った僕は意を決し愛真に向かって決定的な事を伝えた。


「あ……あのね……ぼ、僕……凛ちゃんと付き合う」


「……」

 愛真は一勝地だけビクッと動いたが、そのままもう一口コーヒーを飲むとカップを静かにテーブルに置いた。


「……」


「はあぁ……だからね、真ちゃんは勘違いしてるんだって、決めるのは真ちゃんじゃないって」

 愛真は力一杯ため息をつくと眉間に指を添え、これ見よがしに頭を降る。


「そ、そんな事……」


「なんで急にそんな事思ったの?」


「きゅ、急じゃ……でも急かも……ううん、ち、違う、気が付いたんだ」

 僕をじっと僕を見つめる愛真……。真剣な眼差しに僕は一瞬たじろぐ。

 でも、ちゃんと伝えないと……僕は一度深呼吸すると、再び口を開いた。


「愛真とは姉と弟、姉弟みたいな関係……泉と僕は兄と妹、兄妹……でも、でも凛ちゃんとはただの友達……僕はね……これからもずっと、ずっと3人と繋がっていたい」


「ぷ、繋がってって、なんかやらしい」

 ケラケラと笑い出す愛真、この態度……恐らく僕の決意が伝わっていないとそう思った。


「いや、今はそんな冗談を言ってるんじゃなくてね」


「ハイハイ」

 笑ったまま再びコーヒーを持とうとするその手を僕は掴んだ。


「ぼ、僕は本気だ!」


「ふーーん、それで凛ちゃんはオーケーしたの?」


「いや、まだ……」


「凛ちゃんがオーケーするとでも?」


「それは……でも……多分」


「ふーーん、凛ちゃんの家でなんかあったの?」


「え?」


「何か確証が取れる事でもあったのね?」


「いや、そ、それは……」


「言ってごらん? そうしたら認めてあげる」

 愛真のニヤケた顔に僕はつい剥きになってしまう。


「……き、キス……された」


「へえーー」


「ぼ、僕からしたんじゃなくて……凛ちゃんから」


「そっかあ、それで勘違いしちゃったんだあ」

 愛真は少し呆れる様にそう言う、その姿に僕は怒りが込み上げて来る。


 勘違いじゃない、僕は凛ちゃんと……そう思ったその時、愛真は僕が掴んだままでいた手を振りほどくと、そのああ僕の襟首を掴み、僕を自らの方に引き寄せる。


 そして……そのまま吸い付く様に僕の唇に自分の唇を押し当てた。


「む、むぐ!」

 愛真の顔がボヤける程近くにある。

 コーヒーの香りがする。そして柔らかい唇の感触。


 1日2度のキス、しかも相手は違う……一体どういう事なんだ?

 またもや全身が痺れる様な感触が僕を襲う。


 キス、くちずけ、接吻……どんな言葉を使っても意味は同じ……。


 そして、恐らく泉よりも長く、凛ちゃんよりも短い時間が過ぎると、僕と愛真の唇はゆっくりと離れた。


「え、ええええええ?」


「あはははは、変な顔~~」

 愛真はまるでいつもしているかの様な日常的にしている様な、そんな顔で僕を指差し笑う。


「い、いいいいい、いや、ええええ?」


「どう? これでも凛ちゃんが一番? まだ凛ちゃんと付き合いたい?」


「え?」


「キスされて舞い上がってただけじゃない?」


「いや、で、でも……」

 そう言われ、僕の中にさっきまでの勢いが消えている事に気が付く。


「だからね、真ちゃんは駄目なのよ……凛ちゃんはもね、私達の覚悟がわかって無いんだから……いや……寧ろわかっててしたのか……」



「え?」


「まあいいわ、とりあえず凛ちゃんは、そういう教育って事で」

 全て悟っているかの様な愛真のその態度に僕は思わず震えてしまう。

 そして既に凛ちゃんへの思いは再び3人と並んでいる事に気が付く。


「ふふふ、真ちゃんの事は私が一番良く知っだからね」

 愛真はそう言うとまたソファーに深く腰かけ再びコーヒーを一口飲んだ。

 まるでこの先どうなるか知っているかの様な、そんな態度で……。


 その姿を見て僕は変な事を思った。


 ひょっとしたら……ラスボスって……愛真なのでは? って、そう……思っていた。


 

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クラスでカースト最上位のお嬢様が突然僕の妹になってお兄様と呼ばれた。 新名天生 @Niinaamesyou

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