毛無し男
安良巻祐介
白けたような日の差すバス停に、大男が一人座っている。
ぎょろりとしたどんぐり眼が二つ、毛の全くない、すべすべとした大きなはげ頭の真ん中についていて、あたりを睥睨しているが、その実、何にも見ていないようにも思われる。
形のいい獅子鼻と、引き結んだ口は、石に刻んだような感じであった。
男は膝の上に手を置いて、身体のはみ出そうなベンチの上に、ただ座っている。
バス停に、他に人はいない。
やがて、ごとごとと音を立てて、バスが来た。
バスは静かにブレーキをかけて止まると、子供を背負った女を一人吐きだし、すぐにまた発進した。
女は、化粧の剥げかかった、やつれた顔をして、離れていくバスを見やると、ぼんやりと辺りを見回した。
目の前のベンチに座っている男には目もくれず、バス停のすぐ向こうが川にかかる石橋になっていて、どんよりした流れが通っているのを見つけると、少し顔を緩ませた。
まだ1歳になるかならぬかという子供は、きょとんとした顔をして、その背中に背負われている。
大男は、目だけをぎょろり、と蠢かして、女の方に向けた。顔の周りは少し赤く照っていて、髭も、睫毛も、眉も、およそ毛と呼べるものは本当に何もないから、仏像の顔のようにも見える。
子供が、首を回して、少しむずがるような真似をした。
女は、呆けたように、石橋と、その上の、白茶けた空を眺めている。
紙くずのような蝶々が、その視線の上を、ひらひらと横切って行った。
女は、ただ、空を眺めている。
大男の大きな目玉が、心なしか、余計に大きくなったようである。
子供は、首を回してその顔を見て、やがて、わっと泣き出した。
空を見ていた女は、薄く笑って、背中の子供をあやしてやりながら、ゆっくりと、ベンチの前を横切った。
女の形の良い足が男の膝にぶつかりそうになり、あまつさえ服のひもは男の顔先を掠めたが、まるで気にした様子もなく、歩いて行って、石橋の上に立った。
大男の目玉は、いつの間にか、顔からずる剥けて出そうになっている。
子供は、大男の顔を見ながら、火のついたように泣いている。
やがて女は、子供をあやしながら、乾いた咳を一つすると、おもむろに靴を脱いで、欄干の上に揃えて置いた。
それから、靴の上へ、白い、綺麗な手紙をそっと添えて、橋の上から身を投げた。
背負われたままの子供の泣き声が、一瞬短く尾を引いたが、どぼんという水音にかき消された。
それからしばらく、遠くで、泡の潰れるような音がしていたが、やがて元の通り、静かになった。
空の下に、バス停と、石橋と、欄干に綺麗にそろえられた靴と、真っ白い、封をされた手紙とがある。
ちちちち…と、どこかで小鳥の声がした。
ベンチの上の、異物のような大男は、いつの間にか、いなくなっていた。
最初から、そんなものはいなかったのかもしれない。
毛無し男 安良巻祐介 @aramaki88
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