D坂少年探偵団

 世田谷駅から徒歩10分、かつてナイトバーだった古いテナント、

僕はコーヒーの豆の瓶が入った紙袋を抱えながらそこに向かって走っていた。

風を切る僕の頬を撫でる風は四月といえどまだ冷たく刺さる。


 一定のリズムで吐く息が白くなるたびに、

近くなっていく目的地が更に待ち遠しくてたまらなくなる。

心臓がどくどくと煩いのは、走っているからなのか、何だろうか。

綻んでいく口元をぐっとぬぐって、少し走るスピードを上げた。



「はぁ……良かった、まだ間に合いそうだ…!」


ゆっくりと押し出された期待や胸の高まりが、白く照れ隠しする。


 ツタが絡まりすぎてコンクリの壁が見えない眼前のD坂ビル。

錆びた螺旋階段をカンカンカンと二段飛ばしで上り、屋上まで一気に加速する。

最上階では古びたビルに似つかわしくないダークオークの頑丈そうな扉が

貧相な体つきの僕を鼻で嗤う。


 「あぁもう、そんなに僕が気にくわないの?」


 でも僕はお構いもせずにそのドアの鍵穴に、洋白の鍵を差し込んでやる。

そうすればドアは手のひらを反して僕を部屋に誘った。


 僕は、まだ先生のようにはなれていないんだろうか。

この家は、僕をまだ一人前と認めてはくれていないようだった。



 簡易的に仕切られた玄関に靴を脱ぎ捨て、僕は急いで部屋の主の元へ駆け寄る。

あの人は今日もまた、古い推理小説でも読んでいるんだろうか。


 「明智せんせ~!コーヒー、買ってきました!」


 僕の先生、明智小五郎はやはりラウンジのソファで小説を読みふけっていた。

彼は僕を見つけると読みかけの文庫本を閉じて、僕に笑いかける。


 「やぁ小林君、お使いありがとう。」


 「いえ!これも助手としての務めですから!」


 僕は先生に褒められるのが好きだ。

意気揚々と変事をする。先生はそんな僕を見てニコニコ笑っている。


 「今日も元気があってよろしい」


 その笑顔に僕はめっぽう弱いのであった。

緩んだ顔を見られないようにそそくさとコーヒーを淹れるのにキッチンに向かう。

 辺りを見渡し思い出した。


 「あれ?そう言えば今日はまだ来てないんですか?」


 「あぁ、小林君にお使いを頼んだ後にちょうど来てね、

お使いの追加に行ってもらってる所だよ。でも、もう帰って来るんじゃないかな。」


 明智先生の目がゆっくりと伏せられていくと、ガチャリ。

何とも忌々しいあの硬いドアの開く音がラウンジに響いた。


 「ほらね。」

 「あっ!本当だ!皆お帰り!」


パタパタ、とんとん、スサッスサッ。

三つの音と声が玄関から聞こえてくる。


 我らが、少年探偵団の頼もしい団員たちの声だ。


 「やぁ悪いね、お使いご苦労様。」


ひらひらと手を振る明智先生に、彼女は頬を膨らませた。


 「ほんとよ、おかげでもうお腹ペコペコ!」

 「いやはや、僕とした事がまさか牛乳のストックを切らすなんてね」

 「これからは自分で買い出ししてよね」


 マユミちゃんはそう言って先生の頭にチョップをお見舞いした。

彼女は団員で唯一の女の子だけど、僕より遥かに強くて団の中で最強かもしれない。

そのことを言うと裏拳が返ってくると知ってからはとても言えない。


 「ははっ、じゃあノロくんにも悪いことしちゃったなぁ」

 「本当ですよ先生、せめて牛乳は牛乳屋さんで取りましょうよぉ…」


 疲れ果てた様子なノロくんは五本の牛乳パックを抱えている。

絵に描いたようなビビりな彼だけど、

頭が良くて、僕に勉強を教えてくれる僕にとっても頼もしい団員だ。


 「俺らが居なかったらまともに生活できないのやめてくださいよ、明智さん」

 「仕方ないさ、君たちの方が生きることに関して何倍も上手なんだからね」

 「答えになってませんっ」


 買い物袋の中から先生ご所望であろうチョコレートを先生に差し出すハシバ君。

彼は羽柴財閥の御曹司でありながら、

僕らと明智先生の元で探偵見習として活動している。

この性格もあってか、彼は皆のお母さん的存在になりつつある。


 「小林君だってそう思わないかい?」


 僕ら少年探偵団は、彼の元でこうして集まっては、

夜な夜な所有者の親の元へと帰っていく。


 束の間の青春、束の間の安息。

僕らが僕らでいられる、たった一つの居場所。


___僕の、大切な時間。



 「はい__!」



 僕は、とびっきりの笑顔で返事した。

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Ⅾ坂少年探偵団の事件簿 ヤブコウジロウバイ @wisteria1230

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