門番が絶句した日

朝凪 凜

第1話

 とある国境。

 私はその国境の入国監査員。

 あまり良好では無い国同士の国境であるため、為政者はこの入国してくる国を大層疎んでいる。

 とは言っても、下々にとっては特にどうと言うことはない。

 むしろ国境を出入りする人達は友好的だ。

 入国してくるのは、いろいろな国を放浪する旅人だったり、相手国から旅行目的で入国してくる者だったり。

 騒ぎが起きることはあまりなく、睨み合いが続いているということになっている。

 当然怪しい者も居るわけで、そういう人物がいるかもしれないのでチェックをする。

 簡単に言うとそれだけの仕事だ。

 そして今日もまたたくさんの人が我が国に入国してくる。


 土壁で作られた一人分しかない囲いに立ちながら最初の車がやってくる。

「ハイご苦労様」

「どうも。パスポートはあるかい?」

「パスポートね。はいよ。ちょっと待ってくれ」

 すぐに鞄からパスポートを提示。

「ずいぶん遠いところから来てるな。旅人かい?」

 大陸を越え、大海の先の国からだった。

「まあね。ポンコツの車でこの先の国まで走破するって企画を3人でやってるんだ」

 後ろを見やると同じような古いそしてものすごく泥だらけになった車がもう2台連なっていた。

「なるほど、コメディアンかな」

「いや、自動車ジャーナリストかな」

 ジャーナリストがなぜこんなところでこんなことを、と思ったが疑問は喉の奥にしまい込み

「面白そうなことしてるね! テレビとかで放送するのかい?」

「この旅が上手くいけば放送するんじゃないかな。数ヶ月後には」

 そんな雑談をしつつ、入国の書類を作成する。外でもインクが出る万年筆だ。支給品なのでいくらでもある。

「はいよ。入国許可証だ。良い旅になることを祈ってるよ」

「そのペンすごいな。こんな砂埃が多いところじゃすぐインクが出なくなるだろう。なんてやつだい?」

「これかい? さあね、軍からの支給品だから詳しいことは分からん。何ならくれてやってもいい。土産だ」

「おぉ! どうもね。後ろの二人にもよろしくやっておいてくれ」


 通した後に続いて2台目が来た。先ほどと同じグループと分かったから同じように通そうと考えて、ブレーキと同時にものすごい騒音がした。

「なんだこれは」

「いや……今日の朝起きて車に乗ったら悪戯されて。ブレーキを踏むとごらんの通り」

 そう言ってブレーキを踏むと、大音量で相手国の音楽が流れる。

「これはちょっと通せないな。入国させたら俺の首も飛ぶし、お前の首も文字通り飛ぶ」

「マジで!? そこをなんとか。ここで入れないと大変なことになる……」

「そうは言ってもな。この騒音は問題だし、何より相手国の歌が流れれば何されるかか分からないぞ?」

「分かった。じゃあしばらく待っててくれ」

 そう言って、門から離れた脇に車を止める。


 離れた先の車では

「よし、ここでスピーカーの線を切っちまえばとりあえずこの国に入れる」

 そう言ってニッパーを手にスピーカーに繋がっている線を切断すると

『プァーー!!!!!』

 延々と鳴り続けるクラクション。

 途方に暮れながら後ろを見やると大爆笑している男が一人。

「まじかよ……」


 2台目が(大音量のクラクションを鳴らしてつつ)作業している間に3台目がやってきた。

「はいどうも。お仲間さんだね」

「いえ、知らない人です。何かあったんですかね?」

 さっきまで大爆笑して素知らぬふりをしようとしているが端々に笑みが漏れ出ている。

「面白い奴らだな。あんまり無茶なことはするなよ。この先武装してる連中もいるからな」

「武装……」

 少し真面目な顔になったが、すぐに元通りになり、

「そういえば困ったことがあるんですけど、私の周りに何かと面倒ごとを押しつける人が居ましてね。ちょっとやそっとじゃ訊いてくれないんですけど、どうしたらいですかね?」

 あーだこーだと一方的な相談事を話しかけられ「それは大変だな」と相づちを打っていると入国した最初の一人が騒ぎを起こしていた。

「どうした?」

「水道管が破裂した」

「なぜ?」

「車で走っていたらポールにぶつかって、ちょっと進めてみたら車も真下から水がいきなり」

 こいつらは本物の阿呆だと監査官は気づいた。

「ちょっと待ってろ! 今なんとかするから!!」

 そう言って3人いた監査官は破裂した水道管に駆け寄り、塞ぐ処置を始めた。


 すると、その間にけたたましいクラクションが鳴っている車が通っていった。

「バカ! そんな五月蠅く鳴らしていたらすぐバレる!」

 先ほどの騒がしい2台目が駆けていき、と面倒くさい3台目の車が文句を垂れながらやはり駆けていく。

「おいお前ら!! ……こちら西1検問所。2台のバカ……いや、3台のバカが不法入国しました。確保をお願いします」

 水道管を破裂させた最初の一台もすぐに走り去っていく。


 そしてその後、国を挙げての壮絶なカーチェイスが全世界で放送されたのは4ヶ月後のことだった。

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