岬叶波 1-1

新学期が始まって、約1ヶ月。

クラスの中心にいる愛華ちゃんたちに目をつけられ、いじめが始まってからも約1ヶ月。


増え続ける傷。

それは、体はもちろん心も。

去年仲良かった子達ともせっかく同じクラスになれたのに会話なんてできない。

目すら合わせてもらえない。


どうしてこんな風になってしまったのか。

あの日、寝坊して遅刻ギリギリに来てしまったからなのか。

廊下を走るな、と注意した先生を無視して廊下を走ったからか。


今更後悔なんて遅いけど、でもどうしてもこの状況を抜け出したかった。


辛い、辛い、辛い。

なんで誰も助けてくれないの。

声が届かないふりをして、目を逸らすクラスメイトと先生に何度も助けを呼ぶ。


友達にも先生にも助けてもらえない。

親になんて言えるわけもない。


あぁ、これがあと何日続くのだろうか。

何ヶ月続くのだろうか。


そんなことを思いながら、いつもと同じように落書きされている机を拭いている時だった。


「ねぇ」

「な、なに」


呼んだのは、クラスのトップとも言える南花梨ちゃんだった。

愛華ちゃんたちの中でも1人異色を放っていて、見ただけで彼女がトップだとわかる圧倒的オーラと言うべきか。


今まで花梨ちゃんに直接手を出されたことは、なかった。

でも、あの始業式の日からいじめが始まったんだから花梨ちゃんが関係していることは馬鹿な私でもわかる。


「今日の放課後、3階の空き教室。1人で来て」

「え……」


ガツンと大きな衝撃を受ける。

愛華ちゃんたちだけであんなにひどいことをされたのに。

今まで全く手を出してこなかった分、今日まとめて殴られるのか。

それもまた違う何かなのか。

どっちにしろ、私に恐怖が迫っていることに変わりない。


放課後なんて来ないで。

時間よ、止まってくれ。

何回考えたことだろうか。

もちろん、時間は進むし放課後はやってくる。

重たい気持ちで花梨ちゃんに言われた空き教室へと来たのだった。


教室にはまだ花梨ちゃんの姿はない。

帰りたい、帰りたい、帰りたい。

でも、ここで帰ったらもっとひどいことをされる。

そんなのもっと耐えられない。

待つ時間は、異様に長く感じた。


そして、ガラッと音を立てて開いた扉。

来てしまった。

自分でも体が大きく揺れたのがわかった。

全てを見透かすかのように私の瞳を捕らえた花梨ちゃん。

何か言わないと、と思い込んで私は口を開いた。


「よ、呼び出しなんて……」

「別に殴りに来たわけじゃないけど」

「え……」


淡々と話す花梨ちゃんは、冷静だった。

ただ会話をするために呼んだとは思えなかったけど、暴力的なことはないらしい。

それなら……。


「それじゃ、どうして……」

「気になったんだけど、なんでなんも言い返さないの?」

「え……」


思いがけない言葉に私は言葉を失う。

そんなの当たり前だ。

逆らえるわけなんてない。

逆えば、悪化するに決まっているから。


「だ、だって、言い返したらもっとひどくなるし……」

「ひどくなったら、もっとひどいことすればいいじゃん」

「それじゃ事態が悪化するだけだし……」

「悪化したら、何がダメなの?」

「え……」

「悪化したら、嫌でも先生達が出てくるでしょ。それで終了。

それじゃだめなの?」


不思議そうな顔で私に聞く花梨ちゃん。

あぁ、この人には理解してもらえないんだ。

自分が友達関係に置いて苦労したことなんてないから。


「……わかんないよ、私の気持ちなんて。

花梨ちゃんみたいに人気者でいつでも周りに友達がいるような人に私の気持ちなんてわからないよ!」


きっと私みたいに経験したことある人なんてたくさんいる。

だけど、花梨ちゃんはしたことない人なんだから。

理解してもらえない。


膝から崩れ落ち、ポロポロと涙を流す私を見下すように見ていた。

そんな風に疑問に思うぐらいなら、止めてくれればいいのに。

花梨ちゃんになら、それぐらい簡単に止められるのにどうして言ってくれないの?


私の中で考えても全くわからなかった。


「私だからわからないんじゃないでしょ。世の中、人の気持ちなんてだれもわからない」

「同じ立場に立てば、少しはわかるよ。それすらわからないのは、それだけ花梨ちゃんが誰かと同じ立場にいないからだよ」


あぁ、この人にはそんなことも通用しないのか。

全てがわからなくても、気持ちを共有することはできるってことにも気づけないなんて。

それほど異次元な人だったなんて。

そんな人の考え、私なんかにわかるわけない。


「私のこと、馬鹿にしてんの」

「そ、そんなつもりじゃ」


私を上から睨んでいる花梨ちゃんを見て、私はハッとした。

なんてことを言ってしまったんだ。

嘘でも話を合わせるべきだった。

なんで、あんな反抗的なことをしてしまったんだ。

ここで許されればもういじめられなかったかもしれないのに。


近くにあった椅子を蹴飛ばされ、大きな音を立てる。

あぁ、完全にやらかしてしまった。

もう明日からはもっとひどくなることは、ほぼ決定だ。


「とても面白いこと教えてくれたお礼に私も教えてあげる」

「え……」

「今のこの状態、悪いのは私だと思ってるでしょ」

「そ、それは……」

「違うんだよ、世の中。

まず、私はいじめろなんて命令してない。

万が一してても、私は悪くならないの。

なんでだと思う?」


花梨ちゃんが悪くない理由?

そんなものわかるわけなかった。

異彩を放っているからだろうか。


「正解は、今のクラスで私が正義だから。

私がしたことは正当化されてるから。

それが今のクラスの現状なんだよ」


言ってることはめちゃくちゃに思えたけど、納得してしまったんだ。

今のクラスの状況は、まさにそれだったから。

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私の勝利法 山吹K @mkys

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