さとりの間にあるもの
梶マユカ
第1話
眠さには勝てない。ということを実証しなくてはいけなくなった。
まず、眠さに勝つというのはどういうことなのか。
眠ってはいけない状況でうっかり寝てしまう。これがつまり「負け」の状態になるのだとしたら、眠っていてはできないことをしているときに、眠さに対して勝負を挑むのがよろしかろう。
ということで、私はベリーダンスのレッスン中に、その勝負を行うことにした。
まずは敵を、戦いの場に呼び寄せないといけない。
眠さとは、いつも気がつけば勝手に私のまぶたの上にやってきているものだという意識があるため、いざ自分から呼び寄せようとすると、若干の戸惑いが生まれる。とりあえず一日完徹をした後、ベリーダンスの教室へと向かった。
これから戦いだ、という妙な意気込みがあるせいか、眠いどころか両目が痛いほど冴えている。これでは勝負にならないどころか、勝負をスタートさせることもできないかもしれない。そんな危惧を覚えながら、教室の中、軽くストレッチをしつつ、音楽が鳴り始めるのを待つ。
そして、ゆるやかな太鼓のリズムが、鼓膜を揺らし始めた。
−−ふと気づいたとき、あたりは拍手喝采に包まれていた。
何が起きたのか判らぬまま、私は首を傾げる。周囲の人間にそっと確認をとってみる。
ねえ、何事? 何があったの?
そして事態を理解する。
思い出す。
音楽が聞こえてきた瞬間、その音色によって、それまで押さえ込まれていた眠さが一気に増殖し、私を屈服させたことを。
そして、意識を失い、完全なトランス状態へと陥った私は、今修得している技術ではあり得ないほどの完成度の高いダンスを披露したのだ。
踊っているとき、若干白目剥いてて怖かったけどね、と笑う教室の仲間に、中途半端な笑みを返しつつ、私は思う。
まさかよりによって、踊りには欠かせぬ、私の相棒ともいうべき音楽が、私の足元をすくうだなんて。
敵は、思わぬところに潜んでいるものだ。
しかし。
トランス状態を抜け出した後の、つまり寝覚めの状態が、気分も体調も(そして披露した踊りに対する周りからの評価も)含め、あまりにもよすぎるため、私は困惑する。
結局、私は勝ったのか? 負けたのか?
勝ったのだとしたら、何に勝ったのか。そして負けたのだとしたら、その負けによって、私は何か失っただろうか?
音楽によって眠りに誘われたのは事実だが、となると私は音楽に負けたのか?
いや、それよりも。そもそも。
眠さが私に勝ったとき、「眠さ」自体は消えてしまうではないか。だって、すでに眠っているのだから。あの、寝てはならぬ寝てはならぬああでも目が、上下のまぶたがくっついて意識が飛んでしまうううぅという、私が「こらえているもの」それ自体が「眠さ」であって、こらえきれなくなれば、それは既に「眠さ」ではなく「眠り」である。
私は、ほんとうに「眠さ」と戦ったのか? そもそも、「眠さ」とは、私が戦い得るものだったのか?
誰か、教えて欲しい。この勝負、勝ったのは、負けたのは、結局、誰だ。
〈了〉
さとりの間にあるもの 梶マユカ @ankotsubaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます