エピローグ

 受験に向けて、ただひたすらに勉強している日々のつまらなさったらない。

 いくら輝かしいバラ色の青春を送っているとはいえ、受験勉強はつまらないものであり、やはり苦痛であった。傍らに彼女はいない。そもそも二人で受験勉強をするのは非効率的であるし、ゴキブリやゲジゲジが頻繫に出没するこの部屋に彼女を上がらせるわけにもいかなかった。

 たまに気分転換として散歩にでる。

 街はクリスマスムード一色であり、どこからともなくクリスマスソングが流れてくる。当然のようにカップルも流れてくる。

 前の俺であったら「爆発しろ」と思っているところだが、いまやそれは自分に返ってくる言葉なのでそうは思わない。俺は爆発したくない。

 そうして白い息を吐きながら歩いていると、ふいにただならぬ気配を醸し出しているアヤシゲな女性の姿が目に入った。

 もうすぐクリスマスだというのに魔女っぽい格好をした彼女は、シャッターが閉まった店の軒下に座り込み、宅配ピザをばくばく旨そうに食べている。ときどきボトルワインを手にして、それを喉に流し込み、ぷはーっと言っている。いわゆるラッパ飲みである。当の本人はまったくもって人の目を気にしていないようだが、周りからは明らかに浮いていた。

 俺は彼女の前で立ち止まった。

 その女神らしさのカケラもない女神は俺に気づいたらしい。やがて、そのキラキラとした目が俺を捉えた。


「また君か」


 と女神はもちゃもちゃ言った。その口周りにはピザのカスがつきまくっているし、油でぎっとぎとになっている。


「あれ? 今度は憶えているんですね」

 

 すると女神は首を傾げ、まじまじと俺を見た。


「いや、なんかつい口に出たのだが……、よく見たら知らん顔だな、誰だ君は?」

「ああ、やっぱりそうですよね」


 女神は「うーん」と唸った。「いやしかし、見覚えがあるような、ないような……」


「見覚えもなにも初対面ですよ?」と俺は言った。

「ん、そうか、やはりそのようだな。まあよい。で、君はどうした。私に何か用でもあるのか?」


 偶然にもここで女神に会ったわけだが、俺はこの女神にずっと言いたかったことがあった。


「とくに悩みも抱えておらんな」


 そう言って女神はワインをぐびっと飲んだ。

 そんな彼女の姿を見て、俺は色々と思い返した。

 もし彼女に会っていなければ、いったい俺はどうなっていただろうか。

 好機を掴み取ることが出来ず、「あのとき、ああしていれば……」と後悔の念に駆られて物事は万事上手くいかず、そのうち「あのとき、ああしていれば……ヤレたのに」と猥褻な方向に捻じ曲げて妄想するようになり、きっとろくな人生を送っていないだろう。考えただけでもゾッとする。

 そう思うにつけ、俺は彼女に向けて頭を下げた。今まで俺を知る由もない女神はポカンとしていたに違いないが、構わず俺は言った。


「本当にありがとうございました」

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振り返ればあの時ヤれたかも 杜森葉介 @shina_empi

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