ラスト日限定! 守護霊さま

若生竜夜

ラスト日限定! 守護霊さま

 国語がなんだ理科がなんだ社会科なんて寝る時間だよ。

 勉強、きらい!

 宿題なんかほろべ!

『問題 この時主人公がどう思ったかを書きなさい』

 おれの答え。

「『知・ら・ん・が・な』っと」

 とたんに消しゴムが飛んできた。

「こらっ。真面目にやれ、はる

「てッ」

 おれは消しゴムがぶつかった頭をさすりさすり、投げつけた犯人ヤツを振り返る。

 十才くらいおれを成長させたみたいなイケメンが、イスに座ってこっちを見てる。びみょーに違和感なのは、後ろのカーテンがうっすら透けて見えてるところだ。マジもんてやっぱりお約束なんだなーって、変なとこに感心する。

「だって面倒なんだって。まだこんなに残ってるんだぜ? これ見てよ、これ」

 ドリルの束をペシペシたたく。それから、

「おにいさま~、やさしいやさしいおにいさま~、お願い答えを教えてくださいませませ、この通り~」

 猫なで声で訴えて。なんまんだー。ついでに拝んでみたりした。

「却下だ。自分で解かないと意味ないんだぞ。俺が見てる間くらいちゃんとやれ」

「ブー」

 ブーブーブー。思いっきりブーイングをあげながら、おれはタタミにひっくり返る。ごろん。寝がえりうって、ほお杖ついて。上目づかいに兄きを見上げた。

「っつうかさぁ、かつにい、なんで八月三十一日なんつーびみょーな日付になるわけ? ふつう帰ってくんならお盆じゃね?」

 マジで、なんで今ごろなのさ?

「そりゃ盆になんて帰ってきたらいかにも、って感じだろう。火の玉飛ばして現れようか?」

 オバケだぞう~どろどろ~ん。

 かつにいが両手を胸の前で垂らしたかっこうで、楽しそうにおれをのぞきこむ。

「うへぇ……」

 おれは顔をしかめた。

「いまどき、クッソだせぇ……」

「そっちかよ!」

 かつにいのつっこみが飛んでくる。

 だって全然怖くねえもん。幽霊になって帰ってきても、ほらね、目の前のかつにいはおんなじ。生きてた時といっしょじゃんか。

 かつにいが死んだのはおれが小三だった夏。お盆前のバカみたいに雨がザアザア降って、うちの前の道路が川になってた日。

 寮からさ、バイクで帰ってくる途中でさ、スリップ事故だったんだって。投げ出された先にちょうどトラックが走ってきてって、マヌケすぎる話じゃん。

かつにいのバカ! なんで帰ってこねえんだよ。夏休みに帰ってきたら遊びに連れてってくれるって、約束したじゃないかよ。バイクだって乗っけてくれるって言ってたし、でっかいアイスだっておごってくれるって言ったじゃん。他にもいろいろ、いろいろさぁ、やろうって約束してたのにさぁ……』

 おれは、勝和かつとにいがもう帰ってこれないってことがよくわかってなくて、約束すっぽかされたと思ってて。お通夜の最中に駄々こねて、顔ぐっちょぐちょにしてぎゃん泣きしてさ。とうとう、真っ赤な目をしたかあちゃんにしかられて、とうちゃんからは目玉が飛び出るかってくらい痛いゲンコツ食らったんだ。

 それからかつにいが骨になって、初七日とか、四十九日とかよくわからない大人の集まりが終わって。いくら待ってもやっぱり帰ってこないんだって、ほんとのほんとにわかってさ。おれはもう一回泣いて、泣いて、ビービー泣きながら蒲団にもぐりこんで。寝た。

 しょんぼりしながら学校行って、クラスの友だちにもすんげえ心配されまくって、一年近くたってやっとかつにいがいないのにも慣れたんだよ。

 なのにさ。

 初盆もすっかり終わりまくって、おれが宿題にヒーヒー言ってる八月の三十一日。よりによって夏休み最後の日に、かつにいってばふっつーに帰ってきたんだよ。

 ただいま、って。

 ただいま、って。

 どんな冗談だよ、おい。

 小四のおれは、マジ、ちびるかと思った。ひギャーッって叫びながら、ぜってー、点目になってたと思うな。

 違うよ。怖くねえよ。怖くなかったけど、びっくりしたんだよ。小三はガキんちょだけど、小四は大人だもん。ありえねーことが起こってるってことくらいわかるんだよ。

 だって、マジありえねーだろ。幽霊に宿題を監督されるなんて。

 とうちゃんもかあちゃんも、びっくりもしないで、ふっつーに、じゃあ監督頼むな、なんてかつにいの幽霊に言うんだよ。おかしいから! お盆じゃなくて三十一日に帰ってくるのも、すげーすげーおかしいから!

 おかしいのに、なんで毎年恒例になってるんだよ。なんで今年もおれ監督されてるんだよ。なあ、ちょっとは疑問持とうよ、とうちゃんかあちゃんかつにい……。

 ほお杖ついて見上げるおれの前に、なんかふよふよ白いもんが飛んできた。真ん中へんにあったギョロッとした目玉みたいなのが、キロッておれの顔をにらむ。

 うわっ。きもっ。

 ドン引くおれの目の前で、かつにいがひょいって感じで手を動かして、白いのを捕まえた。

「こーら。俺の弟にはダメだぞー」

 かつにいは、そいつを手のひらでくるくる丸めるみたいにして、ぽいっと窓の外に投げ捨てる。あ、消えた。

「なに、今のなに」

 おれが目をまるくしてると、かつにいは、くしゃって笑う。それで、

はるは気にしなくていいんだよ」

って、言った。

「そ、そういうもんなのか?」

「そう。そういうもんなんだよ」

 ぽんぽん。かつにいの手が、おれの頭をなでるふりした。へーんなの。スカスカ抜けるのに、あったかい。

靖人はるとが大人になるまで、俺がちゃんと守ってやるからな。あ、姿現すのは八月三十一日限定だけどな?」

かつにい……」

 おれはげんなりゾンビ顔。

「だからなんで三十一日なんだよ」

 どこにも遊びに行けねえじゃん。

「そりゃ靖人はると……」

 クッソ意味いみしん。ちょっと真顔でためたあと、かつにいがニヤッと笑いを作って。

「お前が宿題サボらないようにだ」

「だあああああああ」

 おれは叫んでタタミにつっぷ。

 ああもう、ああもう! 泣いてやるうっ。

「勉強、きらい! 宿題ほろべ!」

 笑うなよな、バカ兄き。

 ほんとにほんとに、大好きだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ラスト日限定! 守護霊さま 若生竜夜 @kusfune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ