新月台風一過

群青更紗

第1話・新月台風一過

カウント二桁目の台風は北の空へと抜け、夏の熱気を拐っていった。明日からは穏やかな天気となるだろうとウェザーニュースキャスターが伝える。屋根の上、空を見ていた澪里はラジオを止めた。静寂が冷気を呼んだかのように、一陣の風が吹く。

「や」

澪里の横へ、ヨミが現れる。黒猫の彼は月明かりが無いと、ほとんど闇夜そのものだ。金色の瞳だけがキラキラと、星のそれより輝いて見える。

「晴れたね」

「晴れたね」

二人して天を仰ぐ。夏の大三角は既に西へと移動して、代わりに秋の長方形が、その存在を強めている。

「秋なんて、永遠に来ないと思ってた」

「常夏の国になった、ってか」

澪里の呟きに、ヨミが応える。鈴虫の鳴き声が聞こえる。

「茹だるように暑かったよね」

「涼む場所が無かったよね」

「むしろ避難だったよね」

「世話になったね、エアコンには」

「ホント全く、そうだったよね」

またしても風が吹く。涼しい風。あんなに恋しかったのに、いざこうなると、なぜ恋しかったのかもう分からない。あんなに辛いと思っていた、纏わりつくような熱気のことが、もう懐かしく、もう思い出せなくなっている。

ーー薄情なものよね、人間なんて。

「さて、」

澪里は身を起こして立ち上がり、思い切り伸びをした。ヨミもそれを見て、伸びをする。

「それじゃ、」

「それじゃ、」

「「行きますか」」

同時に言うと、ジャンプした。瞬間、二人が消えたようになる。だが実際はそのずっと上、雲の切れ間に至る距離で、二人は箒に乗っていた。

新月台風一過。今日は月に一度の、魔女のお茶会である。

「ミルクティーが飲みたいな。温かくて甘いやつ」

「いいね。アッサムかな、ルクリリかな」

「どちらも合うね。ヘーゼルナッツがあるといいな」

「そろそろ用意されるんじゃないかな。来月はもう、ハロウィンだもの」

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新月台風一過 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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