第5話 終の棲家

 程なくして、あたしは仕事を辞めた。無断欠勤が続いて、辞めざるを得なくなったからだ。今のあたしは、なんと言えば良いのかわからない。これで結婚していたら、専業主婦って言うんだろうけど。

 あの日、彼に自宅に連れ込まれた後、あたしは二度と会社には行かせてもらえなかった。監禁されてる訳じゃない。外には自由に出られる。買い物にだって行ける。けれど、自分の家に帰ることは許されなかった。

 夜は毎日のように抱かれた。でも彼は、あたしとの子どもは要らないみたいで、ありとあらゆる避妊法を取らされた。好き、とも、愛してる、とも言われない。なのに、その行為は日々続く。訳が分からなくて、あたしは頭がおかしくなりそうだった。かと言って、彼の元から離れることも、できなかった。できないまま、互いに歳を重ねていった。

 病気がちなのはあたしのほうのはずだったのに、先に死期が近づいたのは、彼のほうだった。気付いた時には、末期癌。医者の不養生なんて、笑えない。医者じゃなくて、薬剤師だけど。

 余命が宣告された日、彼はあたしに告白した。妹がいたこと。その子が、いじめを苦に自殺したこと。だからあたしも、放っておいたら死んでしまうのではないかと思ったこと。

「好きになんか、なる予定じゃなかったんだ。ただキミを、死なせたくないだけだったんだ。だけどもう、嘘は吐けない。ボクはキミと、同じ土に還りたい」

 最高の、プロポーズだった。いつでも拒めた彼とずっと一緒に居続けたのは、あたしも彼が好きだったから。中学三年の修学旅行、あの時、連れ回してくれた二人きりの班行動が、あたしは本当に楽しくて。その後もそばに寄り添ってくれたのが、本当は、嬉しくて。なのに怖かったのは、彼の気持ちがわからないからで。そんな彼の想いを知った今、あたしに断る意思はなかった。あたしたちはすぐに、婚姻届を出しに行った。

 翌日、一組の夫婦の心中事件が、報道番組を駆け抜けた。残された遺書には、「墓は一緒に」とだけ、記されていた。

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ボクはキミを傷つけない 望月 葉琉 @mochihalu

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