21.[2018・9・13-Midnight]
さて、私には考えねばならぬことが二つある。
ひとつは、どのように伊月を月へ還すか、である。
昨日の夜、自信満々で「満月の夜に月に還るのです!」なんて宣言した彼女だが、帰る方法でもわかったのかと聞いたところ、
「月に帰る方法なんてこれっぽちもわかりませんが帰ると決めたら帰るのです!」
と、おっしゃった。
まったく、立ち直るにしては唐突すぎるし、態度もなんだかそっけなくなった。
そういえば今日一日、伊月は私に冷たい気がした。
はあ。溜息を一つ。
悲しくなってきたから、どうやって伊月を月に還すか考えよう。
というか伊月は月に帰るのか……。
また悲しくなってきた。
てか私に彼女を月に還す力なんてないよね、ロケット持ってないし。
さらに悲しくなってきた。
……この問題は棚上げにしよう。
次に、伊月への返事を考えることにする。
「『愛しています』なあ……」
その、爆弾発言をした少女は、私の隣ですやすやと寝息を立てている。
しかしまあ、こんなかわいい
私も、シンプルに「愛しています」って返事したいのところなのだが、伊月は条件を出してきた。
「『愛している』って言葉は禁止なのです」
「あたしが喜ぶような『最高の』表現を見つけてくるのですよ」
とのことらしい。
「伊月、その条件だともう返事の内容も限定されてくるのだけど……」
「色恋から逃れられない愚かな地上の民は何を言っているのです。先に手を出しておきながら『それ』以外の返事はありえないのです」
「それもそうか」
それもそうだ。
「この地上の地図はすべて埋まりました。そこに蓬莱はありません。百科事典が作られて万物は目録化されました。そこに火鼠の皮衣は無いのです。というわけでせいぜい言葉の大海からあたしの好きそうな『宝玉』を拾ってきてくださいな」
「あんたかぐや姫の真似事がしたいだけでしょ」
私は呆れた。
「かぐや『様』なのです!」
キレられた。
……私はこの、わがままな要請に応えるつもりでいる。
何故って?伊月の頼みだから。他に理由はない。
暗い部屋に寝っ転がったまま考える。
じゃあまず、安牌を切って『月が綺麗ですね』なんてどうだろうか?
ダメダメ。即座に却下。
あの表現は「I love you.」という直接的な表現を好まないかつての日本人のために生み出された表現で、今みたく使い倒されてその意味するところが分かり切ってしまった結果本来の情緒が失われた救いようのない表現である。
あれを2018年にもなって使うのは私の美意識に反するから却下だ。
じゃあほかには?と聞かれて思いつくような表現も特にはなく……。
「保留!おやすみ!」
私は眠ることにした。
……。
あのひとが叫んでから眠るという本当に馬鹿なことをしでかしたせいで、あたしは目が覚めてしまった。
「~~~~!」
抗議のうめき声をあげ、ばんばんとあのひとを叩こうとして、やめた。
あのひとを起こしたところで、あのひとは何もしないのだから。
あのひとは、あたしを性欲の対象としてではなく、庇護欲の対象として見ることを選んだ。
本人が口にしたわけでも、自覚したわけでもないだろうが、あたしのほうは『対象』としてそういう変化を感じ取った。
そしてそのまま、この二人だけの世界の中で、あのひとの態度は変化することをやめて、あたしをその
退嬰が来る。
だって、この世界は童話の世界と同じ。
あたしとあのひと以外の邪魔な登場人物は存在せず、二人だけで二人だけの居心地のよい世界を紡いでゆく。
でも、この童話は「あのひとの部屋」という居心地の良い場面で足踏みして、必要以上の登場人物を排斥し続ける。
そうして、あたしたちはずっと幸福な1ページの上に居座り続けるのだ。
でも、
「帰りたいなあ……」
嫌でも湧き出てくる望郷の念。
それに、だんだんと、タイムリミットは近づいてくる。
だから、この膠着した1ページを壊します。
あした雨が止んだら外に出る。
あしたは、外から何かとてつもない変化を持って来よう。
ごめんなさい。壊します。
あたしは、隣で眠る人に謝罪した。
でも、あたしはかぐや様のお側に戻りたいのです。
[未来図]
あしたは、伊月も予想しなかった『外』からの衝撃がやってくる……。
HAGOROMO2018 おしり @NakamuraFumikaz
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