弟子入り
姉の悪戯によって男ながら魔女となったアルマは、何度も不満を溢す。
「そろそろ魔法の一つや二つ教えてくれたっていいのにさ……」
それでも姉と一緒にいられる時間が増えて、内心では喜びのほうが大きかった。
弟の幸せそうな姿を見ると、姉のリアムも満更ではなく、できればこの時間が少しでも長く続きますように――と読みかけの小説を閉じて神国に眠る精霊に祈った。
精霊は魔女が嫌い。とは言え神国では特定の宗教と呼べるものがなく、地域伝承や文化として『精霊に祈る』ということが一般的だ。嫌われているそうだけど、他に祈る相手を知らないのよね――と毎度思いながら、リアムは結局精霊に祈る。
「魔法ってのはね、いかに小さなことを大きく見せるかが大事なの」
「なんかそれ、詐欺師っぽいよ。天変地異を起こせるのが魔女じゃなかったの?」
「魔女なんて各地にいるのよ? その一人一人が天変地異を起こせたら収拾がつかないじゃない」
「まあ、それはそうだけど」
「大丈夫よ。小さな範囲で雨を降らせたり風を吹かせたり雲を晴らしたり、そういうことができるだけでも話は勝手に大きくなって、いつの間にか天変地異を起こせることになってるから」
リアムはニシシと悪そうに笑った。それがまた悪魔的に美しくて、いくら姉弟の関係と言えども魅惑の悪魔と呼ばれる所以に勘付かないはずもない。
天候を操ることが小さなことなのか――という疑問も些細なことと吹き飛ばされてしまう。
「ふふん。アルマも魅了されちゃう?」
そのことに気付いたリアムは、弟をからかって遊び始めた。
「そんなわけないでしょ。そりゃ、美人だとは思うけどさ……」
「へぇー。うちの弟もいつの間にか、女性を美人か美人じゃないかで分けるようになったんだ」
「いやっ、今のは客観的な話で――っ」
本当にそういう意味ではなかったから、全力で否定する。
「そーいえば幼なじみの女の子がいたよね。六年ぶりに会ったけど、結構可愛かったなぁー。ちょっと私に似てる感じだし」
「その、あいつは、全然そういうのじゃなくて!」
「ん? お姉ちゃんは、あの子可愛かったなぁ、って個人の感想を述べたまでだけど? ふふっ、多感な年頃ですなぁ」
近寄ってきて「うりうり」と頬を指で
さすがに思春期特有の近親嫌悪が働いたのか、弟は珍しく姉の指を頬からどけた。
「おっ、珍しいね」
「……ボクはお姉ちゃんのオモチャじゃないし」
「人聞きが悪いなー。弟を
そこを勝手に納得されても――とアルマは重い溜め息を吐いて、更に呆れて目を半眼にする。
「オモチャじゃないなら、そろそろ魔法の一つや二つ教えてよ」
「んー、でもなぁ」
「姉さんはボクの師匠でもあるでしょ」
師匠――。
実のところリアムは弟を弟子とすることに抵抗を感じ始めていた。いや、最初から少しの抵抗感はあった。この可愛い弟に本気で懇願されたら断りづらくなったことと、本当に男の魔女という禁忌なのではないか思えるものに触れさせてしまったこと。この二つが併せ重なれば少しの抵抗感なんて無にも等しい。
足りなければ、どうなるか。
――単純な話。愚見で振り回した力は無知な身を滅ぼすだけ。
例えば雨を降らせるためにはまず雲を作る必要があり、極小の水滴である
魔法は万物を生み出す力ではなく、万物を利用する手段の一つにすぎない。それを師匠から徹底的に叩き込まれるわけだが――。
――私がこの子に知識を叩き込むなんて、できるわけないよ……。
弟は可愛い。容貌は多分世界一だけど、それ以上に弟だから可愛い。師匠というものは時に心を鬼にしなければならないわけで、リアムには自分が弟を厳しく指導する自信がなかった。
「――じゃあ、ちょっとだけ教えてあげる」
「ほんと!?」
大きな目を見開いて喜ぶ姿は、無邪気すぎて思わず抱きしめたくなる。もうちょっと普通の弟だったら厳しくできたのかなぁ、なんてリアムは思うが、自分の性格ではちょっとした悪戯に巻き込むことはできても厳しく
「…………ちょっとした悪戯、のはずだったのになぁ」
弟に聞かれないようにぼやいて、閉じた小説を本棚に戻す。
処女懐胎 なりそこない魔女の悪あがき 本山葵 @motoyama_aoi
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