秘め事
地中というものは一年を通して気温の変化が少ない。
「
感情表現の欠落した少女は特に
「北部の氷山になら氷穴の一つや二つはあるだろうが、ここは森と草原に挟まれた地だ。過去に火山噴火があった形跡もない。何よりもそんなものを探している時間はなかった」
同じく感情表現の欠落した少年は、しかし少女に比べるといくらか情の乗った調子で言葉を紡ぐ。
「生命維持の終えた肉体なんて一気に腐っていきますからね」
「腐りかけの人間が言うと説得力がある」
「よく喋りますね。お姉さんのこととなると」
そんな二人のあとを歩いていた獣使いの少女は、炭素アーク灯を片手に緊張した面持ちを隠していない。
「――あなた達、よく夜の地下道が怖くないわね」
ここは町の下水を流す地下水道。鼻は吐き気を催す臭気に晒され、とりあえず脇に水の通らない歩道が整備されていると言っても、そこはネズミや名前も思い出したくない虫が通るためにあるようなもの。
「置いていくぞ」
「やだ。絶対先行っちゃダメだからね!」
「面倒くさいやつだな。ついてこないで上に居てもいいんだぞ」
「そんなこと言ったって――」
この二人を二人きりにしていても、きっと男女という意味では何もない。そんなことは理解している。でも絶滅したはずの魔女が二人揃って行動していれば、何かしら予測不能の事態に見舞われる可能性もある。特に、地下へ向かう前の
――だからといって、獣抜きの私なんてただの足手まといなんだけど。
「しかし、その灯りは何を動力としているのですか?」
「電力が珍しいのか」
「いえ。港町もガス灯から電灯へ変わりつつあります。しかし電力というものは持ち運べないでしょう?」
「電力を操る魔術というのは簡単な部類だ。
「はあ」
「この電子は原子核を離れることもできる。マイナスの性質を持つ電子がプラスへ移動することでプラスからマイナス方向へ電流が――」
「よくわかりませんけど、とにかく電気は作れるんですね」
魔法を扱うにはこの世の
「お前は、誰かに師事しなかったのか」
「はい。だから生き残ったのでしょうね」
「……そうか」
洗礼を受けてから誰かに師事するまでの間に、魔女が絶滅した。つまり彼女は魔法を扱えず広義にも魔女と認められなかったが、その後、独力で死霊術を会得して魔女となった――。そう考えるのが自然だ、と魔術使いの少年は得心した。
「ここだ」
地下水道の奥。突き当たりに大穴が開けられていた。明らかに巨大な力と硬い物質で打ち砕いたもので、扉付きの秘密の部屋というわけではない。
誰かがここへ訪れたらその瞬間に秘密は秘密でなくなる。そういう明確な隠し場所。
「なるほど。住民は全て協力者ですか」
誰もが知っていて、それを隠している。だからこそ、ここは秘密であり続ける。
「しかし人間の感情などいくらでも動きます。金銭で買収され、脅迫に屈する。そんなもの不安定で信頼に足らないでしょう」
「住民全員と魔法契約を交わした」
かつて国家と
だが契約というものは相互利益を必要とする。一方的にどちらかが得をする契約では成立しない。
「町の守護と引き換え――ということですか」
想像に難くない。多分、脳がフル回転する状態でなくとも勘付けた、至極単純な話。
町の守護が条件であり契約者は少年と全ての
「裏切り者が一人や二人出たとしても、町人側で内々に処理してしまえば契約は破棄にならない。町を守るために町人は裏切り者を許さず常に相互監視の状況。あなた達は森の小屋に引き籠もって、何も知らなければいい」
勘の良い少女が喋りながら歩き、温度と湿度が一定になるのを感じると同時に、人間より二回りほど大きな氷塊が視界に入った。
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