港町育ち

「ところで、この町に魚は入ってこないのですか?」



 港町出身の少女はほんの少しだけ言いづらそうに、しかしあくまで淡々と問う。


 感情表現を欠損していて淡々としかできないのだから、そこに見えた僅かな人間味はきっとこの少女本来の性格なのだろうな、と獣使いの少女は軽く微笑んだ。



「魔女がいた頃は冷凍できたんだけどね。今では鮮度を保って輸送するのが難しいのよ。運良く魚が運ばれてきたとしても、東の対岸よりも北のほうから氷漬けで入ってきたもののほうが多いわ」


「そうですか」


「港町の生活が恋しい?」



 この町は東側に南北を横断する大森林帯を有し、西側では広大な草原が広がっている。当然のように海は望めないし、ここで生まれてここで死んでいく人間の多くが海を見ることなく生涯を終える時代もあった。今でこそ蒸気機関車による旅が一般的になっているが。



「恋しいと言うより、不思議――といった印象です。だってそうでしょう。この町には氷よりも冷たいゴミが沢山出ているのに、魚程度の鮮度も保てないなんて」



 そこまで口に出して言われると、今度は何を悟られたのか、隠し事をする少年と少女は呆れ半分に観念した。


 部屋にいるのは、数メートル先の侍従のみ。獣使いの少女が目配せをするとすぐに察して腰を折り、席を外してくれる。


 それでも何らかの方法で盗み聞きされている危険性はある。声のボリュームを小さく絞って、会話を続けた。



「その話、誰にもしてないわよね?」


「いくらなんでも恩人を売るような真似はできません。姉の生死が拘わっているのに恩義を優先する程度には、人間らしさを残しているつもりです」



 少年は心底面倒くさそうな息を吐く。



「妙なやつを助けてしまったものだ」



 しかし勘付いた少女は表情を変えずに小首を傾げた。



「亡くなったお姉さんを冷凍保存する妙な人に言われると、死にかけでも反論したくなるものですね」



 ――この子、今は味方みたいだからいいけれど、もし裏切ったら色々と不都合が多すぎる。いっそタイミングを見計らって白毛の巨犬バクスターに後ろからパクリと。



「殺されても仕方ありませんが、犬に食べられて終える生涯というのは中々切ないものがあります」


「じゃあ裏切らないことね」



 釘を打つように言って、三人はあとで個室に集う約束をする。そこからはほとんど無言で食事の摂取を続けた。

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