終点駅、タクシー乗り場
城西腐
終点駅、タクシー乗り場
代々木駅前の貸会議室で数カ月に1度に開催されるプロジェクトのミーティングを終え、帰りの東横線で思いっきり寝落ちしてしまっていた。
気が付けば元住吉駅で駅員に起こされ、どうやらこの便の終点でそのまま車庫入りするらしい。
寝起きではっきりしないアタマの中で状況を整理しながら改札を出てエスカレーターを降りる。
何も考えずタクシーに乗り込もうかと考えたのだが、この駅にはタクシー乗り場がないらしい。
仕方なく綱島街道まで歩いていると、どうやら飲み過ぎたのか千鳥足のセクシーだがオフィスライクなワンピース姿の女性が目に入った。
あら、1人で夜道なんて危ないという思いと、ここで声をかけないのも失礼ではないかという身勝手な使命感と共に眠気が吹っ飛んだ。
しかし似たような状況のタクシー拾いたいオッサン達が周囲に数人似たようなスピードで歩いている。
タイミングを伺いながら取りあえずは綱島街道へ出た。
綱島街道を下り車線側へ横断し、道路沿いを歩いていると十数人が列を成している。
ここが何となくタクシー乗り場と化しているのか?
そう認識したのとほぼ同じタイミングで、ワンピース女性が自然に声を掛けられそうな距離にいることを見逃さなかった。
オッサン達なんてどうでも良くなったこのチャンスをすかさず突く。
「ちょっと済みません。そこの列がタクシー乗り場なんですかね?」
「ん…?あぁ、そうかも知れません。そこに並べば良いんですね」
「もしかしておねーさんもタクシー乗られる感じですかね。僕も寝起きで余り訳分かってないんですが、取りあえずタクって帰らないと。並びましょうか。先おねーさんどうぞ」
「有難うございます。飲んでいらしたんですか?」
「はい、少しだけ。会社のミーティングが遅くまであって、その後仲間と飲んでました。まぁ金曜日だしってのもあったのか珍しく寝ちゃってました(苦笑)」
「お疲れなんですね。どんなお仕事されてるんですか?」
「いや、全然大したことはしてないですよ。皆疲れているのは一緒だと思います。あ、何か飲みますか?僕缶コーヒーでも買おうかと思うんですけどお茶とか飲まれますか?」
「いや、じゃあ私が買ってきます。どれでも良いですか?」
「悪いんで僕が行きますよ」
「大丈夫、おにーさんはそのまま並んでてください、そのまま列に戻って来られるように」
どういう訳か普通に会話が始まったがこの後どうしようかと多少の戸惑いに平静を装いつつ、自販機へ向かったおねーさんを列に並んだまま待った。
「はい、どーぞ」
「どうも、小銭調度あると思います」
「いや大丈夫です」
「でも何か悪いですよ。女性に奢られるの苦手なんです」
「きっと私の方が歳上なので、それくらいに思っててください(笑)」
「じゃーそんな感じで、いただきます。ってかきっと同じ方面なんですよね、遠いですか?」
「遠くないですよ、菊名駅ですね。おにーさんは?」
「じゃあ僕の方が一駅手前ですね」
「じゃーご近所さんだ(笑)おにーさんいくつ?」
「そうですね。まぁアラサーですね」
「やっぱり歳下だ。きっと私の歳聞いたらビックリすると思うよ。」
「じゃー聞かないです(笑)あ、でもせっかくご近所なんだしLINE教えてください(笑)」
「へぇ、いつもそんな感じなんだ?じゃあ名刺頂戴」
「名刺って。別に良いですけどウチの会社なんて絶対同業者じゃないと知らないですよ」
知らないヒトに自分から声を掛け連絡先を聞いておきながら勤め先を詮索されることには躊躇したが、こちらの情報をある程度開示しないとこの先の展開は無いかも知れないと判断した僕は、名刺入れから一枚抜いて片手でラフに差し出した。
嘘でも持っていないとか適当に取り繕うことは出来たのかもしれないが、
いつもの自分のペースではないこの状況に既に翻弄されていたのかも知れない。
「へぇ。オフィス丸の内なんだ。どんなお仕事?」
「いや、本当全然大したことしてないです。クリックしてます(笑)」
「パソコン使うお仕事なんだ」
「まーそんな感じです。あ、そう言えば名刺渡したんでLINE教えてください(笑)」
「もう何か面倒臭くなって来ちゃった。私今日おにーさん家行っちゃおうかな」
「は?別に良いですけど。え?本当に来ます?」
「うん、もう面倒臭い。おにーさんが無理じゃなければね。あ、でも実家とか?一人暮らしだよね?」
「まぁそうですし全然良いんですけど、急展開過ぎるな…。さすがにビックリするわ(笑)」
それにしても何か今日はおかしいとこの状況に疑心暗鬼になりながらも、何を言い出すんだこのオンナはと言う思いは確かにアタマを過ぎったが、こちらが主導権を握ったところで唐突な打診はしたに違いない。
周囲のオッサン達の存在をほぼ忘れた状態で何とか成約に至った時には前から3組目までに列を進めていた。
程なくして空車両が到着し、僕はおねーさんと一緒に自宅へ向かった。
「私ね、今特に彼氏いないしこういうの別に良いと思うんだ。変かな?」
「いや全然変じゃないですよ。話が早いです」
「何それ(笑)まぁ取りあえずコンビニだけ寄らせて、フルーツ食べたい」
「家の前にファミマがありますね」
「じゃーそこで」
「はーい」
僕達は自宅前でタクシーの清算を済ませ、コンビニに入った。
最早飲みたい気持ちはこれっぽちも残っていなかったが、せっかくなのでと缶ビールを一本ずつカゴへ突っ込む。
「あ、梨がある。剥いて上げよっか、オトコの1人暮らしじゃそんな食べないでしょ」
そう言いながらおねーさんは梨を一つ掴んでカゴへ入れた。
清算を済ませて二人で自宅へ辿り着くとおねーさんはそのまま台所へ立ち、
髪を後ろで束ねて梨の皮を剝き始めた。
「確かに一人暮らししててフルーツ買って食べようとか思ったことないです」
「そうでしょ?たまにはこれ位自分でするようにしなきゃね」
ビールで乾杯しながら深夜に綺麗に剥かれた梨を食すという不思議な時間を過ごしていると、おねーさんが背伸びをしながらベッドの上に横になって言う。
「さすがにこれだけ遅いと眠くなっちゃうね」
「寝ます?じゃー朝クルマで送りますよ」
部屋の灯りを落として、おねーさんと並んで横になった。
おねーさんがカラダを返してこちらを向く。
「しちゃう?」
「しちゃいましょうか」
「ゴムあるの?」
「そんなモノないです(笑)」
「じゃーすぐ買ってきて」
「後で行きます(笑)」
「ダメ、じゃーしない。絶対途中じゃ行かないからするのなら今すぐ買ってきて」
「あ、はい」
やはりいつもの自分のペースと違うと思いながらも腰を上げ、僕はそそくさとまた先ほどのコンビニへ買い出しへ向かった。
先ほどと同じバイトのにーちゃんがレジで紙袋へ箱を突っ込もうとするのを静止して、ゴムの箱にお印という変な感じに清算を済ませ、駆け足で自宅へ戻る。
おねーさんはうつ伏せに横たわりながら寝息を立てようとしていたが、そうはさせまいと得意のブラ外しからゆっくりと攻め始めてカラダを重ね、そのままの恰好で2人で朝を迎えた。
服を着ようとする背中にまた興奮を覚え、寝起きにもう一度後ろから交わりクルマで自宅へと送り届けた。
寝起きの意識のはっきりしない状況に朝陽は眩し過ぎたが、周囲には休日のカップルがカフェに朝食でも取りに行く風にでも見えたかも知れない。
僕は不思議な感覚に捉われながら、自宅へ戻ってまた夕方まで床についた。
夕方。
おねーさんから一通のメッセージが届いていた。
"昨夜は急にお邪魔して、下の世話までしてもらってありがとー。^^
また今度機会があれば食事でもしようねー♡"
何だかよく分からないが感謝されてしまったじゃないか。
このケースだと食われたのは僕の方なのだろうか?
もやもやしながらも、たまにはリードされるのも悪くないと切り替え、今夜は何をしようかとジムへく支度をした。
終点駅、タクシー乗り場 城西腐 @josephhvision
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