娘(?)がやってきた

Episode1-1 特殊能力?

 キーンコーンカーンコーン――

 

 ホームルーム終了のチャイムが鳴ると、同時に学園内は一気に賑やかになる。

 俺の通う私立 桜嶺さくらみね学園高校は、高級住宅街の立ち並ぶ丘の一角に門を構える俗に言うお金持ちの通う高校だ。有名企業の子息子女がいるような学園ではあるものの、放課後の解放感というのはどこにでも存在するもので部活動や委員会に行く者、教室で談笑する者、それぞれが自由な放課後を謳歌していた。

 

 とある委員会に所属している俺は、普段、委員会が行われる教室『第二会議室』に移動するため荷物をまとめていた。すると、後ろの席の廣本達哉ひろもとたつやが、何の脈絡もなく何かを憂うような口調で話しかけてきた。

 

「なぁ。凜太郎。彼女がいないまま、高校生活の三分の一が終わったんだが」

 

「おう。そうだなー」

 

 俺は、またその話かと思いながら鞄に教科書やペンケースをしまいながら適当に返事をした。

 

「中学のときに、お前言ったよな? 高校生になれば彼女くらいできるだろ、みたいなこと」

 

 達哉が机から乗り出して俺の肩を掴んでくる。

 

「本気であの言葉を今でも信じていたことに驚いたわ」

 

 俺は、教室内を見渡しながら言うと、達哉は大きくため息をついて掴んでいた俺の肩から手を離した。

 

「はぁー。お前は羨ましいよ。あんなに女子に囲まれる委員会に入ってるわけだしな」

 

「女子が多く集まったのは偶然なんだから俺に文句言うなよ」

 

「まぁ。それはそうなんだけどよ。あぁ、彼女できないかなぁー」

 

 日々彼女に飢えていることと、見かけによらずオタク趣味なことを除けば達哉は決して悪い奴ではない。

 ただ、お前、顔は悪くないんだから黙っていればそれなりにモテると思うぞ、などと言ってしまうとつけ上がりそうなので自重しておくことにした。

 

 俺と達哉がそんな益体もない話をしていると、クラスメイトで同じ委員会に所属している黒羽悠姫くろばねゆうきが、俺のもとへやって来た。

 

「ちょっと来てくれる?」

 

 黒羽は無愛想に一言だけそう言い残すと、教室の後ろのドアのところに歩いていった。

 達哉は、黒羽に聞こえないように小さな声で囁いた。

 

「おい。凜太郎。何やらかしたんだよ?」

 

「俺がやらかした前提で話すのはやめてくれ。心当たりはないぞ」

 

「まぁ、大丈夫。骨は拾ってやれないだろうけど、どっかからお前の冥福を祈ってるよ。だから、俺の前に化けて出るのはやめてくれ。な?」

 

 達哉は、がっしりと俺の肩を掴んで、にっこりと笑う。

 

「黒羽もそんなことはしないし、お前に冥福を祈られるつもりもない。あと、死んだら絶対お前のもとに真っ先に向かうことにするよ」

 

 幽霊や心霊現象といった類が苦手な達哉に背を向け、俺は黒羽の待つ廊下へと向かった。

 

「冗談だろ? 勘弁してくれよ。おい! 凜太郎!!」

 

 達哉の必死の呼びかけを耳にしながら廊下に出ると、そこにはむすっとした様子の黒羽とともに、俺の幼なじみで所属している委員会の委員長でもある諏訪崎綺夏すわさきあやかが、ニコニコ笑みを浮かべながら、小さく手招きをしていた。

 

「えっと、さっきより黒羽の機嫌が良くないようだが、何かあったのか?」

 

「別に何でもないわ」

 

「悠ちゃんってクラスにいるときと委員会にいるときで雰囲気が違うね、って話をしてたの」

 

「そ、そんなことないと思うけれど」

 

 黒羽は、教室では近づきがたい雰囲気を放っているが、委員会ではというより綺夏の前ではそういった雰囲気を見せたことがない。それだけ、黒羽が綺夏に心を開いているということの表れなのだろう。

 

「ところで、わざわざこの教室まで来たってことは、委員会のことで何か用事か?」

 

「そうそう。えっと、二人にこれを伝えなくちゃいけなくて」

 

 綺夏がカバンの中から紙を取り出して、俺と黒羽のそれぞれに手渡してきた。

 

「いつも使っている第二会議室のエアコンの取り換え工事が急遽決まったみたいで、今日は委員会が休みになるよ、ってことを伝えにきたの」

 

「随分と唐突に決まるものなのね」

 

 手渡された紙を見ると、右上に一昨日の日付が記載されていて、黒羽の言うように、いかに急ぎで決定されたことかということが如実に表れていた。

 

「なるほど」

 

 俺が紙から顔を上げるとなぜか、黒羽が険しい表情で俺の背後に視線を移していた。

 

「……青嶋くん、あれ……」

 

 黒羽の視線の先にいたのは、何やら恨めし気な様子でこちらを見る達哉の姿があった。

 

「……達哉、お前そんなとこで何してるんだよ」

 

 達哉はゆっくりとこちらに近づいて来る。

 

「いや、一人でリア充になろうとしている友人を見て、これは何としても阻止せねばという思いが働いてだな」

 

「余計なお世話だ。普通に委員会のことで話があっただけだ」

 

 俺は達哉の顔面に綺夏からもらった紙を突き付けた。

 

「むべっ、って、近いっての! そんなに近づけなくても見えるっての。えっと、なになに……ってお前ら今日休みなの!?」

 

「まぁそういうことになるな」

 

「マジか……」

 

 達哉の所属するサッカー部はこの学園で一番規模の大きな部活であり、対外試合でも優秀な成績を残している。レギュラー争いも熾烈で毎日のように練習をしている印象がある。

 達哉はそんな中で、唯一俺たちの学年でレギュラー争いに加わっている。らしい。

 正直、達哉の冗談だと思っていたが、先日、学園新聞に載ったサッカー部の試合結果を見せられ、それが事実であることを知ったのだった。

 

「俺も休んで、ゲームしてぇよ」

 

 普段の様子からは全く想像できない。達哉曰く、『メリハリ』が大事、とのことだ。

 

「普段から、ちゃんとしてればなぁ」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

「ところで、少し気になったのだけど、青嶋くんたちはさっき何の話をしていたの? 私たちの委員会のことを話していたように聞こえたんだけれど」

 

「えっ? そうなの? 何の話?」

 

 黒羽の疑問に綺夏も反応し、俺と達哉の顔を交互に眺めてきた。

 

「えーと、そんな大したことじゃないよ、な?」

 

 誤魔化すようになってしまったが、実際に話していた内容は達哉のくだらない、いつも通りの愚痴にすぎない。達哉は何やら難しい顔をして考え込んでいた。果たして何か考えるようなことがあっただろうか、俺も少し会話を頭の中で反芻したがやはり思い当たることはなかった。

 

 四人の間に一瞬、沈黙の時間が流れる。

 そして、達哉は何かに気がついたのか、なぜか恨めし気な様子で俺のほうを指を差した。

 

「いや! 俺にとっては大問題だ!」

 

「はぁ!?」

 

 俺以外の綺夏や黒羽も驚いた様子で、達哉の次の言葉を待った。

 

「“大したことない”だと……お前は、そうだろうな」

 

「いや、だってお前――」

 

「何でお前のいるところには、女子が集まるのか……これを問題と言わずして何と表現すればいいんだよ!!」

 

 達哉は俺の言葉を遮って、肩を掴み揺さぶってくる。綺夏はポカンと口を開け、黒羽は大きくため息をついていた。

 

「お、落ち着け。てか、人のことを七不思議の一つみたいに言うな」

 

「う、うるせぇ。どうせ俺は、都市伝説級にモテない男だよ! くそおぅ」

 

 綺夏は何を思ったのか、肩を落とす達哉にゆっくりと近づき方に手をポンとのせる。

 

「きっと大丈夫。いつか、廣本くんの魅力を分かってくれる人が現れるはずだから」

 

「諏訪崎さん……」

 

 神、あるいは天使を見たかのように、虚ろだった達哉の目に光が戻った。

 

「いつになるかは、分からないけどそれまでの辛抱だよ、うん」

 

 しかし、この言葉を聞いた瞬間、晴れやかなだった達哉の表情が一気に曇る。

 

「……廣本くんは完全に崖から突き落とされた形になったわね」

 

「あぁ。そうだな」

 

「??」

 

 綺夏としては、励ましたつもりだったのだろうが、俺と黒羽はそれが達哉の心を深く抉っているという事実に苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 すっかり意気消沈してしまった達哉をよそに、俺はふと時間が気になりスマホを取り出した。すでにホームルームが終わってから二十分ほど経過していた。教室を覗くと、ホームルームが終わった直後に比べて人がまばらになってきていて、遠くのほうからは、吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。

 

「達哉。お前、部活には行かなくていいのか?」

 

 今日も今日とて、達哉の所属するサッカー部は、練習があるはずだ。こんなところで油を売っていていいのか気になった。

 

「でもよ。このテンションでどうやって練習に臨めって言うんだよ。こんなんじゃ足が滑って思わず、男女で帰ってるリア充どものほうにボールを蹴り込みそうだ」

 

「私怨で人を巻き込むのはやめろ。てか、足滑ったはずなのに、おもいっきり狙ってやってるじゃねぇか」

 

 どうか、サッカー部のそばをリア充の方々が通らないことを祈りたいところだ。

 

「はぁ。仕方ない。練習に遅れてコーチにどやされるのは勘弁だから、そろそろ行くわ。じゃあな、凜太郎。黒羽さん、それと諏訪崎さん」

 

「おう」

 

「う、うん」

 

「いってらっしゃい」

 

 達哉は教室に置いてある荷物を取って急ぎ足で部活へと向かっていった。

 

「廣本くん、大丈夫かな?」

 

「あぁ。問題ないだろ。練習が始まれば、それどころじゃなくなるはずだ。さて、委員会もないことだし、俺らも帰るか」

 

「そうね」

 

「うん。私、ここで待ってるから」


 俺と黒羽は、綺夏を廊下に残して荷物を取りに戻った。

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恋結びリコレクション!! 築家遊依那 @yuinakizuka

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