恋結びリコレクション!!

築家遊依那

prologue

Prologue 未来のために出来ること

 これは、ある日の夕刻のこと――

 

 バタン!!

 

 家の玄関のドアが勢いよく開け放たれ、俺、青嶋凜太郎あおしまりんたろうの妻である××は、涙を流しながら家を飛び出していった。 

 

「はぁ」

 

 乱雑に倒された椅子を前に、俺は机に突っ伏し大きくため息をついた。そして、なぜこのようなことになってしまったのか顧みる。原因はいろいろあるだろうが、それを招くきっかけの多くは、俺にあった気がしてならない。

 

「最悪、だな」

 

 身体を起こし、今度は椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げる。

 

 高校のときに××に告白されて、何となく付き合い始めて、そのまま時は流れて結婚。子供ができて、と、俺が思うに平凡でありふれた結婚生活を送ってきた。俺は、この平凡でありふれた生活が、特別なものであるということを知っている。

 しかし、俺には、向いていない手に余るものだったらしい。そんなことを考えてしまう、自分のあまりの情けなさに再び大きなため息をつく。

 俺が、後悔と酷い自己嫌悪に陥っていると、俺のいるリビングに繋がるドアがゆっくりと開いた。

 

「パパ? その、大丈夫?」

 

 リビングにやって来たのは、一人娘の凜緒奈りおなだった。現在、高校一年生で吹奏楽部に所属している。今日は、テスト期間が近いということで、部活動がお休みの日らしい。

 

「すまん。凜緒奈。うるさかったか?」

 

 凜緒奈は、首を横に振った。

 

「ねぇ、パパ。ママのこと嫌い?」

 

 凜緒奈が恐る恐る問いかけてきた。

 

「嫌い、ということはない」

 

「じゃあ好き?」

 

「…………」

 

 俺は、凜緒奈の問いに対してすぐに答えることができなかった。それが分かると、凜緒奈はものすごく悲しげな顔をしてから俯いた。俺はその表情を見て強い既視感を覚えた。

 

 あぁ、あの時の俺と同じだ。

 

 既視感の感じた理由を思い出した俺は、自分自身に苛立つと同時に、酷く腹がたった。余程、怖い顔をしていたのだろうか。凜緒奈が怯えた目をしてこちらの様子を伺っていた。

 俺は、自らに対する感情を押しとどめ、繕った笑顔で凜緒奈に声をかけた。

 

「大丈夫。お前は何も心配することはない」

 

 自分で言っておきながら、俺は酷く心を痛める。

 突き放すような言葉。無力を知らしめるように聞こえるこの言葉は、時に言われた側の人間を酷く傷つける。

 それを分かっていながらあのように言ってしまったのは、きっと親のエゴというものなんだろう。

 こんなその場しのぎのようなことを言ったところで、何も状況が良くならないことは俺自身が一番よく知っている。そして、凜緒奈も何となく理解しているはずだ。

 

 俺の言葉を聞くと凜緒奈は、心配そうな表情から、決意のこもった目をしてゆっくりと声を発した。

 

「……あのね、パパ。私、もうパパが思っているほど子供じゃないよ。だから、私は私なりにできることをするよ」

 

「お前、それって――」

 

 俺は、凜緒奈の言っていることがどういうことなのか理解することができなかった。

 

 あの時の俺には、何もできなかった。

 何もさせてもらえなかった。

 この状態で一体、何ができるというのか。

 

 そんなことで頭が一杯になっていた俺に、凜緒奈は優しく抱き着いてきた。

 

「私は、パパとママが、家族が離れ離れになるなんて、我慢できない。私は、パパとママが大好きだから、例え、どんなことになっても、私はパパとママを別れさせたりしないから」

 

 凜緒奈は、言葉とともに、少しずつ抱き着く力を強める。それは、力強く強い意思を感じさせるものだった。乱れた心を落ち着けてくれるようなそんな安心感を与えてくれる抱擁。

 

 どのくらいの間、この状態でいただろう。

 凜緒奈は、俺から離れると、再びリビングの入り口のドアのあたりに戻る。

 

「ママのところに行ってくる。もしかしたら、しばらく帰らないかもしれないけど、ママのところにいるから心配しないで」

 

「…………」

 

 俺は、部屋に戻っていく凜緒奈の後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。

 

 

 それから三十分ほど経った頃、凜緒奈が、荷物を持って部屋から出てきた。少し荷物が多く感じるのは、××のぶんの荷物があるからだろう。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

「……あぁ」

 

「そうそう。パパの好きなプリンが冷蔵庫に入ってるから気が向いたら食べてね」

 

 凜緒奈は、俺に笑いかけると、そのまま家を出ていった。

 

「ふぅ」

 

 また、あの時と同じで何もすることができなかった。

 俺は、昔感じた喪失感を思い出し一人、机に突っ伏して涙を流した。

 

 

 ☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 日は傾き、東の空が少しずつ濃紺に変わりつつあるなか、青嶋凜緒奈は、電車を乗り継ぎ、山道を歩いていた。母と自分の二人分の荷物となれば、結構な量になる。それでも、凜緒奈は母に会う前に寄っておきたい場所があることを思い出し、その場所に向けて一歩ずつ歩みを進めていた。

 

「ふう。パパの前では意気込んできたけど、思った以上に大変だった」

 

 家を出てからおよそ二時間。山道はすでに薄暗くなり、木々に囲まれ鬱蒼と茂る緑は風に揺らめき、不気味な様子を醸し出していた。

 

「あっ! あった、けど……あれ?」

 

 凜緒奈は、目的の場所を見つけたことに安堵したとともに、その場所に違和感を覚えた。そこにあったのは、蔦に侵食された寂れた教会だった。

 

 

「そんな……」

 

 凜緒奈はバッグから一枚の写真を取り出して、写真に写る建物と目の前にある建物を見比べた。タキシードを着た父とウェディングドレスを身にまとった母が笑顔で写る写真の背景にある、眩しいほど白い壁の教会。今では、所々にひびが入り緑の蔦が絡まっていた。

 まるで、今の父と母の状態を暗示するかのような姿に、凜緒奈は心を痛めながら教会の前庭を通り、教会の扉の前に立った。

 

 コンコンコン――

 

「ごめんくださーい!」

 

 扉をノックしてみたが、当然、中から返事はなかった。

 凜緒奈は辺りを見回しながら、教会の中に入った。しんと静まり返った教会内に凜緒奈の足音が響く。

 

「外ほど中までは廃れてないみたい」

 

 埃っぽさはあるものの、誰かに荒らされたような痕もなく、綺麗に掃除すれば元の姿を復元できそうなほど、きちんとした状態で保存されていた。

 

「ここで、パパとママは――」

 

 凜緒奈は祭壇の前に膝をつき、両手を組んで目を閉じた。外界からの音の一切を遮断するこの場所は、目を閉じていると、自分が異世界に飛ばされたかのようにすら感じられた。

 

 凜緒奈はそっと祈りを捧げる。すると――

 

『貴方の想い、しっかりと受け取りました』

 

 誰もいなかったはずの教会内に響き渡る声。凜緒奈が目を開けると、空中に浮かぶ眩しい光の中に人型の何かの姿がぼんやりと浮かんで見えた。

 

「神、さま?」

 

 凜緒奈の口から思わずそんな言葉が零れる。

 

『残念ながら、私は神様ではありません。神の使い、いわゆる天使というものです』

 

「!! お願いです、天使様! 私の願いを聞いてくださいませんか!? そのためなら、私、何だって――」

 

『落ち着きなさい。それと、女の子が簡単に「何でもする」などと言ってはいけません』

 

 天使の言葉はすべてを包み込むように優しく穏やかなものだった。天使の言葉に一度は昂った凜緒奈の感情の波が静かにゆっくりと引いていく。

 

『貴女の事情は私もよく知っています。もちろん、貴女がここに来た理由も』

 

「えっ?」

 

『私は、貴女の両親の誓いを見届けた者です。誓いがきちんと守られているかどうか見届けるのもまた、私の仕事のうちの一つですから』

 

 天使は光とともにゆっくりと地上へと降りてくる。後光でキラキラと舞う塵芥でさえ、その神々しさによって美しいものへと昇華させられているように感じられた。優しい光に包まれた状態で凜緒奈は天使に問いかけられた。

 

『貴女に問います。誓いを立てた者同士の子として、誓いに反しようとしている者たちを救いたいですか?』

 

「はい!」

 

『貴女は、例え貴女の身がどのようになろうとも二人を正道へと導けると信じますか?』

 

「はい!!」

 

『では、最後に。貴女は貴女の家族のことが好きですか?』

 

「もちろんです!」

 

『…………』

 

 静寂が教会内を駆け巡る。目の前にいる天使によって心の中まで見透かされているかのような感覚に、凜緒奈の手にはじんわりと汗が滲む。

 当然、凜緒奈の言葉に嘘偽りはない。凜緒奈は、無言の間もただひたすらに、父と母の行く末を案じ続けた。

 

『分かりました。では、貴女には、貴女の両親が付き合い始める前、つまり過去に戻ってもらいます』

 

「そんなこと、できるの?」

 

『えぇ、できますよ。天使ですから。ただ、過去に戻るというのは簡単なことではありません。貴女には、それ相応の覚悟をしてもらわなければならないでしょう』

 

 その言葉を聞いてもなお、引き下がる気配のない凜緒奈を見て天使は話を続ける。 

 

『決意は固いようですね。では、早速ですが契約を結ぶ前に、過去に戻って貴女の父に接触することから始めましょう。私もお手伝いします』

 

「ありがとうございます、天使様!! ただ――」

 

 凜緒奈の反応が予想外だったのか、天使は訝しげな様子で凜緒奈の次の言葉を待った。

 

「これからもあなたと行動するなら、もう少し堅苦しくない感じにしてほしいなぁ、なんて。私なんかがおこがましいとは思うんだけど……」

 

『なるほど。確かに。お互いの円滑な意思疎通のためには重要なことかもしれません。では――』

 

『こんな感じでどう? 久々にこんなノリでしゃべったからテンあげだぜ、マジ卍!』

 

 教会内に何とも場違いな空気が流れる。

 

「……ごめんなさい。丁度いい感じにできないのなら元に戻してもらっていいですか?」

 

『ちょっとした冗談です。少し調子に乗りすぎました。というわけで凜緒奈。あなたにはこれから、結ぶ契約の内容とその意図について説明することになります』

 

 凜緒奈は少しだけ話しやすい感じになったと安心して、小さくホッと息を吐いた。そして、話が本筋に戻るのかと思いきや、天使は全く関係ないことを口走った。

 

『と、その前にさっきの、マジ卍! のことなんですけど、あれ、天使ジョークだったんですけど通じてますか? だってほら、ここ教会じゃないですか』

 

「…………」

 

 凜緒奈の心の中に本当に大丈夫なのだろうかという思いが去来する。凜緒奈は、時折挟まれる“天使ジョーク”とやらにうんざりしそうになりながらも、契約の内容などを確認してから、高校生の凜太郎と××のいる過去へと向かった。

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