下上筐大

雨の日

世の中にはさまざまな物好きが溢れかえっている。物好きとは言わなくても、本を読むのが好きなやつ、映画を見るのが好きなやつ、絵を描くのが好きなやつ、はたまた、食人に興味があるやつ、人殺しに興味があるやつ…いやいや、こんな大袈裟な興味がなくても人にはそれぞれ好きなものがある。

もちろん僕にも好きなものはある。それは雨だ。

雨—空の方から頭の上からざあざあと降り注ぐ水の粒だ。雨の中の散歩はいい。傘をさして、雨の中を歩く。ただそれだけでも、聞こえる音、晴れの日とはまた違う愉快な音。なんとなく落ち着く心。雨の日の僕はすこぶる好調だ。

9月上旬。なんだか、最近は雨が多くて僕は気分がいい。なんだっけか秋雨前線だっけか。まあなんでもいいんだけど。

「おっはーー!!今日天気悪いね!!もー最悪。服濡れちゃうじゃん」

朝から元気な奴だ…本当にまいるほど…

「うるせーよ高梨たかなし、朝から元気だな。」

「んん。元気が取り柄の私になんてことを。元気じゃない私なんて私じゃないよ!!」

ほんとに大袈裟な奴だな…

「はいはい。元気でなにより。」

僕はとっととこいつから離れる。朝からテンションが高いのは疲れるんだ。

「あ、そうそう木岡きおかきょ…」

「はい、はい、また今度ね〜〜。」

僕はいつもこんな風に朝から絡んでくる高梨から適当に逃げる。適度にあしらうのがコツだ。

教室。ここはいろいろな人間がいる。いろんな物好き。マニア。いろんな人間がいて、互いに互いに干渉しすぎないように適度な距離を保って皆んな毎日過ごしている。

「あー今日雨だねー」「お前あの漫画よんでねーの!?まじ!?お前損してるって!!」「あー最悪ー今日占いが悪くてさー」

雑多な会話。教室を支配するなんとなく浮ついた気分。かくいう僕も雑多な会話を構成する一員で、浮ついた気分の担い手である。高校生は忙しいのだ。互いの関係を保つのに。

「おーーい、木岡ー!!教科書貸して欲しい!!」

また来たか。高梨。何回忘れ物をするんだ。わざと忘れてるんじゃないのか!?

「あーー、はいはい。もう忘れんなよ。ったく何回目だよ。」

「えっへー。ごめん。ごめん。けど、いつもありがとうね。あ、それからさ…」

まあこんな感じで毎朝、違うクラスの高梨は僕に忘れ物を借りに来て、それからしばらく僕と話してから教室に帰っていく。毎朝毎朝ご苦労な奴だ。

「ああ、そうだ。木岡今日暇?遊ばない?」

「んーー、まあいいよ。いい。」

「やった!!ありがと!!」

すたすたと教室に帰っていく高梨。今日初めて遊ぶわけじゃないのにいつもいつも楽しそうな奴だまったく。雨の日である今日の僕でもそんな元気にはなれないぞ?

授業はすぐ終わる。体感的にはすぐだ。集中してたら早く終わるし、寝ててもすぐ終わる。どちらにしろ授業はすぐ終わる。


もちろん、昼休みも高校生は忙しい。かなり仲のいいやつなら別なんだけど、あんまり仲が良いわけではないやつと良好な関係を保とうと思うと、結構気を使う。要するに僕は八方美人がいいんだ。八方美人なのが嫌いなやつもいるけど、多くの高校生は八方美人なんだと思う。だってそっちの方が楽だから。考えることも少ないから。


昼休みを挟んだ午後の授業が終われば、はい放課後。皆んなが待ち焦がれた放課後だ。放課後には部活に勤しむやつ。教室でだらだらダベるやつ。バイトに行くやつ。色々いる。今日僕は遊びに行くわけ

だが、遊びに行くやつも多いんじゃないかと思う。


そういえば雨が降っていた。忘れていたわけじゃないし、僕は雨が好きだけど、遊びに行くときに雨が降ってると結構、鬱陶しかったりする。2人で歩くときに傘が並んでるとこれが案外、鬱陶しくて。仕方ないんだけど。

「おっまたせーー!!ごめん待たせた!!ホームルームが長引いて!!」

まあ、こいつが遅れてくるのはいつものことだし。気にもしない。

「ああ、まあいいよ。じゃ、いくか」

「オッケーオッケー!あ、傘忘れたから入れて!」

「はあー、忘れ物多すぎんだろ。傘なしできたのか?」

「いや、教室に忘れてきた!!取りにいくの面倒だから、入れて!」

「……そうか。」

呆れるほど、忘れっぽいやつ。傘を並べるのも鬱陶しいから、まあいいけど。

「じゃ、今度こそ行こうか。」

「んっんーー♩」

なんだか、楽しそうなやつ。

「で、どこ行くの?」

「んー?決めてないー」

「ふーー。じゃあどこ行きたい?」

「どこでもいいよ!!」

どこでもいい。なんて無責任な返事。じゃあ文句は言うなよ。

「じゃあ、カラオケな。久々に歌いたい気分だ。」

「んー♩オッケー!」

意外にすんなりと受け入れられた。本当になんでも良かったのか。


「広い宇宙のー数ある一つー」

あー、カラオケって感じ。別に俺も高梨も歌が上手いって訳じゃないけど、ほらカラオケは雰囲気を楽しむもんだから。

「あはは!木岡音程ずれてるよ!」

カラオケでも変わらずうるさい高梨だ。うるせえ。

「すぐーそーばーにいるよ〜」


じゃんじゃかじゃかじゃん。点数発表。86点。うん。普通。

「ふふっふ。あはは86点ってビミョー!」

本当面白そうだな。点数でこんなに笑えるなんてすげーわ。元気を分けて欲しいくらい。

「じゃあ次私ーー!!」


二時間くらいは歌っただろうか。程よい時間だ。さあてもう帰ろうかなあ。楽しんだし、いい時間だ。

雨が降っていた。止むどころか、より強くなっているような気すらする。会計を済ませて外に出る。外に出て僕と高梨はやはり一つの傘に小さくなって2人で歩く。

「いや〜楽しかった。やはり久々のカラオケは気持ちいいなー。」

「ああーうん!そだね!」

「……」

「…」

なんとなく気まずい空気。ちょっと空気の入れ替えをしようかと思ったところで、突然、高梨は走り出した。雨に濡れることを一切気にしないで。

そして立ち止まった高梨は一つ息をついてこちらに向き直り声をあげた。

「木岡!!私と付き合って!!」


雨の日で雨の日だった。僕はこの日から、僕は僕1人でなくなって、他人と深く関わろうと思わなかった僕の気持ちは大きく変わった。

「ああ……それはまあ、」

それはまあ

「もちろんだよ。」






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