永遠に
深紅
永遠に
長い夢を見ていたような気がする。けれどもう思い出せない。
朝日が目に当たる。青い空が輝く、清々しい朝だ。少しだけ残った倦怠感を振り切って体を起こすと、違和感に気がつく。
「昨日何していたっけ?」
思わず声に出してしまう。最後に覚えていることは、ベッドに寝ている私を心配そうに覗き込む、涙を零しそうなサラの顔。いや、それとも白い部屋と眩しい灯?記憶が混乱している。昨日はお酒でも飲んでいたのかしら。とりあえず着替えて、顔を洗いに洗面台へ向かう。
自分の顔が鏡に映る。そう、この家には、私の不確かな記憶があっているのなら私1人のはず。だから今鏡に映っているのは私の顔に他ならない。そもそも鏡の前にいるのは私1人だけ。
鏡に映っていたのはサラの顔だった。
どういうことなのか、脳が追いつかない。鏡にあるのは記憶の中にあるサラと全く同じ顔。自分の顔とは似ても似つかないはずの顔。
もしかしてこれは夢なのか、と頬をつねってみる。痛い。夢を見ているときのような感覚もない。これは間違いなく現実。じゃあ私は実は本当はサラで何か勘違いして自分をユイだと、さっきまで自分だと思っていた存在であると思い込んでいたのか?しかし記憶は間違いなく私、ユイのものだ。この家だって「ユイ」のものだし家具や物も全部そうだ。ますます混乱する。では整形してサラそっくりの顔にした?いや、そんな記憶はないし整形するなら親しい友人と同じ顔にしようとか思わない。
考えていても何も答えが見つからない。けれども一つ思いついた。サラに言っておこう。単純に、自分と同じ顔をしている奴に急に会ったら恐怖しかないし混乱する。もしかしたら私がこうなってしまったことについて何か知っているかもしれない。早速端末を操作してサラに連絡をとろうとする。そこでやっと気がついた。サラからメッセージが届いている。
『おはよう。気分はどう?もしかしたら混乱しているかも。』
『どういうことなのか、ここで言うのもなんか違うよね。リビングのテーブルに手紙をおいておいたから、全てを知りたかったら読んでみて。ちょっと覚悟がいるかもだけど。』
『ユイ、大好きよ』
雲が出てきたのか室内が少し暗くなる。そのせいか、何回も聞いたはずの彼女からの『大好き』が少し不気味に見えてしまう。それとも『覚悟がいる』とあるからだろうか。朝起きたら顔が変わっていたという非現実的な出来事のせいだろうか。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
いつもよりゆっくりとした足取りでリビングに行くと確かに大きめのダイニングテーブルの上に白い封筒がおいてある。近くにおいてあるメモには『先に携帯見てからね!』とある。
封筒を手に取り封を破る。中には封筒と同じく真っ白な便箋が1枚、二つ折りにして入れられていた。読んだら後戻りできない。私が「私」でいられなくなるような。なんだかそんな予感がした。震える手で便箋を開く。見慣れた少し丸っこい文字が目に入ってくる。
『ユイへ
おはよう。きっと何が何だかって感じだよね。でもきっとこれを読んでくれ
たらわかってくれるよ。細かいことは書かなくても伝わると思うからちょっと
短めだけれど許してね。
私ね、あなたのことが大好きなの。ずーっと一緒にいたい。ずっと。ずっ
と。永遠に。まあでも私もあなたも人間だからいつか死んじゃう。それは仕方
がないことだってわかってた。
だけど、あんな形でお別れなんて思わないじゃない。これから先の長い人をど
うやって貴方なしで過ごせばいいの。貴方という存在がこの世界から消えてし
まうことが苦しくて仕方がなかった。
だから、貴方の中身を少しもらったの。
これで、私たち永遠に一緒よ。同じ景色を見て、同じものを食べて、同じ音
を聞いて、同じ匂いを嗅いで、同じものに触れて、過去のことだってお互い何
があったのか何を思っていたのか全部わかるのよ。本当の意味で一心同体よ。
心はちゃんと私とあなたの2人分あるけれどね。
これで私が死ぬまで、ずっと一緒よ。あなたを1人取り残してしまうこともな
いわ。
私たち幸せになれるよね?
愛しているわ。
サラより』
雨の降りしきる音がノイズのように響く。
頬を伝う涙は恐怖に似た感情からなのか、それともこれ以上はないと思えるほどの幸福感からなのか。もう「私」にはわからなかった。
永遠に 深紅 @AD002D
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