妄想
白米おかわり
第1話
私は、古びたホームに一人立っていた。
そこは、無人駅で、駅員はいず線路のそばには人の背ぐらいの雑草がひしめき立っており、わずかに虫の涼しげな声が、私の鼓膜に響いていた。
そこで私は、時間に一本しかこない上り電車をぼんやりと待っていた。
そうしていると、ピーンポーンパーンポーン、と少しわざとらしい音量の機械音がなる。
通過電車が参ります、黄色い線の内側でお待ち下さい…。
その音が聞こえた時、瞳に点が映る。
それはみるみるうちに大きくなっていき、ゆっくりとも言える速さで私に向かって走ってくる。
その電車を見てなんとはなしに飛び込んでみたらどうなるのかなあと暇つぶしに頭に浮かばせてみた。
きっと、今はまだ早くは見えないけれども、煌々とライトが光るあの物体に引き寄せられるように飛び込んでみたのなら、きっとたやすく、私の体を撥ね飛ばすだろう。無残に私を轢き殺し、停止することもかなわず、狂ったように、人間という生物では生み出し得ない、恐ろしい速さで駆けていく。
窓にべったりとついた、私の体の中を脈々と流れる甘い芳香の血を、涙のように流して。
そんな美しい速さを誇る物体をよそに、私を意識さえもされず、踏み潰された哀れみも向けられない虫けらのように、せめてもの優しさに、雑草が放つ柔らかく生きた臭い匂いが、私の死臭を覆うだろう。
その状況を想像したとき、私の頬はどうしてか上気していた。
なんとも言えない、外側の皮膚から生まれ出た興奮が、じんわりと皮膚をつたい内側まで、体全身の温度が上がり、私の内側を、外側を、すべてを熱くさせていた。
しかし。
その、どこかおかしい興奮を、鋭く、刃の体温のように冷たいその風が、交わりもせず切り裂いた。
それは、私が思っていたよりもずっと速く、耳を塞ぎたくなるような轟音で叫び、姿さえも捉えることは叶わず、長い長いその体をいともせず見せびらかすように、吹き飛ばすような暴風をまといながら走り去る。
長いようにも感じられたその瞬間は、あっという間に過ぎ去った風が、嘲笑うように私の全身を包み込む。
ああ!
それは、私の興奮を冷まして、そのあと一瞬で引火し、爆発したあと荒れ狂う業火が私の体を焼いていき、じわじわと熱の残る火傷を残していった!
先ほど持っていた熱をものともしない恍惚を、私は心地よく抱いていた。
いつしか、私はホームを向いていた。
「ダメだよ!」
はっと、気付いた時には、心配そうに見つめる遠くに男の子が立っていた。
私はぎょっとして、目を剥く。
「飛び込んだり、しないよね?」
そう静かに、抑えた必死の声で、男の子はそう言う。
その言葉に答えるように、驚いた表情をかき消して、私は顔のすべての表情筋を使ってにっかりと笑った。
「まさか!」
そう言い放ったが、私の足はわずかに、しかし、 確かに、黄色い線の外側へと出ていた。
妄想 白米おかわり @comecome0801
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