藪掻きについての報告

安良巻祐介

 

 識別札を差した麦わら帽子を被り、首にタオルをぐるぐる巻きにして、大きな顔を浄毒した白布で丹念に包んでいるから、表情というのは杳として知れない。

 肩の広い、やたらと大柄な体でゆっくりと歩き、赤黒い魚虫の群がる叢の中へ恐れもなく踏み込んで行って、右手に握りこんだ、鉄色に光る蛇殺しを振り回しながら仕事をする。

 遺伝暴走によって異常生育異常成長した森のかずかずの脅威も、この寡黙にして武骨な未来の猩々の前には、手も足も出ない。

 猩々は思考をしているのかしていないのかよくわからない。辛抱強く耳をすませば、顔に巻いた白布の向こうから擦過音に似た細かいツィートを断続的に発しているのが聞こえるから、言葉らしき何かは持っているようだが、それが果たして何かしらの感情を反映した呟きや同族同士の意思疎通手段なのか、或いは単に器官蠕動に伴う排気音のたぐいなのか、それは誰にも解らない。

 ともかく、現代においてまともに森に立ち入れる二足歩行獣と言えばもう彼らしかいないのだから、何がどうなっていようが、大人しく見ている他はないのだ。

 深い記憶の底で、緑の中へ分け入ってゆく祖父や祖母、或いはもっと遠い祖先の背中を、英雄へのそれに似た畏敬と、神怪へのそれに似た恐怖で以て、息をひそめ見つめるように。

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藪掻きについての報告 安良巻祐介 @aramaki88

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