後ろ編 惑星の現地民とおはなしするおはなし

 ワタシが昼寝ーーこの惑星公転周期換算で86周ほどの仮眠から目を覚ますと、辺りは暗く闇が覆っていました。


<んあ?>


 大気圏外を見てみても恒星は見えず、線量も少なく思えます。ワタシは感覚器を全て開きましたが、辺りは未だ良く見えません。


<レプトン域視野は見えてる……てことは、ここは地下なんでしょうか?>

 ガキ・・・・・パァン!


 軽粒子視野は慣らすのに時間がかかるので、危険が及ばない範囲で身体を動かそうとすると、ガチャッと言う音と共に手足に弱い抵抗がかかりました。

 ですが破砕音と一緒にすぐになくなります。


<んん~?>


 暗がりの可視線に眼を慣らすと、ワタシの四脚には金属製のなにかがぶら下がっています。


 匂いを嗅いでみると、甘い香りがします。どうやら鉄のようです。

 お菓子にも良く使われる鉄ですが、手足に巻き付いたそれは楕円を繋いで長くした奇妙な形に形成され、じゃらじゃらと鳴る度にかぐわかしい香りが嗅覚器をくすぐりました。知育菓子でこんなものがあった気がします。


<う……ちょっとだけならお腹も壊しませんよね……。>


甘味の誘惑に負け、ワタシはそれの端をちぎって口に運びます。


 尖ってないまろやかな甘味と適度な雑味。どちらかと言うと製菓用に精製されたものではない、オーガニックな美味しさです。少々酸化してるので新鮮さはありませんが、熟成された旨みがあり、ついつい左手のひと房を全部食べてしまいました。


<美味しかった……また太っちゃいますね。>


 オーガニックと言いましたが、この房状の鉄は明らかに加工されています。

 鉄基系生物なんて聞いたこともありませんし、銅の殻を持つ有殻蟲は砂粒のように小さいです。何らかの知的生命体の仕業に違いありません。


<うおぉおおお、何で寝ちゃったんですか! というか知性体の遺物食べちゃうし! ワタシのバカ!>


 炭素基系生物は短命です。母星換算で、三日で寿命を迎える文明保持種もあります。もしかしたら、この鉄の房を作った種はもうすでにこの地を去ってしまったやも……。


<はー、もうどうしようもないですね。……でもこの鉄の輪っか、何でワタシにつけたんでしょう? 鉄なんて拘束具な訳無いですから、祭事にでも使うんでしょうか?> 


 考えているうちに、軽粒子視野が光をとらえ始めました。ここは立方体の空間で、岩石を長方体に整形したものを敷き詰めているようで、天井の高さはワタシが直立できますが、かなり低いです。ですが、壁は原始的な白さを持つ、なにかで塗り固めているようです!


<おおおお! これぞまさに文明の黎明期、自然物を整形し使用した建築!>

 あのドキュメンタリーの再現のような光景にワタシは高揚します。壁に近づいて至近距離で見ると、鉄とは違う、美味しそうな匂いがしますが、表面に炭素基系の微細生物が黒く繁殖していたので、念のため口にするのはやめておきます。


 床に落ちている剥がれた壁の塗布物を嗅いでみると、#@%(カルシウム化合物のホイップクリーム)のような匂いがしました。


 更に辺りを見回すと、なんと! ワタシの顎くらいの背丈の扉が、すべて鉄で出来ているではないですか! あれを全部食べたら、急性高血鉄症になりそうです。


<鉄の連結輪と扉に#@%モドキ……まるでお菓子の家ですね。>


 そこそこ日持ちするとはいえ、食べ物を建築物に使うとは、やはりここは何らかの祭事に使用され、そのまま放棄されたのかもしれません。ワタシはここの使用者たちに何らかの宗教的価値を見出だされ、運び込まれたのでしょう。


<となると、ワタシは勝手にここを抜け出してはいけない感じでしょうか……?>


 もしかしたら、ワレワレ珪素生物が原生知性種の想像の範囲外の生体機構であったなら、寝ていて動かないワタシを彼らは置物かなにかと思ったかも知れません。ともするとここはやはり、何らかの宗教施設か倉庫のはずです。


<これは由々しき事態ですねえ……。>


 この遺跡——母星基準で三日ほどですが、現地生物にとっては立派な遺跡のはずです——がどの程度地中にあるのかは知りませんが、壊して出ることは容易です。しかし、知性体と禍根を残したくはありません。

 だって、今回は交流をしに来たのですから!


<とりあえず、この部屋の付近に大型の生物はいないようですから……まずはここから出てコンタクトしなければ!>


 ワタシは軽粒子視野を閉じて保護膜の上から揉みました。普段使わない感覚器を使うとやっぱり疲れちゃいますね。


 かわりに、行きがけにアウトスフィアショップで買ってきた半指向性光源体を呼び出しました。空間転移は地中でも働くようで、筆記用具程度の物体が手元に現れます。


 バッテリーを買うのを忘れていたので使いたくなかったんですけど、こんな状況なら仕方ないですよね。


 中部のスイッチを押すと前方が照らされました。

<おー、結構明るいんですね。>


 それから手元を照らしつつ手足に付けられた鉄の房をはずすと、鉄製の扉を壊さないように優しく押して外に出ます。


 扉の外は中腰にならないといけないくらい狭い通路で、少し歩いてみると、かなりいりくんだ構造になっているのがわかりました。


<なんだか迷路見たいですねえ。>


 音波受容器である程度は行き止まりに行かない方向が分かりますが、出口がどこにあるかなどは全く掴めません。


<というか、腰に負担がかかりまくりですねえ……疲れてきました。>


 前腕を使って四足歩行しても良いのですが、聞いたところによると、炭素基系の文化保持種族はどの星でも直立二足歩行しか行わないそうで、ワレワレのような可動域の関節は持たないのだとか。私が四足で歩いて行って、彼らを驚かせてはいけません。


<あ、てか、彼らに会う前に二足歩行になればいいだけですね。それに、もう腰が痛いですし。>


 四足歩行に移行すると、これまでとは段違いに楽になりました。当然歩行速度も上がり、ついにワタシは上へと上がる階段にたどり着きました!


<なんだ、迷路みたいだと思いましたけど、振動吸収材もないからするする進めるし、意外と簡単じゃないですか。>


 階段は天井が高くなっており、ワタシは二足で登っていきます。


<……それにしても、段差の低い階段ですね。>


 ワタシの歩む階段は三段飛ばしてようやくちょうどいいくらいの高さしかありません。そして階段を登り終えた先には、同じような通路が広がっていました。


<さっきの通路といい、この星の生命体はかなり背が低いんですね……。> 


 ワタシはまた四つん這いで歩き始めます。そして階段につくと立ち上がり、登り終えるとまた手をついて歩くを繰り返して上に登って行きます。


<ふー……んん?>


 恒星からの線量も多くなり、地表が近くなってきたときに、それは聞こえてきました。


『……魔物が棲んでそうなわりにはなんにもいないな。』

『気を抜かないで下さい、剣士さん。魔族が建てたんですから、どんな罠があるか分かりません。ちゃんと護衛の役目を果たしてください。』

『それより、いい加減下に行く階段も出てこないの? 一階層なのに大分迷ってる気がするんだけど。』

『浅い階層でこれだけ入り組んでるなんて、珍しいよねえ。』


<!!!>


 何かの鳴き声、しかも、複数の個体がいます!


 興奮したワタシは急いで声の方に走っていきました。知性種ではないかもしれませんが、昼寝前に会って以来の能動生命体です! 鳴き方からするに、昼寝前の生命体とは別種のようで、嫌が応にも期待が高まりました。


『……こっちになにか近づいてる。』

『マジかよ、なんもいないと思ってたのに!』

『文句言ってないで戦闘準備! エドは先生といつでも逃げれるようにして!』


 カチャカチャと走る度に音を出していたので、相手も気づいているはずです。彼らのいる曲がり角の手前で足を止めると、立ち上がって直立……は天井のせいで出来ないので、前傾姿勢で、驚かさないようにゆっくりと顔だけを出しました。


 そこにいたのは4体の生き物たちでした。


 やはり背は低く、大きくてもワタシの胸くらいしかなありません。手前の二人は直立二足歩行でこちらに金属製のなにかを構えていて、体は金属の薄い板を巻いていました。他の2体は何か柔らかい物で体を覆っています。


 あれらは明らかに皮膚や脱け殻ではないです。つまり、加工品です! 

 彼らはなにかを加工した物を身に付ける知性を持っています!


 やった! やりました!


 最初はどうなるかと思いましたが、無事に知性体に遭遇できました!


「に、人形の首……?」

「しっ、恐らくゴーレムか何かよ……。」


 そして驚いたのが、彼らのそばには光を発する何かが浮遊しています。ワタシは工学系でないので機構は分かりませんが、もしかして、想像するよりずっと進歩した文化保持種なのやも……。


 ワタシはゆっくりと体を通路に出します。すると、一番小さな個体が「ひっ」と鳴いてその場にくずおれました。どうやら少し怖がらせてしまったようです。


<あ、あ~……あの、怖がらなくても大丈夫てすよ~>


 ワタシがジェスチャーで敵意のなさをアピールして見ると、手前にいる二人が立ちはだかるように視界を遮ります。


<うーん、ファーストコンタクトは少し失敗でしょうか……。>


「……ベイル、エド。あんたらは先生抱えて地上に戻って。」

「リーダーさん、何を言って……。」

「こいつはたぶん、遺跡の外までは追ってこないはずだ。」

「……わかりました。」


 前にいた個体がワタシに目を向けながら下がり、転んだ個体を抱えました。体が小さい個体を気遣っているようですし、親子なのでしょうか?


「剣士さんっ!」

「組合に詳細を報告しな。あたしは……まあ、運が良ければ戻ってこれるさ。」


 ワレワレの母星はとうの昔に言語統一が完了してしまったので、私の盛大とかになると外言語に苦手意識を持ってる人もいます。ワタシもそうでして、使えるかと思って外星語翻訳機を持ってきたんですが、やっぱり反応しません。


「行けっ!」


 うだうだしてると、一番前に出ていた個体が声を発し、それ以外は一目散に逃げてゆきます。


<ああーこれって間違いなく敵性認定されちゃってますよね……ワタシに任せて先に行けー的な>


 一応、相手の脳の情報伝達を解析して言語習得する、という裏技もないわけではないのですが、何か情緒がありません。法律上相手の許可も必要ですし、それに正確に解析するには物理接触が必要なので、この状況では不可能でしょう。


<困りましたねえ……>


「さっきからキイキイキイキイ、関節がいかれてんじゃないのかいゴーレムさんよ。」


 残った個体が何か声を発しました。話しかけているようですが、ワレワレ第38基幹系体は発話からの言語解析能力を持ちませんので何を言っているのかはわかりません。


<あのう、もしよろしければ、言語野だけでもいいので解析していただけないでしょうか……>


 非常事態ですので、ワタシは言語野解析を要請しました。


「あんたはこの不敗のミザリー様をこの世で唯一倒した者になるんだ……いや、ゴーレムだからカウントに入れなくてもいいか。」

<ちょっとだけ、頭部をちょっとだけ触るだけでいいんです、苦痛はない筈なので、おねがいします。>

「あたしは死ぬまで不敗だった……いいねえ、それならあんたに殺されんのも悪くはない気がするよ。」


 あーだめですね、これは。

 身振り手振りも入れたんですが、何も理解されていません。


 そういえばジェスチャーも大昔は地域性があったらしくて、これと同じように違う星では違う意味になるジェスチャーもあるらしいのです。


 目の前の個体は平たい金属塊——というか、匂いからして鉄製のそれを前に構えます。おそらくは祭事用具でしょうが、先は尖っていて、それを向けているということはワタシを威圧しているのでしょうか。 


<ええと、出来ればそれを下ろしてほしいかなと>

「おらぁーっ!」

<ええー、ちょ、ちょっと>


 降り降ろされた鉄片は私の体に当たると同時、ぱいーんっと中ほどから折れてしまいました。

<ああ、やっぱり……>


 割れ落ちた鉄片を拾い上げ、表面をよく見て見ます。表面に細かな傷がある事から、形成してそこそこ経っているはずです。

 経年劣化した鉄を肌にぶつけたら折れてしまいますよね。


「っ!」

 鉄片が折れたとみるや、その知性体は一目散に疾駆していきました


<ああ~ちょっと、お忘れ物ですよ~!>

 私は鉄片を持って追いかけました。言語がありそうだとはいえ、それらがどれだけの知能を持っているかわからりません。


 なのでゆっくりと威嚇行動ととられないように距離を取って四足で歩いていきます。


<というかあの知性体、結構足遅いですね……ワタシ、38基幹系でも遅い支系のはずなんですけど>


 しゃかしゃかと進んでいくと、アミノ酸の匂いが嗅覚器をくすぐり始めます。出口が近いようです。


 そうして出口にたどり着くと、恒星からの放射線が体に降り注ぎます。


「おい、来たぞ!」

「外までは出てこないんじゃなかったのかよ!」


 出口の先には金属光沢の服を着た個体がずらりと並んでいて、そのなかにさっき出会った4体もそこにいました。


「り、リーダーさん……。」

「……わりぃ嬢ちゃん先生、巻いたと思ったんだけどよぉ……。」


<うーん意志の疎通もできませんし、どうしたものでしょうか>


「正直、ここにいる全員がかかっても勝てるかどうか……。」

「勝てねえよ、あたしの剣が何もせずにポッキリだ。純ミスリルやアダマンタイトの武器くらいないとな……」


<こういう時、ドキュメンタリーでは何してましたっけ……>

 ワタシは記憶野の中から情報を引き出します。


<こういう時は、確か……>


 ワタシは筆記用具を呼び出します。物質主義ショップにまで赴いて購入した、白い滑面のボードと黒の塗料を塗るペンのセットです。


「なんだ!?」

「板……いえ、盾と、短杖のような……?」


<えーっと>


 ワタシは、これに意味をなさない、弧と直線をぐちゃぐちゃに描きます。


「何してんだあいつ……?」

「しっ、ミザリーさん出来るだけ刺激しないように……。」

「つっても、エド、あたしはあいつに一度攻撃してんだぜ?」


<よーし、こんなもんでしょうか。>


 適当に書きあげたモノを、ワタシは彼らに見せました。その反応を逃さないように音波受容器に集中します。


「……おい、なんだあれ?」


「なんだあれ、って言われましても……。」


<『ナンダ、アレ』!>

「うわっ! なんだこいつ!」


ワタシはさっきから手に持ち続けた鉄片を見せます。


<「ナンダ、アレ」!>


「え……?」

<「ナンダ、アレ」!>


 彼らは個体同士で顔を見合わせながら何か意思疎通させています。もしや、何か近くできない疎通手段があるのでしょうか…?


 少しして、鉄片の持ち主のはずの個体が前に出ました。

「————それは、剣だよ。」


<「ソレワケン」?>


「違う、剣。け、ん。」


<「ケン」これは「ケン」って言うんですね!>


 やった! やりましたよ!

 38基幹系体の弱点を克服して見せました!


 全身にあふれる喜び! ああっ体が踊ってしまう!


「……なんだ、こいつ。」

「どうやら、危害はなさそうですね。」

「いやあヒヤヒヤしましたよ……。」

「気を抜くなベイル、今は大丈夫だとはいえ、あいつの目的が何かわからないからねえ。」


「…………。」

「あっ、おい嬢ちゃん先生!」


 ワタシが身体で歓喜を表現していると、群れの中の小さな個体がこちらに歩んできました。あまりに小さいので、踏み潰さないように踊りをやめます。


<ええと、なんでしょうか……?>

「おい先生、そんな近づいちゃ危ないって!」


 いやあそれにしても小さい。私の下肢と同じくらいの身長でしょうか?


「……私。」とその個体は指で自分を指しました。


<ええと、「ワタシ」?>ワタシも真似をします。


 個体は頭部を上下に動かします。


「私、貴方。」今度は自身とワタシを交互に指しました。これはもしかして、一人称と二人称を教えてくれてるのでしょうか?


<あー、「アナタ」>ワタシはその個体を指し<「ワタシ」>次に自分を指しました。


小さな個体はまた頭部を上下に揺すりました。それが肯定のジェスチャーのようです。


「すげえ、メリッサ先生、あんなよくわからんもんと会話してやがる。」

「さすが当代一の天才ってわけか。」


 またそれは続けます。


「私、は、メリッサ。私は、メリッサ・クーラッシュ。」


<「アナタ、メリッサ」>


 肯定のジェスチャー。この個体はメリッサというらしいです。「クーラッシュ」とは個体名の上位の大別名でしょうか?


「あなたは?」


 メリッサがワタシに聞いているようです。語尾を上げると疑問文になるんですね。


<「ワタシワ」エントマ母星のクリッケ・バッセマ扶養体、第38基幹系の……>


 と名前を続けようとしましたが、メリッサは首を横に振っています。さっきと対比のジェスチャーなので多分否定、どうやら聞き取れていないようです。


 やはり発音器官が3つの言葉は識別困難なようですね。どうしましょう……なにかワタシの代名詞となる単語はないでしょうか……


<あっ……>

 ありました。


 ワタシを代表する、発声器一つを使う言葉……


<うー、しょ、しょうがないですよね。どうせ、彼らにはわからないのだし……>


 ワタシはメリッサの視覚器を見ながら言いました。


<「ワタシ、ワタシ、ワ、アップ・ァップェァ・ラプェァ……ワタシワ≪頭は良いけどバカアップ・ァップェァ・ラプェァ≫」>


 こ、これも交流のための第一歩です。恥ずかしいですが、ここは耐えねば。


「……あなた、あなたは、『アッパラパー』?」


「ップフッ」

「お、おい……笑うなって……ンフフッ!」

「いやだって、よりによってあの名前、フフォッ……」


 お! いい感じに砕けた発音してくれました! これなら恥ずかしくありません! むしろエキゾチックな感じがします。この星ではそう名乗りましょう!


 ワタシは首を上下に振って宣言しました。



<「ワタシワ、アッパラパー!」>

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アッパラパーな珪素生命体が悪意無く現地民をぶっ殺したり交流したりするおはなし 隱 🐸蓮秾 @lyenknow

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