家族☆☆☆彡

@scoriac-pleci-tempitor

家族☆★★

「これの結果が100%正しいってわけじゃないよ。それに……そういう変な結果が出る人もいる、後天的に変化する現象があるって、その、ネットで見たことがある」


 変な結果、変化。


 自分をまともだと自分で思ってるような人間はクソだ。でも、自分で自分の事を「ちょっと変わってる」とか言っちゃう人間よりは遥かにマシだ。だから私は「普通の人間」に自分を矯正することを不合理だと思わない。


 音楽も洋楽じゃなくて邦楽中心に聞こうとおもったし、漫画だって青年誌は大人になるまで読まないと決めた。映画も、映画館で見るのは友達と一緒の時だけ。


 普通になる。その決定は「自分の事を”変”とかいう空虚な存在に嵌め込みたくなかった」的なよくある自意識過剰が原因で下されたわけじゃない。


「これは……とにかく、先生が悪かったよ。これは……良い実験だと思ったんだけどね、僕が軽率だった」


 この日私は、父の為に自分を「普通の人間」に矯正しようと決意した。


「別に構いませんよ――」


 私は言いながら先生が神妙に見つめる血液検査の結果を手に取る。


 中学二年生の夏、化学の実験授業の一環で、血液型検査をやった。


 私は不真面目だったから教科書に大きく「未知との遭遇」の怪物の絵を描くのに夢中で、授業をまったく聞いてなかった。だからこれが何の勉強になったのかは知らない。


 この実験は私に「学習」という影響ではなく、「確信」というもっと重たい変化をもたらした。


 血液型検査の結果は、私の父が私と血縁関係を持たないことを表していた。


「――母が奔放な人間だってことは、よく知ってますから」


 私はそう言って検査結果が浮き出たスティックを手でつかむと、ゴミ箱に投げこんだ。


 青い大きな廃棄用のごみ箱のそこで、プラスティック同士のぶつかる高い音が上機嫌に鳴った。








 順番が前後してしまって申し訳ないけど、ここで一旦この文章の意義……というか、物語のあらすじについて少し書いておきたいと思う。


 その日、私は自分の父が遺伝的にはなんの繋がりのない人だと知った。


 薄々気づいていたことで特にショックはなかった。母はめちゃくちゃな人間だし、父と私は全然似てないし、その事実には「でしょうね」という感想がまっさきに浮かんだ。


 この文章の本編はそれからの話。それから、少し面白い出来事があって、私にとってはそれはとっても感動的で、なんか「多くの人と共有したいな」と思ったからこの文章を書いている。




 前置きはもうこの程度でいいや。


 話を私の家族の説明に切り替えたいと思う。










 私たち■■■家は両親兄妹の四人家族。父は真面目で寡黙な仕事人間、それとは対照的に母は少し……変わった人間だった。


 母はとても下品な人間、その事実に気づいたのは私が中学生の時。普段母と交わすような冗談を表でやったときの周囲の反応でやっと気づけた。


 私は母のそういう側面はそれほど嫌いじゃない、確かに常軌を逸した冗談をよく言うんだけど、ただただ下品なだけでなくてどこかシニカルな側面があって、それが母の知能の高さとユニークな思考をよく表していると思ってる。そして兄は私以上に母のそれを気に入ってた。


 我が家の中で、父だけが母の下品な言葉を嫌がっていた。そういう言葉が出るたび、露骨に不愉快そうな顔をしてその場を離れた。


 昔は9時のNHKニュースを家族みんなで見るという習慣があった。でも私や兄に物心がついて、母のそういった冗談に乗っかるようになってから、父は追いやられるようにその習慣から外れた。


 父は言葉が下手で寡黙だから、抗議をすることもなくひっそりと、気が付いたら居なくなっていた。当時は何とも思わなかったけど、今ならめちゃくちゃ可哀そうな話だなって思う。


 二階のリビングでみんなが仲良くしてる中、一階の部屋で一人過ごす父はどんな感情だったのか?


 父と母の仲はよくわからない。険悪ではなかった、でも仲良くしてる様子もそんなに見ない。生真面目な父親と非常識でニヒルな母、趣味や会話が全然噛み合わないみたいだったし、そもそもなんでこの二人が結婚したのかずっと疑問だった。










 家族の説明はこんな所でいいかな。


 次は私の話。






 私は性癖がだいぶ尖っている。


 所謂ショタコンというやつ、未成年の男児の生殖器が大好きだ。それも顔が女の子っぽくて明るい雰囲気があるとなおさら、男女二つの性別が混ざったような子供に興奮する。二次元のそういう漫画が大好きで仕方なくって、卑猥な同人誌をせっせと集めていた。


 ちなみに母親は私の性癖を知っている。「性癖の話を親とするのは変だ」という常識が私にはなかった。だから私は母と子供の人権の話とか、未成年という概念が不毛だとか、そういうめちゃくちゃな話をしょっちゅうしていた。


 ちなみに母の性癖はとてもやばい。どう書いても犯罪になってしまうのでここには記載できないから何となくで察してください。


 そしてもちろん、父はこういった会話を心底嫌がった。


 会話の流れがそういう方向に向かった途端、彼はあわただしく新聞をたたんで下の部屋に降りていく。嫌で嫌で仕方ないといった雰囲気をぽろぽろと周囲に零しながら。


 どうして父とはこういう話ができないのか疑問だった。母とは楽しくできるのに、父は嫌がる、なぜだろう? ずっとずっと不思議だった。だから、なんとなくだけど、父は「母と私」とは違う人間なんだなって思いがずっと胸の中にあった。


 そんな状況だったから、父が私の血縁上の父でないと知った時もまったく驚かなかった。






 ここまではおおよそ血液検査前の話。


 これからはそれ以降の話をしていきます。








 学校の授業の一環で血液検査をやって、その結果産みの父親が別に居ると知った日。私は「普通」になろうと思った。


 どうしてそんな事を思ったのかというと、父がとても可哀そうだと感じたからだ。


 母はめちゃくちゃな人間だ。きっと昔、雑な浮気をして私を身ごもってしまったのだろう。


 父はそれでも離婚なんてせず、そして私を下ろさせたりもせず、すべて受け入れる事にした。父の潔癖な性格からしてそれはとても辛い選択だったと思う。でも真っ赤に焼けた鉄を飲み込むような痛みを乗り越えてでも、「家族」という物を、そして母のおなかの中の私という命を守りたかったんだと思う。たぶんそう。


 父らしい、実に父らしい選択だと思った。感動した。そして同時に、その結果の現状にひどく同情した。


 母の裏切りという過酷な試練を乗り越えて手に入れた家族なのに、私や兄は母の影響を色濃く受けた狂人へと成長してしまって、父は家族の外に追い出されつつある。


 こんな悲しい話ってある?


 だからあの実験結果を見た日から、私は父に強い引け目を感じるようになった。


 父は犠牲者で、可哀そうな人。実の娘でもない私の為にいろんな物を捧げることになった被害者。そんな想像が常に付きまとうようになった。


「あまり甘えてはいけない」と強く思った。彼と私は血が繋がってない、これ以上負担をかけたくないと思った。


 父と私は所詮他人、だからこそ父の為に父の娘らしい振る舞いをしなければと思った。








 それから暫くして、高三の秋、事件があった。






「君……ねぇ君」


 夢の中で声をかけられた。


 それは明らかに現実世界から飛んできた物だけど、聞き覚えのない声質だから夢の中と思い込んだ。


「君……起きてくれる?」


 なかなか面白い夢だったので起きるつもりはなかった。


「起きないね」


「揺するのは駄目なんですよね?」


「当前だ、奥さん呼んでくる」


 夢にしては随分しっかりした会話だ。


 流石に不審に思った私はそこで目を開けた。


「あ、起きた」


 見知らぬオッサンとおねえさんが、眠る私を見下ろしていた。


 一瞬親戚の人かと思った。毎年夏にやってるの田舎の長屋での親族会かと思った。


「君、ちょっと起きてくれる?」


 でも直ぐに違うと気づく。だってここは私の家だ。そして今は秋だ。


「は……誰?」


 私は曖昧な声を出し、ベッドから起きる。


 ピシッとした格好のオッサンに、だらーっとしたお姉さん。なんかドラマ相棒の二人組みたいだ。オッサンは私に気を使ってるのかお姉さんの後ろに隠れるようにしてる。


「警察です」


 お姉さんの言った言葉に私はハハァと納得した、私は予想できてる自体には強い。ドラマ相棒っぽい二人だからそりゃあ警察だろうと直ぐに理解できた。


「なんですか?」


「君のPCを調べさせてくれる?」


「はい?」


「調べてもいい? パスワードを教えてほしい」


 質問しかない豊かな会話。警察の二人は妙に抽象的な事しか言わない。直ぐに合点、私に証拠隠滅されることを恐れているのか。


「パスワードは■■■■■■■■■■■■■■■■■■です、各単語の頭文字は大文字。数字のゼロは大文字のOに、Eは3に置き換えてください」


 言うと別のお兄さんが部屋に入ってきた、大きなカメラを手に帽子を被って、まさに刑事ドラマだ。


 私は目をシバシバさせながら状況を考える。


 なんで警察が? まっさきに思い浮かんだのは友人の■■■だ、彼女は割れ厨だ。「面白いサイト知ってるよ」という彼女の言葉に載せられて先先日■■■サイトにPCを繋げてしまったのが原因だろう。きっとそうだ。


「ねぇ君――」


 お姉さんが私に声をかける。何か質問をしたかったようだが、タイミング悪く私のデスクトップPCが立ち上がってしまった。画面いっぱいにアニメキャラがペニスを出して恥じてる様子が映る。お姉さんは完全に言葉を失っている。


 こういう自分の普通じゃない面を人に見られるのは好きじゃない、父がかわいそうだ。


「なんですか」


 うんざり気味に私は言葉を促した。


「えっと、■■■とか■■■■■■ってこのPCの中に入ってる?」


「はい?」


 聞き覚えのある名前、■■■■■■ソフトだったはず。


 当然そんな物は入ってない、私の趣味ではない。


「じゃあ■■■は?」


「なんですかいったい」


 フラッシュが炊かれる。私のPCのデスクトップが撮られてる。デスクトップの壁紙の女装した男子が恥ずかしそうに悶てるように見えた。


「わかりました、じゃあ一先ずリビングに行きましょうか」


 お姉さんに促されるままに私は自室を出てリビングへ行く。


 そこには思ったよりたくさんの人がいた。4人ぐらいの捜査員らしき人がなにか話し合っている。


 キッチンでは母親がいつも通りに朝食を作っていた。そこだけが日常と同じ景色で余計気持ち悪かった。


「君、ちょっといいかな」


 捜査員の一人がダイニングテーブルに腰掛け、私に話しかけてきた。とりあえず向かい合うように座る。


「……なんなんですか」


 彼はそう言うと、一枚の紙を差し出した。


「そのですね、これから君のお父さんには事情聴取の為に署に同行してもらいます。なので、確認をお願いします」


「はい?」


 は? 同行?


 つまり逮捕? 父が?


「いいですか、あくまでもそういう容疑なだけです、そして名前がそうなってるだけです。読み上げますよ、■■■、家宅捜索■■■■を、■■■■。■■■■、君のお父さんね。えっと『児童ポルノ単純所持罪』の容疑で――」


「え? 児ポ!?」


 私の短縮形が呼び方をしたことに、捜査員がギョッとする。


 その様子を見て、母親がキッチンで手をたたいて笑っていた。












 父が児ポで連れていかれた。


 そして二日後普通に帰ってきた。


 父はそういう動画や画像をネットで数点入手して持ってただけだった。そしてそれを何も考えず■■■■■に■■■■■してしまった為、逮捕されてしまったとの話だ。


 その数点も、大量に一括でエロを入手した際に紛れるようにして入ってしまったらしい。


 そんな具合だから父の会社に連絡しないし、逮捕もしないから、罰金だけで許す。と結論がでたそうな。


 父が戻ってきた数日後、警察のオバサンが家にきて事のあらましを説明をしていった。


 オバサンは随分と父に同情していて、庇うような言動を何度も繰り返していた。母はそれを面白がって聞いてた。


 その横で私はオバサンの化粧の下手さをボーッと観察しながら、別の事を考えていた。


「父が私に欲情していたか、否か」だ。


 父がそういった趣味に走ったのは、私に対して興奮する自分を鎮めるためだったのではないか? という妄想をその時私は持っていた。


 全然あり得る話だと思った。両親は当然セックスレスだったし、父はどうやら性欲は強かったようだ。だったら同じ屋根の下に住む血の繋がってない女子に興奮するのは道理ではないだろうか?


 私は別にそれを気持ち悪いとか、最低だとか、そういう風には思わなかった。


 父がそういう事を望んでるなら処理してあげても良いと思った。いや、結婚とかはさすがに無理だけど、父にはここまで育ててもらった、そもそも母に中絶させずに生かしてもらった恩義がある。だから処理程度なら喜んでやる。


 父には感謝しているから、別に私に対してそういう事案があっても良いとおもった。父がもし母を捨てていたら、母は確実に私を中絶しただろうし。


 というか、むしろそうじゃないと可哀そうだ。


 そうじゃないならば、話はもっと酷い事実になる。


 もし父が私に発情してないのならば、だ。「父は母との夫婦関係を無理に続けていたが、潔癖気質の父は当然営みなんてできず、でも性欲を持て余し、なのに生真面目だから風俗にもいけず、とりあえずネット画像で済まそうとしたらうっかり児ポに引っかかってしまった」という話になる。


 可哀そ過ぎるのでは?


 それだったら父が紫の上みたいな夢を私に見ていたという説のほうがまだ救いがある。








「いや、違うよ。絶対に違うね」


 兄は私にそう断言してみせた。


「え……いや、でもうそうかも知れないじゃん」


「俺はそういうのわかるけど、興奮してなかったね、明らかに」


 兄はそう言うと男が欲情対象にどんな行動を取るのかいくつかのパターンを入念に説明してくれた。


「でも、警察官の人も児ポだって」


「あのさ、少し頭を使え愚妹。仮にお前が警察官だったとして、ある家から児ぽダディを捕獲したとして、その家に娘さんが居たとしてだ。普通拘留せずに家に帰すか? しかも起訴すらされてないんだろ?」


 あぁ、なるほど。


 私は納得する。


「そっか……父が私を手ごめにしようとしてる様子は無かったのか」


「そう。警察の人達だいぶお前に気遣ってたからな、みたでしょ? 家宅捜索の時ほぼ全員女性警官だったじゃん。多分生活課の婦警総出だったと思うよアレ」


「そんなの、知らないよ」


「とにかく、アイツらはお前を一番気づかってる、そんでそういう奴等が親父に出した結論は『ノット、ギルティ』で家帰し簡単罰金職場無連絡。そして親父は人を騙すのが下手。もうわかるよな?」


 私は黙って頷く他なかった。


 父は私に欲情なんてしてない。


 現実は非情だ、哀れな父よ。










 さて。


 この児ポ騒動を経て、私はより一層「父と自分の違い」みたいな物を強く感じるようになった。


 私がこの騒動から得た所感は三点、「父の生真面目さ」と「父のバカさ」と「父の性癖はやっぱり普通」。


 この三点は、私は欠片ももっていないだ。私がもし父とおんなじ状況だったらクソ真面目に自分の性欲をネット画像で処理しようなんて思わないし、■■■に■■■しっぱなしにするなんてバカで要領の悪い事は絶対にしないし、何よりも女装ショタ程度で言葉を失う性癖雑魚警察官達に同情して開放されるレベルの程度の低い性癖は持ってない。


 つまり、私が如何に父と違う人間なのか、そして父は如何に私の為に自分を犠牲にしてるのかが浮き彫りになった事件だった。


 結局私と父は他人、父がどんなに頑張っても父の要素を継ぐことは私は無いのだ。そう思うと不憫でたまらなかった。


 事件の後、父の背中はますます寂しくなった。家族全員、誰も父を悪く思ってないのに、だ。








 父は帰宅から三日後、自分の物を全て売り払おうとした。お気に入りの外車まで売ろうとして、流石に兄が「足が無くなるのは無理」と止めた。でも、大好きだった古畑任三郎シリーズとか仮面ライダーアマゾンズのBluerayとかは無くなってしまった。アマゾンズは私も好きだったから残念だった。


 父は父なりに一生懸命に禊してるつもりなんだろう、だが無意味だ。


 だって私達は誰も責めてない、兄も私も「全部原因は母」としか思ってないし、母も面白がってるだけだ。


 でも父はそんな状況を「みんな優しいから……きっと本心では………自分にはもったいない家族で……」みたいな被害妄想膨らませてる。


 誰も責めれないから、誰も父を許すことができない。めちゃくちゃな状況になってしまった。














 時間が少し進んで大学一年生になった私は、分かりやすく非行少女っぽくなった。


 家にはめったに帰らず、適当に入ったサークルの部室で寝起きする日々を過ごしていた。


 構内のシャワーで雑にしか体を洗わないから髪はバラバラ。化粧なんて不可能だし食生活も破滅していたので酷い外見で構内を彷徨う日々。


 家に帰れない理由はシンプルで、父にどう接すれば良いのか分からなかったからだ。


 私は普通に接したいとは思うのだが、児ポ騒動のあとにそうやって「普通」接するのは「変」な行動だと思う。少しでも父に「私は父の娘である」と印象を持たせる為には、人並みに父を遠ざけないといけない、それが「普通」だ。


 しかし、そうやって拒否するには父の背中はあまりにも悲哀まみれだ。


 だから私はどうすれば良いのかさっぱりわからなくて取り敢えず家出をしていた。


 兄がたまに心配してわざわざ私の大学にやってきて家出資金を差し入れしてくれた。


 兄は事あるごとに「親の話は親にしか無理だ」と私に言って聞かせた。


 その通りだと思った。私が何をどうしようと所詮は父の受け取りかた次第なので、あまり意味は無いなんだなぁと納得した。


 でもここでさっさとそう割り切って帰宅するのも実に父っぽくない、母っぽい行動だと思った。だから


「今は変に意地をはってる振りをするべきだと思う。てか私が如何にも怒ってるってアクション一回しないと、パパずーっと児ポの件で気に病むタイプでしょ?」


 兄はゲラゲラ笑って手を叩いた。


「それも一理あるけど、親父、お前がこの家出が原因で道を踏み外すんじゃないかって心配してるぜ」


 ゲッ


「なんで? ちゃんと単位とってるしGPA高い成績表家に届いてるでしょ?」


「親父古い人間じゃん、数字よりも文化を重んじる漢だよ。成績よりも素行を100倍重視してる立派な日本男児だ」


 小馬鹿にしたような口調で兄はそう告げる。私は思わず頭を抱えた。


 どうすれば父に平穏が訪れるのだろうか……








 とまぁ、そんあ具合で面倒な事態になったので。私は考えて「小説家を目指してる」という設定を作った。


 我ながら賢いアイディアだ。これなら家に帰らなくても「頑張っている」という雰囲気がでる、父は本が好きだからきっと喜ぶ設定だろう。


 という方針でやる事を母に報告、ついでにノートPCを一台要求するために一度家に帰った。


 母は「私もちょっと書いてたよ〜」と自分の携帯小説を見せようとしてきた、やめてほしい、こんな所まで母に似るのな、勘弁して。


 家に打ち捨てられていた父のお古のPCを持って大学に戻り、取り敢えずぼんやりと執筆っぽい事をしてみた。


 父の気を楽にするため、ということで割ともりもり書いた。ライター募集系のところにガンガン自分を売っていくつか仕事をもらったりもした。「少しでもお金を稼げてる」という事実は父を簡単に安心させると思った、私の状況を兄に父に伝えるよう頼んだ、兄は随分盛った話を父に届け、随分父は喜んだそうだ。


 仕事は性癖のおかげで想像の何倍も簡単に取ることができた。女性でエロに気合を入れる人は珍しいらしい、クソ低い文章力でもそこそこ仕事を拾えた。狙い目は同人エロ音声のライター募集だ。小規模だからどうしても構成員同士の関わりが濃くなるので、声役の女性にとって私という「女エロ書き」は同性だから安心感があって魅力的だったようだ。おまけ音声で声役の人と対談したりした、ちょっと意味不明だった、評判は悪かった。


 とにかく私はショタ主人公がサキュバスにペニスとアナルを弄られたり、ショタ主人公がメイドにペニスとアナルを弄られたり、ショタ主人公が実姉にペニスとアナルを弄られたりするのを書き続けた。


 一度大当たりして(ショタ主人公が元カノにペニスとアナルを弄られる作品)ボーナスが出たので叙々苑に一人焼き肉へ行ったりと、なんだかんだで楽しんではいた。






 じゃあ、そろそろ話を確信の部分に。






 そんな状態だったから私のノートPCは基本オフラインで、word2012専用マシーンとなっていた。ある日、友人から「一緒にゲームをやろう」ということでwifiを貸してもらった。


 その時は始めてインターネットに接続してあることに気がついた。


 それは'http'と打ち込むとあるサイトがサジェストされるという、辞書登録だかグーグル側か何かに残されていた設定だ、このPCの持ち主は父なのでたぶん父が消し忘れたなにかだろう。


 興味が沸いたので、後日私はマクドナルドによって改めてそのサジェストされたサイトに飛んでみた。


 そこは海外のアダルトサイトだった。


 3次元、中国、違法アップロードAVだらけの如何にもな動画サイト。なんとも父らしい普通さだと思いながら一つ引っかかった。


 それは’http’サジェストからのURL入力で飛んだ先が、このサイトの「トップページ」ではなくて「ログイン画面」だった事だ。


 ……アカウント持ってるな。そう確信しながらユーザID入力欄にカーソルを当てると案の定入力補助が働いて勝手にIDが入った。


 同じ要領でパスワードも行けるかと思ったけど、流石にこれはだめ。取り敢えず、友人にLineしてアイディアを募集した、名目は彼氏のAV趣味分析。


 サイト名を聞かれたので伝えると謎のアプリが送られてきて、それをPCで起動して、ログイン画面のURLとIDを入力すると自動的にパスワードが出てきた。凄い。


 パスワードは父の名前+誕生日だった。


 さっそくログインしてみる。すると中国語で「お久しぶりです」との挨拶がでてきた。多分、児ポ騒動以降来てなかったのだろう。


 直ぐに視聴履歴を呼び出して、一番上の動画を再生してみた。








 動画は、色黒の異国の男児二人がフリフリのピンクのドレスを着せられて、互いにペニスを触り合ってる動画だった。


 女装ショタ物だった。


 私が、ずっと昔から大好きだった性癖と同じ物で父の履歴は埋まっていた。








 その時、私は本当に感動した。涙が頬を伝うのを感じた。


 父は私の性癖なんて知らない、そういう話を嫌がったから、一度だって父の前ではそこまで話さなかった。でも、父は私と同じ性癖だった。


 その時、私はようやく気づくことができた。自分が如何にくだらない物に拘っていたのかを。


 産みの親じゃない? 血縁関係がない? 性格が似てない? それがなんだっていうんだ。この人は、あの父こそが、私の父なんだ。私はあの人から沢山の物を継いで成長したんだ、今の私を形作る物にちゃんと父はあるんだ。


 何も継げない、何も関係が無い、そんな思い込みは間違ってた。


 あの父は私の父で、そして私はちゃんとあの父の娘なんだ、そう思うと涙が止まらなかった。


 ショタゲイ女装AVを見ながら、私はマックの隅の席で肩を震わせて泣いた。






 この日やっと、私は自分の心に安寧をもたらすことができた。


 私は自信をもって自分を、父の娘、と思えるようになった。














 最後に、エピローグを。






 次の日、私は家に帰った。


 二ヶ月ぶりの帰宅だ、玄関で出迎えてくれた兄は随分と驚いた様子だった。兄には後で全部話してあげよう、「そんなくだらない事で悩んでたのか」と嗤われるだろうけど、きっと最後は感動してくれるはず。


 リビングでは母親が寝っ転がってツムツムをやっていた。帰ってきた私に赤ちゃんみたいな笑顔を向ける。母にはこの出来事は隠しておこう、そう決めた。こんな素敵な話が聞けないっていうのが、私なりの母への罰だ。


 父はまだ仕事から帰ってきてなかった。だから私はこっそり父に部屋に忍びこんだ。私はクローゼットを開けて、父の隠してる宝物を取り出す。古いモデムの箱、その中にこっそり入れられた父の大切な写真達だ。


 殆どが私達家族の写真なんだけど、一枚だけ古い物がある。


 それは父と母がまだ若い頃の写真。


 若い頃の母は私そっくりで、嬉しそうに父の首に抱きついてる。父は恥ずかしそうにしてる。


 写真は丁寧にラミネート加工されていて、これを如何に大切にしてるかが伺える。


「帰ってきたら、聞いてみよう。ママの何処に惚れたのか」


 そしてなんで捨てなかったのか、なんで今でも離婚しないのか、全部聞きたい。


 今までずっとできなかった質問だった。だってそんな質問「普通」じゃないから。でも今ならできる、そして聞きたいと思う、だって私はあの人の娘なんだから。


 誰がなんと言うと、どんな血縁関係であろうと、どんなに似てなかろうと、あの人が私の父なんだから。






 丁度その時、父が帰ってきた。


 私は写真を手に、部屋をでる。

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