ルナティック

掌編（読み切り）

潮汐の起こる原因をご存知ですか？

簡単にいえばそれは、月の引力に海の水が引っぱられることによって起こる現象です。

月を真上に見るとき、海面は月に引き寄せられるように満ち、月を真横に見るとき、地平線上の月に引き寄せられ、手前の潮は遠くへ去ります。

これが大雑把にいうところの、潮汐のメカニズムとなります。

シオマネキというカニは、右手のハサミが非常に大きいです。

大潮（ひと月の中で、潮の上下動が一番激しい日）の干潮時、露出した海底から姿を現すこのカニは、右手の大きなハサミを振って、求愛行動を行います。まるで引いてしまった潮を招き戻すかのように。

このカニを、生息地から遠く離れた海岸へ連れて行き、離してみます。

するとカニは、正確に大潮の日を選んで、ハサミを振る行動を行います。

まるで、月の引力を感知しているかのように。

海に棲む生き物たちの多くはこうして、月の運行によってその生命活動に大きな影響を受けています。

したがって、大潮の日は釣りにふさわしいのだということは、多くの釣師の知るところです。

さて。

人間の身体の60％は水でできています。

この水風船のような身体は、では、天体の影響を受けないのでしょうか？

いいえ。

女性の月経周期。

あるいは満ち潮のときに人が生まれ、引き潮のときに息を引き取るという民間伝承。

すべては如実にこの、月の重力に裏打ちされた結果なのではないでしょうか？

そんなに大袈裟なものでなくても。

月が満ちるとき、人の身体の中の海が引かれ、気持ちを揺らす。心を動かす。

今日は、そして、月に一度の大潮。

恋人やガールフレンドが、気が遠くなるくらいSEXしたい、と口走っても、動揺してはいけません。

すべてはお月様の定めること。

ゆっくりと髪を撫でて、耳元でまじないの言葉を囁きましょう。

英語で言うルナティック【lunatic】とは、“［形動］精神に異常をきたしているさま。常軌を逸しているさま。”のこと。

そう。

大潮の晩は、どんなことだって起こり得るものなのだから。