漆黒のエピローグ
後日。
暗黒大陸、某所。
ゾン子は不貞腐れた顔で荒れ地を眺めていた。結局、アルゴルにはあのまま逃げられてしまった。手掛かりは一切ない。探しようも無かった。
「いつまで腐っている」
骨を被った大男が後ろに立った。武骨な男。副業の傭兵稼業はしばらく休止するつもりだった。傷の手当てが必要なのと、嫌な方向に顔を知られてしまったからだ。傭兵エシュの名が広まったところで支障ないが、それにしても限度がある。
「べっつにー?」
腐った死体少女が唇を尖らせた。やらかしてしまった自覚はあるのか、少し気まずそうに目を逸らす。いや、やらかしただけならば全く反省しないことで有名なゾン子である。だから、これは個人的な感傷でしかない。
「カンパニーに関する一連の出来事は『王』に報告した」
「げ」
「は?」
咄嗟の本音に噛みつかれてゾン子が身を縮ぢ込ませる。彼女は兄貴分の威圧が大の苦手だった。だって怖いし。
「……で、本格的に解体処分かよ?」
不死身の解体。それは死体から魂を解放する儀式。屍神としての、実質的な死だった。
「隠密行動中に派手にやらかして、タダで済むとは思っていないようだな」
「………………今さら。屍神の情報はとっくにカンパニーに漏れてるよ」
誤魔化してもしょうがない。
ゾン子は胸の内で黒い炎が燃え盛っているのを感じた。彼女が慕う兄貴分に死を与えた存在。カンパニーに対する憎しみの炎。水の精霊に愛される虹蛇の神格でも、この炎は容易く消せはしまい。
「私を解体する前に、カンパニーを解体したいぜ」
「心配なさっていた」
「………………へ?」
黒い炎がボヤけて消えた。
「いや、痛いところはなかったかと」
「………………は?」
「怖いことはなかったかと。何度も死んでいたから心の傷も心配しておられた。後で顔を見せに行くといい」
「………………え? へ? ちょっと待て」
異世界を股に掛けるP・W・カンパニー。その脅威が身に染みているゾン子が拍子抜けした。
「異世界、といったか。『王』も時折この世界とは違う世界のヴィジョンが見えるらしい。妙に納得しておられた」
「……ちょっと話が読めないんだけどー」
「我らの本筋には、原理的に干渉出来ないみたいだ。俺も詳しいことはよく分からん」
「えー…………」
アイダと、巻き込まれたレグパ。彼らがカンパニー関係で奔走していた苦労は全て無駄だったらしい。こんなオチならば素直に報告しておけば良かったと後悔する。
「ただ、身体には気を付けて、だそうだ」
軽い。
笑えないくらい軽い反応だった。
「いや、冗談で済む話ではなかったぞ。お前本当によく無事だったな」
レグパが隣に座る。彼も社長戦争を駆け回っていたが、危ない場面は何度かあった。それが経験値になり、主もそれをプラスに考えていることは黙っている。
調子に乗られると面倒だ。
「ララちゃんと一緒にいたからかなー? 前二つに比べたらあんまりヤバい感じはなかったぞ」
「……お前、彼女たちに守られていたんだよ。エンリークはずっと付け狙っていた風だったし、アルゴルもあの大戦力が相手なら手は出さなかっただろう」
最後の死闘を思い出す。あの戦い、二人ともやられていた可能性があった。そうなれば、屍神の使命に差し障る。
追い詰められる経験は、決して無駄ではない。そこには成長がある。前に進む礎がある。レグパはそのことを経験的に知っていたが、それは黙っておく。
調子に乗られると面倒だ。
「ララちゃんが……そうか、そうだったのか」
自然と頬が緩む妹分を、レグパは横目で盗み見ていた。
彼女がゾン子を連れていくメリットは少なかった。それでも連れていったということは、少なからず好ましく思っていたことだ。このロクデナシシスターを、だ。そう思ったが、やはりレグパは黙っていた。
調子に乗られると面倒だ。
「で、だ。お前、もう少しカンパニーに関わってみるつもりはないか?」
「へ、どういう……?」
ずいっとレグパが顔を寄せた。動揺したゾン子が頬を紅潮させて固まる。そして、耳元で囁かれた言葉に、表情を険しくした。
「正気か?」
「お前には言われたくない」
それくらい衝撃的な提案。
「…………いいぜ。それならゼルダ・アルゴルに落とし前つけてやれる可能性もあるしな」
「ロクなことにならない。止めておけ」
頭脳派絡め手使いのアルゴルとは、ゾン子では相性最悪だ。だが例によって聞いちゃいない。
復讐の炎に燃えるゾン子は、今日も元気だった。
(まあ。元気ならよし、とするか)
主からの言葉を思い出す。
兄貴分は一つ、小さな溜め息を落とした。
了。
【異世界社長戦争】謎の覆面ヒーローH/副業傭兵エシュ ビト @bito
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