vsゼルダ・アルゴル(後)
三日目、昼。
『無人の王城』レジェンド。
「ほう――?」
さっきまでとは、明らかに動きが異なっていた。エシュが霧を引き裂き、攻勢に出る。
その斬れ筋は衰えることを知らず、あれだけいた吸血鬼が瞬く間に斬り伏せられる。
「ですが、泥仕合に変わりありませんよ?」
虹蛇の権能。吸血鬼たちが次々と復活し、水流と水刃がエシュを襲う。
「ジリ貧勝負で俺に勝てると思うか?」
必殺が殺到するまで、エシュは首を三つハネた。水刃を半月刀で両断し、水流がユンランの頭を攫っていく。
「お前が俺に勝てるわけがない」
アルゴルではなく、妹分に言い放つ。骨を被った男は、きっとほくそ笑んでいた。そういえば、彼女とこうして戦うのは初めてだった。
(オグンはしつこく手合わせをねだったが、アイダからは一度もなかったっけ)
彼女が、初めてカンパニーと接触したらしき日。突然の不意打ちには本当に驚かされた。闘争を通して、その使命に目覚めたのかと期待した。
だが、同時にどこか寂しかったのだ。
「ぐ――――っ」
霧が晴れた先からマリオネッテがナックルを飛ばす。蹴り上げたエシュだが、その隙に岩石弾を打ち込まれる。
脱力する。まともに食らい、しかし受け流した。体勢を立て直したところで蹴り砕き、霧の向こう側で納得する。
「そういうことか」
マリオネッテ二十体。
巨大な土人形がエシュを取り囲む。霧は水で、即ち土を弱らせる。ユンランには対応されると判断して切り替えてきたのだろう。
「この大きさは、特異だ」
ナックルと剛脚がぶつかり合う。土人形の腕が粉砕され、反動でエシュの身体が転がされた。仰向けに倒れた傭兵に岩石弾が降り注ぐ。
「へえ――――どういう風の吹き回しだよ」
半月刀を強く握ったエシュの目に映るロボの残骸。♣陣営の兵器なのは一目で分かった。そして、手引きした者も。
ジョストコンカラー。二メートル強の重歩兵型ロボはマリオネッテの軍団に襲い掛かる。その数、五十。
「ぐわあああああ!! ゼルダ・アルゴル! まだ伏兵を忍ばせていたか!」
エシュが怒声を上げながら霧に潜り込む。
「なんの茶番を――っ!?」
目の前に半月刀が降り落ち、アルゴルが身を引かせる。声を頼りに傭兵は狙いを定めていた。黙って身を潜ませるしかない。
ベルが不規則に振動する。モールス信号の絡繰りはバレていないみたいだ。
(これだけの土人形、やはり操っている術者がいるか。膨大な魔力とやら……そいつが別のアルゴルに操られているとしたら?)
ベルからの情報を冷静に分析する。違反を暴けば敵の動揺を誘える上に、こちらのポイントも稼げる。
どうせ霧の中でエシュを視認出来るのはユンランだけだ。その首を掻き斬りながら、エシュは地を這うように駆けた。
――カンシャ
ベルを不規則な長短で叩いた。果たして通じているか否か。答えは無言だ。ただ淡々と破壊され続けるジョストコンカラー
そのおかげで時間は稼げた。魔力の流れは地脈の流れに似ている。仙術を通して自然エネルギーに通じるエシュには、その流れを感じられた。
「ここか」
王城の中。確かにエシュの眼中から外れた配置だった。そのことは素直に感心する。
真っ白な肌のスキンヘッドを蹴り飛ばす。灰色のローブで全身すっぽり覆った男が声を張り上げた。
「お許しをエンリーク様! 我が身はエンリーク様に捧げる! エンリーク様万歳ばんざ――」
叩きつけた半月刀がその身を粉砕する。彼こそがマリオネッテを操っていた術者。
『集めて弾けるホムンクルス』マジック・ギャザラー。魔力を集める人工生命体は、ゴーレムたちに無尽蔵のエネルギーを与えていた。その身を砕いたエシュは、城内に立ち込める霧に気付く。
「白々しいぞ。必死だな、ゼルダ・アルゴル!」
マリオネッテどもの動きが沈黙したとの情報。マジック・ギャザラーは死体ではなかった。それは即ち、屍神アイダの支配下になく、別の支配体系に属しているということ。
エシュは見逃さなかった。粉砕された肉片から、ミミズのような群れが離散していった。それを追おうとするエシュに、マジック・ギャザラーが五体襲いかかる。今度は死体だった。
「邪魔だ」
半月刀の一閃。金槌を振り上げた男たちがまとめて斬り伏せられる。ミミズは見失った。しかし、エシュの危機感は告げている。アレを逃がすのは危険だ。
(もしかして、アレがアルゴルの本体なのか――――)
考えている余裕はない。沈黙したベルからの弱々しい振動。それは危険信号だった。復活したマジック・ギャザラー諸ともに弾幕が押し潰す。天井に片腕を突き刺して回避したエシュは、城の壊れた壁の向こうを見た。
「滅茶苦茶すればいいってもんじゃないぞ……」
鋼鉄人形オレンジネクサス。
自重でひしゃげていたその機体は、既にウォーパルの支配下から解き放たれてた。自力で走行できない鉄屑と化していたが、ユンランたちが潰れながらも運んできていた。
「エシュさん」
ゼルダ・アルゴルがゾン子の顔でにやりと笑った。こういう場面で妹分ならネクサスの上に乗るのだろう、と漠然と思う。ゼルダ・アルゴルの立ち位置では、ここから
「それでは――さようなら」
エシュが天井から飛び降りる。着地よりも速く鋼鉄人形から放たれたのは、左肩上部から放たれたロケットランチャーだった。あれを生身で食らえば、ベルは守りきれない。
エシュは腕を振り上げた。魂の半身を握る左腕ではない。ベルが括り付けられた右手。運命のタリスマン。そして、その手中には最後の十字手裏剣が握られていた。
「取っておくものだな――――取っておきというのはッ!!」
屍神の怪力の、全力投擲。
まさに黒い流星だった。発射直後のロケットランチャー、その爆風ごと鋼鉄人形が爆散した。鉄の破片が降り注ぎ、ユンランたちが潰れていく。爆風に薙ぎ倒されて、ゾン子の肉体が壁に叩きつけられた。
◆
「はは……これは、おかしいでしょう…………こうは、ならないでしょう――――……」
よろよろと立ち上がる。その目には、
「手詰まりか、ゼルダ・アルゴル?」
鋼鉄人形オレンジネクサス。
暗殺自動人形キャトル。
マリオネッテ。
マジック・ギャザラー。
そして。
「エシュ――――!!」
鋼鉄人形から這い出したユンランが、その鋭い爪を傭兵に突き立てる。だが、届かない。不可視の連撃がユンランを細切れにした。肉体の内側から出てきたミミズの群れ。今度は逃がさない。
帝王の私兵、ユンラン。これでゼルダ・アルゴルの軍勢は尽きた。
「お前は俺の妹分をこうやって操っている。じゃあ、今の奴らは何だったんだろうな?」
ゼルダ・アルゴルは口を開いた。
「その情報はお前が知り得ない。やはり他陣営からの入れ知恵が「仲間を連れて楽しそうじゃないか、一人は寂しいか?」
ゼルダ・アルゴルが黙った。
これは交渉じゃない。最後通告だった。屍神アイダでは屍神レグパには勝てない。この距離からでは逃げ出すことも不可能だ。エシュが探しているのはベルの位置。そして、ベルが破壊された後は、殺されるだけだ。
「エシュさん」
ゼルダ・アルゴルは頭を抱えた。両手で頭を掴み、目のハイライトを消していく。抱えて抱えて、突破口を探しているのだとエシュは感じた。しかし、そうではなかった。
すっぽりと、首から上を引き抜いたのだ。
「不死身ッテ、便利デスネ」
「貴――ぃ、様――――ッッ!!!!」
けたけた笑う頭部を転がし、首から噴き出す鮮血が竜を型どる。全身の血を水竜に変えたアルゴルは、その死体から這い出た。干からびた死体少女から無数のミミズが這い出ていく。
(アイダ、お前を)
巨大な鮮血竜が大口を開く。エシュは
水の精霊の声を聞け。
鮮血竜の呼吸を感じろ。
寸分狂わず研ぎ澄ませろ。
放つ一撃。剛腕無双のトリックスターが竜を穿つ。その一刺しは精霊の繋がりを分断し、竜は鮮血に溶けていく。エシュは前に進んだ。妹分の鮮血を全身に浴び、ついにゼルダ・アルゴルに迫る。
(取り戻す――!)
「来たな、屍神」
男は、ミミズの集合体。その首のベルに、半月刀が煌めいた。両断されるベルとゼルダ・アルゴル。それでも、その身は環形動物の集合体。離散するミミズたちをエシュは細切れにしようと。
「ああ、取っておくものだよ――取っておきというのは」
鋼鉄人形の破片が飛来する。一つや二つではない。アルゴルの念動力。その脅威が土壇場で傭兵を崩した。
「さあ、貴方の肉体を頂きましょう」
勝負には負けたが、目標は達成した。金属の塊に肉体を弾かれたエシュに、ミミズが群がろうと展開する。抵抗不能。その支配力は屍神を堕とす。
(ああ、なんということだ)
エシュは骨の下で見ていた。
群がるアルゴルたちが、水流に流されていく光景を。
(まさか、お前に助けられるとはな)
面倒事も、案外バカに出来ない。骨の下でうっすらと微笑んだ。
「アァァルゴォォォルゥゥゥゥウウウ!!!!!!」
怒り狂う屍神アイダが暴れる。支配からは完全に解き放たれたらしい。屍神二体を相手に勝てるとは思えない。
完全に詰みだ。
鉄屑を力づくで弾き、止めをさすべく半月刀を構える。
「どこだ、どこに逃げたあああ――――――!!!!!!」
多数の津波が王城を蹂躙する。その大雑把な攻撃は離散したアルゴル相手には不向きだった。
というか。
「おい。待て、やめろ」
「ぶっ殺す! ぶっ殺してやるあの虫けらがあ!!?」
「バカか、完全に見失ったぞ!」
それでもゾン子は攻撃を止めなかった。その両目から溢れるのは、きっと。
「よくも、よくも……!
よくもあたしにレグ兄を殺させたな――――ッ!!!!」
気付けば、荒れ狂う女の前にエシュは立っていた。その小柄な肉体を、力強く抱き締める。しばらく暴れていたゾン子だが、やがて大人しくその身を預けた。
どこかの戦いの余波か、王城が粉々に吹き飛ぶ。エシュが力強い踏み込みで破壊から逃げ切った。更地になった王城跡だが、アルゴルの姿はない。拘泥していられる状況ではない。エシュはただ一言、こう言った。
「離脱する」
「……………………うん」
妹分を抱き抱えて、傭兵が駆ける。
目的は果たした。戦争は終わりだ。傭兵エシュは、自分のベルを砕いた。
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