vsアイダ=ヴェド=エジリ=フリーダ

 アイダ=ウェド=エジリ=フリーダの誕生には、レグパも立ち会っていた。

 その頃のレグパは、物量こそが戦争を制すると思っていた。たくさん数がいれば強い。たくさん武器があれば強い。たくさん命があれば強い。だから、この瞬間の彼の胸中は輝いていた。

 虹蛇の神格アイダ=ウェド。

 愛の神格エジリ=フリーダ。

 二つの神格の『神懸かり』。儀式は三日三晩に及んだ。大量の死体と魂に囲まれて、『王』が真言を唱える。蠢く男爵がその支援に回る。何も出来ないレグパは、食事を運んだり意味ありげに仁王立ちしたりしていた。二つの、それもどちらも有名な神格だった。有名ということは、力があるということである。確かに『王』ダンバラ―男爵サムディ偶然の神レグパに並ぶほどではない。それでも、二つが並べば。レグパは起き上がる青い死体に目を凝らす。


「…………………んあー?」


 思っていたのと違った。

 レグパは火傷跡に包まれた顔を、蠢く影に向ける。バロン・サムディ閣下はこうおっしゃった。


「『王』が、やっちまったぁ……みたいな顔をされている」


 それは大変だ。

 非常に大変である。

 多ければいいと思っていた。たくさんあれば強いと思っていた。それが愚かしい思い違いだったと理解する。統合不良を起こした神格が互いに潰し合っている。不死身の死体。その成果物ではあるにしろ、こんなもので世界に痛みを施せるとは思えなかった。


「解体処分を」


 迷わずシャムニールを手に取ったレグパ。その切っ先が生まれたばかりのアイダに向いた。彼女はその刃を反射的に掴み、血だらけになって転がり回った。


「なんだ、こいつは……」

「『王』は迷っておられる」


 ガン、とレグパは魂の半身たる武器を叩きつけた。


「何故」

「生まれた命は、理由無くして摘み取らせぬ」

「我々は死体です」

「生きているのか決めるのはその者自身――――『王』ならばそうおっしゃる」


 遠い目で明後日の方角を見つめる主を見た。大変お疲れのようだった。


「あたしは生きるぞ? たくさん食べて、たくさん動いて、たくさん遊んで、たくさん殺す。それがあたしだ」


 にしし、とアイダを笑う。


「たくさん、が全てではない。物量だけが全てではない。より的確に、より研ぎ澄ます。それこそが肝要なり」


 背後で男爵が爆笑している。茶化すのは止めて欲しい。


「なら教えてくれよ、レグ兄」

「レグ、に、い……?」

「はっはっは、懐かれたなレグパ」

「男爵!!」


 アイダ=ウェドは、神々の王ダンバラーの妻である。その神格を降ろすにあたって、もちろんそういう役割があてがわれるはずだった。レグパは主を見る。片手を振られた。


「レグパ」


 代わりに屍神の一たる死神が。


「切り捨てるのは、弱さだ。そうやって先細りすればどこかでポッキリ折れてしまうわい。死んだままでは世界は拓けない。この身は人間を識っている。

 、レグパ」


 身体をくねらせながら熱っぽい視線を送る妹分。レグパはしばらく視線を交えた。レグパは不死身の死体である。だが、それだけだった。バロン・サムディのような強大な力を持たず、精霊の扱いも不得手である。

 だから、徹底的に鍛えた。肉体を鍛えて、戦い方を研究した。武器を手に取って戦場を駆けた。空っぽの死体に闘争をありったけ詰めた男。獰猛な獣は、戦士となった。


「生まれしアイダよ、このレグパに至って見せよ」


 きっと鍛えれば強い子になるだろう。そんな想いを込めながら。レグパが納得した。男爵は既に笑っている。ならばもう否定する者はいない。

 力強く、屍神を従える大神官が飛び降りた。


「アイダ。その生誕を祝福しよう」

「『王』よ。この身を貴方に捧げます」


 生まれしアイダの教育係。

 そんな面倒事を押し付けられたことにレグパが気付くのは、結構先のことである。







(面倒なことになった…………)


 五里霧中。視界不良にエシュは毒づいた。吸血鬼の攻撃がどれも油断ならない。

 これだけの数。大雑把な支配で、攻撃は死体の肉体意思に任せているはずだ。それでもこの脅威度。まさしく暗殺のプロ集団だ。


「ひゃひゃひゃあ! どうしたレグパぁ! 死体使役者ネクロマンサー同士で綱引きしてやってもいいんだぜぇ!?」


 死体を使役するだけならば、エシュにも同じことができる。神格が統合不良を起こしているゾン子より、その権能は上をいく。

 それでも、その綱引きには乗れない。


「ぐぅ、う――――!」


 刀を持つ左手を下げて、右腕でマリオネッテのナックルを受け止める。横からの岩石彈を蹴り砕き、崩れた体勢を狙う棍から退避する。


(やはり、支配系統は別か。今のを同時にやられたら捌ききれなかった。同じ支配体系下にあれば難しくないはずだ)


 あの土人形たちを操っているのは、ゾン子が操る死体ではない。であれば、権能の行使で競り勝っても、隙だらけのところを狙い打たれるだけだ。


「どうなっている! 戦争のルールは一騎討ち、違反はぷれぜんとやらに響くぞ!」


 確認と、違反の主張を込めて声を上げた。


「んだぁ? そんなことに拘ってんのかよ! おうともさ! 少しは頭を使えよ脳筋がぁ!!」


 お前にだけは言われたくない。

 最後のLグリップソードが刃溢れを起こす。よくもった方だ。迂闊に近づいたユンランを縦に両断し、丈夫そうな棍を奪い取る。多くを相手するには打撃武器が向いている。刃溢れがなく、折れにくい。ダメになった刃を適当に投擲し、吸血鬼の棍を振るった。

 両端に小さな鉄球が備わった、一メートル半の武器。エシュの手によく馴染む。投擲された鉄球の芯を穿つ。厄介な飛び道具が砕けた。


「死体は幾らでも復活できても、武器はそうはいかないぞ」

「レグパてめえ!?」


 霧がぐにゃりと歪む。特効をかけるユンラン三体を弾き飛ばして気付いた。この場は巨大な水竜の顎門あぎとの中。


「俺様の手中にあることを忘れたか、レグパ!?」

「一々神名を叫ぶなよ…………」


 棍を両手で握って振り上げる。水の牙がエシュを粉砕する直前、勢いよく振り下ろす。水が真っ二つに割れて背後のマリオネッテたちを押し出した。


「より的確に、より研ぎ澄ませる。これが、力と技術だ」


 その衝撃波は、ゾン子の眼前まで迫った。割れた水の向こうで大口を開ける妹分と目が合う。

 エシュが左手で棍の中央を握った。


「――――てめえ」

「ほら、往くぞ」


 ばっとゾン子の両手が広がった。水のタリスマン。霧は水で、そして充満している。連発するウォーターカッターをエシュは身のこなしだけで回避する。稼いだ数秒。両腕を上げたゾン子の目の前に津波が形成された。


「潰れろ!!」


 エシュは、津波に向かって十歩走った。それは助走だった。棍を地面に突き立て、棒高跳びのように津波を飛び越える。


「はっ、空中で逃げられるかよ!」


 膨大な水の壁がエシュに迫る。このまま水圧で押し潰す。復活しても何度でも押し潰す。この水牢がゾン子の切り札。不死身を殺しきる水地獄。

 対して、エシュは全力を以てして十字手裏剣を投げ放っていた。鋼鉄の装甲すら穿つタングステン合金に、傭兵の怪力が合わさった。水牢の一部が弾け飛ぶ。


「お喋りが過ぎるな」


 ゾン子の拳が落下するエシュを狙う。エシュは棍を地面に突き立てる。屍神の怪力が厚い胸板を叩くが、棍を支柱に勢いを逃して、器用に回ってゾン子の横っ面を蹴り飛ばした。


「こん、の……っ!」


 立ち上がるゾン子より、駆けるエシュが圧倒的に速い。鋭く、激しい。水刃の隙間を縫って、棍を前に突きつける。その顔面、正確には頭蓋に。

 轟、と烈風が舞った。

 霧が吹き飛ぶ。ユンランたちが霧に紛れるように後退していった。その中心地にはエシュレグパゾン子アイダの二人だけ。ゾン子の額に突き付けられる吸血鬼の棍。エシュの手は、それ以上先に進まなかった。



「ひ、きひ」


 ゾン子の口の端からたらりと涎が落ちた。


「きひひひ、きひゃははははは――――!!!!」



 水刃が棍を細切れにした。周囲から押し寄せる津波が傭兵をもみくちゃにしていく。水の柱の上でその光景を見て、ゾン子は爆笑していた。


「躊躇った! 躊躇いやがったぞこの男!! はっは、ざっまぁないね!! 終わりだレグパ!!」


 全方位からの津波の中、エシュの手には最後の十字手裏剣が握られていた。だが、その手から放たれることはない。膨大な水流に肉体を砕かれて、暗い闇の中に落ちていった。

 それでも、傭兵は妹分の姿をじっと見つめていたのだ。







 『トリックスター』エシュは、『偶然の神』レグパの別名である。

 運命の岐路に立つ男。レグパはそんな運命神として畏れられていた。神格としては指折りの強靭さを有し、それでも屍神として宿ったのは、強力とはいえ人としての力だけだった。

 レグパは歩み続ける。運命を自ら踏破するために、貪欲に強くなった。これは復讐だ。どす黒い獣が、戦士として力を振るう。世界に痛みを返す。恐怖が生んだ破壊衝動に、青い光が差した。

 面倒事は、果たして悪いことだったろうか?

 生まれてから、ずっと。ずっとずっと面倒な道を進んできた気がする。これが因果だと一言で断ずるには、あまりにも軽い。きっと、別れ道をこっちに進んできたのだ。道を、選んで、進んできた。

 運命の交叉路を歩め。

 レグパ――エシュは無意識に守ったベルに口を寄せる。


「アイダを操っているのがゼルダ・アルゴル、間違いないな?」

「…………ソウダ」


 肉体が完全に復活した。大津波は水の牢獄を作り、未だ解く気配を見せない。


「ゼルダ・アルゴル。そいつがこの軍勢を一人で操っていると?」

「ワカラナイ。オマエ、ドウシテパパヲカバッタ?」


 この声の主は、♣陣営。ティアナ=O=カンパニーが製作した人工知能だ。エシュはそこまで知っていた。機械に疎いエシュだが、屍兵の感覚共有で全てを見ていた。

 だから、さっき暴露していてもよかったはずだ。


「……お前、そいつが破滅するのが嫌なんだろ?」


 ベルが大人しくなった。

 なるほどそっくりだ、とエシュは感じた。あの異世界螻蛄は死滅した。だが、その遺志はまだ死んでいないらしい。

 そして、エシュの闘気も途切れたわけではなかった。もうじき復活を確認したゾン子が水圧で再び潰しにくるだろう。ベルの反応が消えていないこともバレるはずだ。だから、そこに合わせる。


「運命の交叉路を歩め。我が神名は――」







「――――レグパ!!」


 無限の水牢が飛び散った。破れるはずがない。そんな風に高を括っていたのはらしいというか。表情が固まるゾン子に、エシュはソレを向けた。戦場で様々な武器を調達し、廃棄していくエシュの、唯一のもの。

 魂の半身たる半月刀シャムニール


「よお、ゼルダ・アルゴル」


 固まった表情が、溶けて消えていく。無表情のまま、青いワンピースの女はぺこりとお辞儀した。


「こんにちは、エシュさん」


 先刻までとは雰囲気が違う。不気味から不気味、異質から異質へ。底知れない闇が蠢くように、ゼルダ・アルゴルがにたりと笑った。


「他陣営から力を借りるとはいけませんね。ペナルティですよ?」

「そういうお前は仲間を連れて楽しそうじゃないか。一人は寂しいか?」


 どちらも確固たる証拠は持っていない。しかし、互いに相手が違反をしていることは確信している。


「屍神、というものはいいものですね」


 唐突にアルゴルが言った。彼はカンパニーの部外者だったはずだ。エンリークとの会話でも盗み聞かれていたか。


「不死身の肉体、というものに憧れていたんですよ。しかも貴方ほど強ければこの上ない」


 ゾン子の肉体はくるりと回ってワンピースの裾を摘まんだ。


「女の身体というものも楽しみはありますが、我々は強き力を求めていますから。ゼクローザス強奪は失敗しましたが、とんだ掘り出し物を当てたようです」


 にっこりと微笑む姿は、薄気味悪い。エシュは半月刀シャムニールを左手に握り、右手で守ったベルを再び甲に括りつけた。無事だったベルを、戦場の風に当てる。


「欲するならば、力づくで勝ち取るがよい。俺はお前を倒して妹分を回収する」


 妥協点はない。

 互いがどちらかを倒すしか道はない。

 霧が再三戦場を覆った。互いに姿が視認できなくなる。面倒事を片付けよう。屍兵化した吸血鬼たちの中心で、骨の下で獰猛に牙を剥く。



「これは我々の本筋たりうる。

 ならば屍神が二、相手取ろう。


 運命神レグパ――駆ける!!」

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