第二話

キスから始まる物語……そんなものに私は興味がなくて。高校生の時なんて周りの女子は恋愛の話でもちきりで、私は全くついて行けてなかった。軽蔑さえしていた。馬鹿みたいで愚かだと。少し言い過ぎた。そこまで嫌悪感は抱かなかったが本当に興味がないのである。

それでも、周りは私を置いて異性の話で盛り上がっている。興味のあるふりをしていればよかったのだが、不毛だと思ってそれを怠った。それゆえ、クラスメイトがどんどん疎遠になっていくのを感じた。女子の高校生活において孤立ということは死を意味することだというのは常識というものだろう。

しかし死ななかった。孤立しなかったのである。一人の親友のおかげだ。彼女はとても綺麗で可憐で美しくて……三つとも同じような意味であるような気もするが。まあとにかく美しいのだ。勉強もできてスポーツもできる、憧れの存在であった。私とは正反対で、誰とでも仲良くできて明るくてクラスの中心的人物。誰が見ても完璧だった。

なぜ私なんかと親友になってくれたのかはわからない。私のことを見下したかっただけかもしれない。それでもよかった。満たされていた。


私は弁護士になりたいという夢を持っていた。まあそんな夢は叶うことはなく、冴えない普通のОLになってしまったのだが。普通にも達していないか。会社に、彼女のような親友はおらず、飲み会にも誘われず、コピーしたりお茶を汲んだり、それだけの毎日である。


親友だった彼女は検事になりたいと言った。同じ大学を目指していた気もする。

成績もよく、スポーツもできた子であったので、彼女だけ受かってしまうのではないかと不安であった。私もがんばって彼女と楽しいキャンパスライフを過ごしたかったものである。

難関大学を共に志望していたので一緒に勉強もした。同じ学校に通っているのだから当たり前であるが校外でも勉強会を開いた。

そんなたいそうなものでなく、カフェや彼女の家でおしゃべりしながらであるが。私が初めて友達の家に行ったのが彼女の家であった。ヨークシャーテリアのみっくんもかわいかったな。


誕生日にネックレスをもらったりもした。当時は正直あまり気に入らなかったのだが、今では宝物である。

彼女がいるだけで、生きていて楽しかったし、目標も持っていられた。

今は、友達もいなけりゃ目標もなくて趣味もない。会社に行って帰ってきて寝て起きて会社に行くだけの無機質な毎日。

だからこうして、楽しかった日々を思い出すのである。思い出しているときだけ少し楽しいのだ。客観的に見て「かわいそうな女」である。

だがそんな「私の楽しい思い出」は彼女の引っ越しをもって終焉を迎えてしまう。結局、誕生日のお返しを彼女は待ってはくれなかったのだ。

彼女が引っ越してしまったのは高二の八月二十二日であった。忘れもしないってやつである。どうやらお父さんの転勤が理由らしい。

そんな理由も彼女の口から聞くことはなかったのだが。全く何も言わずに行ってしまったのだ。私は絶望した。クラスのみんながそうであっただろうが私が一番絶望したという自信がある。


彼女としか話していなかった私はいよいよ孤立してしまった。成績も次第に下がっていき、一浪しても志望大学に行けず、父が二浪を許さなかったので法学部のない二流大学で友達のいない面白くないキャンパスライフを過ごすことになったのだ。

その後も内定をなかなかもらえず、親のコネでねじ込んでもらった興味のない商社に勤めることとなったのだ。そして今に至る。

彼女がいなくなってしまってから、世界から色がなくなった気がする。彼女がいないと何もかもだめな私なんて死んでしまっても構わない……会社から家に向かういつもの作業のなかで思ってしまう。


ああ、明らかに水商売をしているだろう女が目に入ってしまう。大都会新宿ではあまり珍しくないのだが。心底見下してしまうのだ。私の悪い癖、偏見である。そんなことをしてまで生きようと必死な人がいるのだから私は死にたいなんて思ってはいけないのかもしれない。

ジロジロ見てしまったのか目が合ってしまった気がする。

「かわいそうな女。」

相手に聞こえない声でつぶやく。

今、私の大好きな彼女はどこで何をしているのかな。検事さんかな。偶然会ったりできないかな。私は淡い期待に胸を馳せながら、彼女にもらった首もとの紫の蝶をそっと撫でた。




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む つ き @mutsumutsu

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