ユメミ森 モーフ河

きし あきら

ユメミ森 モーフ河

 ……おや、お客さまですか。どうぞ、どうぞこちらへ。ふねのうえから失礼しますがね……あっ。足もとには気をつけて、そこからかわです……はい。ええと、おふたりとも、そう。そうでない? そちらの大きなよろいのかたは…………ああ、ああ、そういうことですか。お仕事ご苦労さまです。……で、お客さまは、あなた……。へえ……ちょっと見かけない顔ですね。どちらからおいでになりました? ふうん……? いやすみません、聞いたことのない場所ですね。こくじょうちょあふれる名前だとは思いましたが。…………私? いいえ、森棲エルフじゃありませんよ。むしろ彼らからはきらわれているくらいの……。まあ……立ち話じゃなんです。どうぞお乗りになって。“岸”なんかにいたのでは、“薬”は作れませんから。……ええ、足もとに気をつけて。そちらのぬのきにでもおけください。……ああ、ああ、申し訳ない、案内のかたは、しばらくお待ちいただけますか。その辺りで、どうか。なにしろ大事なしょうだんですので。……ええ、ありがとうございます。話の分かるかただと助かりますよ、ふふふ。…………では、舟を出します。いったんきりが深くなりますが、すぐに晴れます。ご心配なく。………………もう少しかわなかへ出ますよ…………。……。……この辺りでいいかな……。では、お客さま、…………え、なんです? 浮いている花? ああ……、種をるために世話をしているんですよ。大切な花です。薬の材料になります。……さあ、名前をつけたことはありません。…………スイレン、ですか。……お客さまの国にく花と似ていると。そうですか……。スイレンというのも、こんな具合に、金や銀にともるのですね。……灯らない? それじゃあ、そちらはよほど大人しい花なんでしょう。それにしても……お会いしたばかりのかたに、こんなことを言うのはなんですが、よくご無事で、こちらまでいらっしゃいましたね。よほど遠くから旅をしていらしたのでしょう。ええ……。ユメミ森はいかがですか。いま、ちょうどイビキバチの産卵さんらんで…………はい? もう追いかけられた? それはそれは……。……そうでしたか、あのけたたましい金属音きんぞくおんは鎧の……。なんと言いますか、たたきまくっていらっしゃったでしょう。山火事、いや森火事にでもなったのかと思ったんですよ。ひびわたっていましたのでね。ふふふ、ふふ……。…………失礼。世間話が過ぎました。そろそろ本題に入りましょうか、お客さま。……あらためて、「モーフがわの薬屋」へようこそ。どんなかたであれ、私をたずねていらっしゃるということは、ねむりに困ったことがありますのでしょう。……おまかせください。効能こうのうはお約束いたします。いまこの場で、お客さまのためだけの薬を調ちょうごうします。三日分、きっちり飲んでいただければ、ちがいなくおなやみは消えますでしょう。よろしいですか、よろ…………。……お客さま、……お客さま。起きてください。長旅でおつれれだとはおさっしします。ですが、ここからです。ここからが本番ですので。どうか眠らずに。……よろしいですか。……それでは、続けます。……まず、こちらの薬用箱やくようばこから三種の副薬ふくやくを選んでいただきます。そう、副薬からです。なにかけたい副作用があればおっしゃってください。たとえば、眠くなるのがいやだとか。ひとの話を最後まで聞けるようにしたいとか。…………はい、……はい。……なるほど。それでは……、“リュウオウユリの花粉”、“ラデンネズミの尾”、それから……“エルフの涙”がよろしいでしょう。スタンダードですし、飲み口も悪くありません。……はい。かしこまりました。そうしましたら、今度はこちら。…………ふふ、見栄えがするでしょう。先ほどごらんになった花の種です。あのきらめきが落ち着くと、こうした様々な色に変化するのです。けているのなんかは、水晶のように見えます。……さあ、お客さま。これらのうちから、しゅやくをひとつ選んでいただけますか。いえ、言葉はりません。お客さまが最も手に取りたいと思うもの、飲みくだしたいと思うもの、夜の眠りを任せたいと思うものを……、どうぞ、お選びください。…………。……かしこまりました。……なかなかにお目が高い。これはめずらしい、小人ドワーフのものですよ。彼らはめっに薬にたよりませんので、…………ドワーフのなにか、ですって? それはお話出来ません。服用者ふくようしゃが知ってしまうと、薬の効き目に関わります。…………ちょっとにやけてる? 私が? そんなことはありません。だんじてちがいます。……ああ、ええ、よろしいですか、お客さま。続けますからね……。ご覧ください。これら四種の薬をクダキぶくろに入れまして、私の手のひらではさみましてから……、こう、四度、叩き、ます。そうしますと、あら不思議……すべての薬が粉末ふんまつじょうになるのです! ……なんです…………粉だと、むせることがある? その場合はジェリーにぜるか、どうしてもでしたら、ぬるま湯にかしていただいてかまいません。かんに入ったのが原因で、二度と目覚めないなんてことになるのは、薬屋としても望むところではありませんので。……安心していただけましたか。それはよかった。…………では最後にお客さま。お代のご用意はよろしいでしょうか。……はい。その通りです。こちらのつぼみをお持ちください。……ふふふ。ご明察めいさつ、ご明察。その蕾に向かって話してくだされば結構けっこうです。お客さまがお持ちになった“夢の話”を。……お話が終わるころには、その蕾も、ほかの花と同じように開き、灯り、種になるまで、この河に浮かんでいることになります。…………ええ、世話はお任せください。……ああ、ですが、しかし、そうですね……。せっかくですので、名前をつけたいと思います。これらの花に、お客さまの国の言葉をいただいて、“スイレン”と……よろしいでしょうか。……ありがとうございます。では、名をて最初のスイレンに、どうぞお話しください。その“夢”が、いずれ、どなたかの薬となりますから。…………

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