さいわいなことり

善吉_B

 

 ちょいと。そこのお前さん。

 そう、そこの餓鬼。

 あんたのことだよ。


 さっきからずっと、この辺りをうろうろしているだろう。

 今にもべそかきそうな顔をして、一体どうしたっていうんだい。

 大方迷子か、或はお遣いの途中で落とし物でもしたかだろうが―――って、あーあ、とうとう泣いちまったよ。

 何だい、やっぱり迷子かい。

 …違う?

 …いや、当たり? 

 どっちなんだい、全く。そうおいおい声上げて頷いたり首振ったりだけじゃあ、アタシにゃあ分からないよ。

 え、何だい? ……弟?

 ――――ああ、そうかい。はぐれちまったんだね。

 上の子ってぇのは、こういう時に大変だねぇ。同じように心細い上に、責任までいっぱしに背負っちまうんだからさ。

 それで、弟ってのはどういう子だい。

 歳は…四つね、うん。

 赤い上着で、帽子を被っている。

 ふうむ……服の色までは忘れちまったが、そんなような坊主は見たねぇ――――って、待った、待った! 待ちなさいな。


 ……やれやれ、これだから餓鬼は苦手なんだ。突拍子もないことばっかりで、小さくて、脆くて、どう扱っていいのかもよく分からない…。

 ああ。いや、此方の話だよ。気にしなさんな。


 それより、聞くなりそう走って行くもんじゃあないよ。

 お前さん、此処の商店街は初めてだろう。

 このたそがれ商店街はね、見ての通りべらぼうにでかいし、おまけにあっちこっちに入り組んだ脇道があるだろう。それで初めて来た人は、大人だろうが子供だろうが、皆迷っちまうのさ。

 だからね。お前さんが闇雲に走り回ったところで、却って迷子が二人に増えるだけだよ。 

 さて。

 そういう訳だ、アタシも弟探しを手伝ってやろうじゃないか。

 この商店街には詳しくてね。迷子の行く先の見当は、慣れれば大体はつくものなんだ。

 けどその前に、あんたは少し此処で休んだ方が良いだろうね。ほら、こっちにおいで。此処にお座りよ。

 大丈夫だ。見た目こそこんな奇妙な成りだが、別に餓鬼を取って食ったりはしないよ。お前さんを騙す程、性根も捻じくれちゃいないしね。

 ――――うん? 直ぐに探しに行きたい?

 気持ちは分かるがお前さん、ひょっとしてその顔のまま、弟を迎えに行くつもりかい? 洟と涙で、ひどい面をしているよ。兄ちゃん姉ちゃんがそんな顔をしていちゃあ、迷子の方だって、折角見付けられても心細さが尾を引いちまうだろうが。

 うん、分かったね。それが良い。

 手拭いもちり紙も貸してやるから、少しは泣き止んで、シャキッとしてからにしなさいな。



 どうだい。

 ……うんうん、さっきよりは大分、ましな面になったね。

 ほら、これもお食べ。水飴だ。

 何、ちょいと向こうで店仕舞いをしていた紙芝居屋から一掬い、余りを貰って来たのさ。そう、そうやってくるくる回しながら舐めるんだよ。うん、上手いものじゃないか。

 そいつを食べたら、弟探しに行こうかね。

 何、餓鬼から水飴代を貰うほど商売には困っていないよ。お金のことは気にしないで良い。

 ―――― ああ、見ての通りだよ。アタシはとり屋だ。

 この脇道の店で商売始めてから、もう随分になるねぇ。

 見たことも無いような、珍しい鳥がいっぱい居るだろう。

 うちの店は、普通じゃあ扱わないような風変わりな鳥も育てているんだ。中には気性の粗い奴もいれば、ちょいと扱いが難しい奴もいる。色々と見て回っても良いけれど、あんまり寄り過ぎないようにするんだよ。後、水飴を溢さないように。

 ……何だい、奇妙な顔をして。

 鳥に危ないのがいるのが、そんなに意外かい? 


 お前さん、まさかが綺麗な羽根を身に纏う、美しく囀るだけの生き物だと思っちゃあ居ないだろうね?

 

 ―――――やれやれ、図星かぁ。

 これも何かの縁かねえ。

 こうしてこの店に居るのだし、折角だから教えてやろうか。

 良いかい。

 大概の鳥は、確かにあんたが思っている通りだよ。綺麗な羽根で、これまた綺麗に囀る生き物だ。たまには鳴き声が不細工な奴もいるにはいるが……それもまぁ、愛嬌があって可愛い程度の違いだろう。

 例えば…ああ、そこに居る桜文鳥なんかがそうだね。可愛らしいだろう、寒さに気を付けて世話をしてやらないといけないんだ。お前さんが大きくなって、ちゃあんと世話を出来る位しっかり出来ていたら、こういう子達と一緒に過ごすのも楽しいもんだよ。

 けれどね、世の中ってのは色々なものが紛れているもんだ。

 良い人の中に紛れて、実は悪人が隠れていたり、毒の有る草木と並んで、そっくりの見た目の食えるものが生えていたりするだろう。

 とりも同じなんだよ。

 こうして同じように翼が有って嘴を持つ中にもね、恐ろしいものや、人の道理じゃ語れないものたちが紛れているんだよ。


 なあに、普通の鳥と違う奴等が、皆恐ろしいって訳じゃあない。

 例えばあそこの籠の中、つがい金糸雀かなりあが見えるかい。

 うんうん、綺麗だろう。ずっと鳴いているのは雌の方さ。綺麗な声だから、何時聞いても惚れ惚れしちまうね。

 あの番はね、昔は人間だったんだよ。

 雌の方は昔、歌で生計を立てていた娘でね。許婚いいなずけの男の方が、遠い昔に戦争に行っちまったんだ。きっと帰ってくると言っていたのに、遠く離れた戦場で死んじまってさ。まぁ、此処までは昔じゃあよくある話だろう。

 遺された娘は帰りを待ちながら、ずっとずっと歌っていたそうだ。

 男の方は男の方で、死んだのにきっと帰るという約束だけを心の支えに、どういう訳だか魂だけ故郷へ戻って来ていてねぇ。

 互いが互いを待ち、探し回っている間にね。

 とうとう人の道理を越えて、二人揃って鳥の姿に成っちまったのさ。

 金糸雀の姿に変わったのは、きっと娘の方が綺麗な歌声をしていたからだろう。雄の方がさっきからちっとも囀らないのは何故かって? そりゃあお前さん、戦場で…いや、これ以上は止めておこうか。あんたがもうちっと大きくなったら、また訊きに来ると良い。

 そんな訳で、姿が変わってしまったからと知り合いがアタシに預けて来てね。こうしてあそこの籠の中で、仲睦まじく暮らしているという訳さ。

 なあに、そう悲しそうな顔をするものじゃあないよ。

 人の姿をしていた時とは違って、今じゃ互いが寄り添って仲良く過ごしているんだ。戦争も人間の都合も関係なければ、飢えで死んじまうことも無い。互いを探して、待ち続ける必要だって無いんだよ。

 昔話のようにいつまでも幸せに暮らすことが出来るなんて、目出度いことだと思わないかい。


 水飴を食べ終わる前に、怖い話も少しはしておこうかね。

 あの金糸雀たちは普通の鳥ではない、珍しいとりではあるけれど、おっかないとりじゃあないことは、お前さんにも分かるだろう。

 けれどもね、世の中には気を付けなけりゃいけないとりも、確かに存在しているんだよ。

 向こうの籠にね、青と白と黄緑の、綺麗な尾をした鳥がいるのが見えるだろう。

 そら、今丁度囀った奴だよ。

 うんうん、良い声をしているだろう。子供たちが好きな鳴き声を、しっかり心得ていやがるんだ。

 お前さんや、お前さんの弟のような小さい子供はね、ああいうとりには特に気を付けなきゃいけないよ。

 あのとりも、昔は人間でね。

 とは言っても、さっきの金糸雀とは全く違う。あの姿に成る前から、中々に恐ろしい生き方をしていた奴でねえ。

 もう随分と昔の話になろうかね。

 奴はね、かつてだったのさ。

 分かるかい―――そう、子供だけを狙う、人攫いを生業にしていたんだ。

 これがまた手慣れたものでねぇ。賢い子もはしっこい子も、あっという間に袋の中に入れられ、連れて行かれちまうんだ。針金みたいな、細長いのっぽでさ。体の幅の倍はあるだろう大きな袋をいっつも担いでいたっけか。

 攫った子供の行先は、まぁ色々だったねえ。後継ぎの居ない偉い方の家の養子になることもあれば、身代金と引き換えになることもあった。

 そうそう、何人かはここから四つ離れた通りの、昔山姥だった婆さんのところにも行っていたかな。婆さん、普段は慎ましい暮らしをしているんだが、年に一度はたまの贅沢で柔らかい子供の肉を食いたくなるんそうだ。

 ああ、そう怯えるこたぁ無いよ。

 安心しなさい。婆さん自身は真っ当な暮らしをしているし、きちんとした商売で手に入れた人間しか食わないからね。

 ただ、あの子取りの攫った子供たちについては、を知らずに何回か買っちまったらしい。婆さん、人が好いからなぁ。大方子取りにうまいこと言われて、騙されちまったんだろう。

 可哀想に。

 本当のことを知って二十年程は、知らずに食っちまった子供が不憫でならないと、獣肉も喉を通らなかったそうだよ。

 

 そんな風に、時には人を騙しながら子供を攫っては商売をしていた子取りの奴が、何で今は籠の中に納まっているのかって?

 いやぁ、そこを尋ねられるとねぇ……。


 ―――――此処だけの話に、しておくれよ。

 此奴が姿を変えちまったのは、実はアタシの所為なんだ。


 恥ずかしい話なんだがね。ちょいと、しくじっちまったのさ。

 ある日此奴がいつも通りに子供を一人、くるりと袋に入れて運ぼうとしていた時だ。

 その攫おうとした子供ってのが、たまたまアタシの店で鳥を買いたがっていた子だったもんでね。手前何を勝手に人の客を連れて行こうとしているんだと、此方も慌てちまってさ。

 ついうっかり、子供の入ったままの袋を奴の手から取り上げたんだ。

 そうしたら、あっという間にこんな姿に変わっちまった。

 まぁ、とりに成っちまったもんは仕方が無いからね。こうして毎日、此奴の面倒もついでに見てやっている、という訳だ。

 ……ん? 何だい、そんな妙な顔をして。

 袋を取り上げたら、子取りが姿を変える理由が分からない?

――――― 何を言っているんだい、お前さん。


 からを取り上げたんだから、に成っちまうのは当たり前だろう?


 何と言ったって、アタシは「とり屋」なんだからね。

 とり屋が子取りから子を取り上げれば「とり」になる。物盗りから物を取り上げても「とり」になる。

 それが道理ってものだろう。

 最も、その道理のことをウッカリ忘れちまった結果が、あの籠の中の鳥な訳だけども。


 まぁ、この姿なら人拐いの商売も出来ないし、食うのに困ることも誰かの恨みを買うことも無ければ、捕まってお上の罰を受ける心配も無くなった。相変わらずの針金みたいな細長い体だが、綺麗な尾羽も手に入った。これはこれで、平穏で幸せな暮らしを手にしたと、言えなくもないだろう。


 ただ、困ったことに此奴には、悪い癖が一つだけあってね。

 人拐いの時の名残なのかねえ、時々アタシの目を盗んでは、あの鳴き声で子供を誘き寄せようとするんだよ。

 全く、とりになってからも上手いもんだ。

 アタシがちょいと目を離して少しもしないうちにだ、まるでまじないにでも掛けられたみたいに、奴の籠の前に子供がやって来て、ぼんやりと立っているんだよ。

 ひょっとすると、アタシが気が付いていないうちに、もうとっくに二、三人籠の中に吸い込まれちまっているんじゃないか――――― そんな考えが思わず浮かぶような、魂でも抜かれたみたいな顔をした子供がさ、いつの間にかあの籠の前で、何も言わずにただじいっと、あのとりを見上げているんだ。

 な、ぞっとしない話だろう。

 さっきも一人、籠の前に立っていたのを見付けてね。

 赤い上着に帽子を被った、五つにもならない位の坊主だったか。

 ―――――ああ、そうだねぇ。


 今思えば、あんたの探していた弟とやらと、全く同じ年格好じゃないか。


 さて、ことりに呼ばれたあんたの弟、一体どうなったことやらねぇ。

 奴がとりになる前は、拐われた子供は皆袋の中に入れられて、そのまま何処かへと連れていかれたわけだけども。

 とりなら、どうなることかねぇ。

 魂だけ抜かれちまって、奴の籠の中にあるかも知れない。

 或いはそのまま呑み込まれちまって、何処かに消えたかも知れないな。

 それとも卵の中に閉じ込められて、割れて壊れるまで出られないかも分からない。

 ああ…ひょっとすると、子供も一緒にとりにされて、今頃何処かで綺麗な声で囀ずっているかも知れないな。

 赤い上着なら、羽根もきっと赤かろう。帽子を被っているのなら、きっと冠持ちの、形の良いとりだろうねぇ。

 とりならアタシが面倒を見てやるから、安心すると良い。何と言ったってアタシはとり屋、それ位の変わったとりなら、世話する位何ということは無いさ。

 ふふふ、楽しみで仕様がないよ。

 アンタの弟は、一体どんな声のとりだろうかねぇ――――――――――って、いてて!


 あいたた、何だい。何も殴らなくても良いじゃないか。

 あーあ、また半べそになっちまって、折角顔を拭いたのに台無しだ。

 全く、ちょいと脅かしただけだろう。いや、そりゃあちょっとやり過ぎた気はしなくもないが、それにしたってそんなちい坊を返せちい坊を返せって、まるでアタシが拐ったみたいな言い方で叩かなくても良いだろうが。………割り箸を持った方の手で殴るのはやめておくれよ!


 ……やれやれ、悪かったよ。脅かしちまってさ。

 けど、これで解ったろう。

 とりはね、ただの綺麗な囀ずるばかりの生き物じゃない。

 もっと恐ろしいものも、世の中には紛れ込んでいるのさ。


 あんたの弟なら、店の奥の座敷で寝かせているよ。

 アタシが気が付いたら、あのことりの籠の前に立っていたってのは本当さ。アタシが話し掛けたら、全く能天気な調子で此処は何処だと訊いてきてね。

 とり屋さと答えたら一通りはしゃいで店の中を歩き回った後、疲れたと言ってそこの椅子に腰掛けて、あっと言う間に寝ちまった。

 店先で寝られても困るからね、奥の方で休ませてやっていたんだよ。全く、あんたが半べそかいて探し回っていたってのに、呑気なもんだよねぇ。弟の方が肝が据わっているんだか、気楽なだけなんだか。

 まあ、あんたも最初の時よりはましな顔だしね。弟の方も、そろそろ充分休んだ頃合だろう。どれ、ちい坊とやらを起こしてこようかね。

 ―――――――ほれ、坊主。ちい坊、起きな。

 あんたのきょうだいが迎えに来たよ。

 勝手にはぐれちまったんだろう、必死に探して此処まで来てくれたんだ。ちゃんとありがとうとごめんなさいと言うんだよ。分かったかい? そう、良い子だ。

 さ、これで用事は済んだろう。二人とも帰った、帰った。これ以上いると日が暮れちまう。

 ……まだお遣いが終わっていない? 

 やれやれ、しょうがないねえ。この商店街に慣れてない餓鬼二人に行かせる親の気が知れないな。自分達で行くって言い張って来たのかい? ますます、しょうがないねぇ。

 で、何が必要なんだい。

 豆腐とおから、それから白菜ね。そんならこの通りの三軒先に八百屋があるから、まずそこで白菜を買うと良い。豆腐屋は商店街の中でも出口に近い方だから、八百屋でのお遣いついでに、よつつじ豆腐の方の出口の行き方を教えて下さいって、八百屋の人に訊くんだよ。そうそう、八百屋で訊くときは、必ず鬼瓦みたいな顔の親父の方に訊くんだ。それ以外の奴には、絶対に訊かないように。話し掛けるのは大丈夫だけどね、質問だけはしちゃあいけない。

 分かったかい? それじゃあとっとと行きなさい。

 次に来る時は迷子じゃなくて、お客として来ておくれよ。



 ………ふう、やれやれ。ようやく行ってくれたよ。

 全く、子供は苦手なんだと言ったろう。突拍子もないことばかりして、小さいし脆いし、どう扱って良いやら分からない…。

 惚けた顔で囀ずっても無駄だよ。

 ことりめ、お前さんまた勝手に子供を連れてきただろう。

 すぐに上の子が来てくれたから良いものの、あのままだったらまた扱いに困って、壊しちまいそうになるところだったじゃないか。

 次に同じことをやったら、今度こそ唐揚げにでもしてやろうかね。

 ……さて、そろそろお前達の餌の時間かね。

 ちょいと待っていておくれよ。今支度をしてこよう。

 おや、一羽外に出ちまっているじゃあないか。

 全く、迷子騒ぎのお次は脱走かい。今日は随分と忙しいねぇ。

 それにしても、こんなとりはいたっけかね。

 いやに小さな、冠持ちの、翼と胸の辺りだけが赤い―――――――

 

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