第3話 雨の日の真相
雨の日の再会から数日が経ったが、携帯は沈黙を保ったままだ。暇な時はそのことばかりが気になってしまい、LINE画面を開いては閉じをつい繰り返してしまっていた。
来ないものに気を取られていても仕方が無いとベッドに携帯を放ったところで、ピロンと軽快な音が鳴り響く。
もしやと思い、ガバッと起き上がって、携帯を見てみると、案の定今しがた考えていた璃音さんからのメッセージだった。急だけど3日後に会えないかという至ってシンプルな内容だ。ちらっとカレンダーに目を移すと、3日後はちょうど日曜日に当たる。特にその日の予定も無かった俺は、すぐに大丈夫ですと返信を送る。その後何度かやり取りを重ね、午後2時に図書館近くのカフェで待ち合わせすることが無事決まった。
日曜日、午後1時50分。指定されたカフェまであと少しというところで、既にいる璃音さんの姿が見えて、慌てて駆け寄った。
「遅くなってすみません。」
「私が早く来すぎただけだから気にしないで。そもそもまだ10分前なんだから早いほうよ。」
くすくすと璃音さんが笑う。
「さ、入りましょうか。」
「はい。」
璃音さんに促されて、店の中に2人揃って入る。カフェの中は人がぽつぽつといるくらいで、お好きな席にどうぞと言われたため、何となしに奥の方の窓際の席を選んだ。
「早速だけど、これ、タオル。この間はありがとう。」
「いえ、ほんと気にしないでください。タオル、ありがとうございます。」
タオルを受け取ると、鼻腔を擽る花のような香りがふわりと漂って口角をあげる。何だか懐かしい香りだ。
昔、璃音さんの家でタオルを借りた時、やけにいい香りとふわふわとした感触がなんで自分の家のものとこんなに違うんだろうと不思議に思って尋ねたことがあったのだが、「うちのお母さん、なんかやけに柔軟剤にこだわりあるんだよね。それでかな?」と璃音さんが教えてくれたことがあったのを思い出す。相変わらず、おばさん......璃音さんのお母さんの柔軟剤のこだわりは変わっていないようだ。
「なに、にやにやしちゃって。」
「や、ちょっと昔を思い出しただけですよ。......そろそろメニュー表見ましょうか。」
席に着いてからまだ見てもいなかったメニュー表にちらりと目をやる。
「奏太くん、何頼む?お詫びだから遠慮しなくていいよ。」
「お詫びなんていいですよ。自分で出します。」
「これは私の気持ちの問題なの、ほら、早く選んで。」
ずい、とメニュー表をこちらに差し出してくるのに苦笑しながら、またそれに軽く目をやった。こうなったら、璃音さんが譲らないのは何となく分かっているので、最初に目に付いたものに決めることにした。
「......じゃあ、すみません、アイスコーヒーで。」
「それだけでいいの?」
「はい、大丈夫です。」
「もっと頼んでもいいのに。欲がないな〜。」
私はアイスカフェラテとチョコレートパフェ食べようかな、とメニュー表を見る彼女は屈託のない笑みを浮かべていて、ちゃんと笑えるようになったんだなとほっとする。
そして、お互い注文したものが届くと、少しの沈黙の後、璃音さんが口を開いた。
「奏太くん、ブラック飲めるようになったんだね。」
一瞬、固まった。想定とは違うところに切り込んできたからだ。
「えっと、数年前からですね。最近コーヒーは、そのまま飲む方が美味しくて。」
「昔はシロップ二つも入れてたのにね。ブラックって言うから驚いちゃった。」
「中学の頃は、珈琲の風味の良さ分からなかったですし。基本的に甘党なのは変わって無いんですけど、飲み物に関しては苦味の強いものの方が好きになったかもしれないです。」
「そっか。......そうだよね。数年も経ったら変わっててもおかしくないか。」
奏太くん、もうお酒も飲める年齢だもんねと璃音さんは苦笑する。
「璃音さんだって、変わりましたよね。」
「私?」
「......随分、髪が伸びたじゃないですか。」
自分の記憶の中の璃音さんは、髪が肩につくかつかないかくらいのイメージが強かったが、今は背中につくくらいになっている。
「伸ばしてたからね。......もう、必要ないからそのうち切ると思うけど。」
「必要ない?」
「......彼のために、伸ばしていたの。」
長い髪の子が好きだって言っていたから、と髪をひとすくいとって笑ってみせる彼女。しかし、その口元はこわばっていた。
彼というのは、長年璃音さんと付き合っている、あの恋人のことだろう。璃音さんとあまり会わなくなってからも、何度かその人と璃音さんが二人で歩いているのを見かけたこともあった。
「......あの雨の日に、何かあったんですか?」
なんて言っていいかわからず、結局、あの日のことを切り出してみた。自分からは聞かないつもりだったのに、意志が弱い。
「......ちょっと、ね。心配かけちゃったかな?ごめんね。」
「その、よかったら、何があったか聞かせてくれませんか。」
無理にとは言いませんが、と付け足して、じっと璃音さんの目を見る。
「そう、ね。うん、奏太くんには話しとこうかな。」
璃音さんは、深く息を吐いた後、ゆっくりと話し始めた。
「よくある話よ、......振られただけ。奏太くんと会った雨の日、本当は彼と出かける予定だったの。でも結局断られちゃって。一人で街を歩いていたら、他の女の子と彼が歩いてるのに遭遇しちゃった。」
「......っ」
言葉にならない怒りが、ぐっと突き抜ける。
「その女の子は泣き出しちゃうし、散々だったわ。泣きたいのはこっちだったけど、泣いたら負けだと思って気丈に振る舞って三人で話したの。......で、結局、私が切り捨てられた。バカみたいよね、七年も付き合っていたのよ。それが、こんなに、あっさり。」
一番ひどいなと思ったのは、その子の髪、ショートだったの、笑っちゃうでしょ、と璃音さんは独りごちた。
「彼が好きだからこそ、頑張って伸ばしてたのに、何だか馬鹿みたいに思えちゃって。それで、ふらふらと歩いてたら雨が降ってきて......。そのままうたれていたい気分になったの。」
「そう、だったんですか。」
それ以上、言葉が見つからなかった。自分のことじゃないのに、胸が痛い。一番苦しんでいるのは彼女に違いないのに、怒りと悔しさでいっぱいになった。
「もう、随分前からその子とも付き合ってたんだって。笑っちゃうわよね。......全然気が付かなかった自分も腹立たしいけど、それ以上に悲しかった。あの日は、雨に打たれながら昔のことをぼーっと思い出してたの。そしたら、奏太くんが現れたからびっくりしちゃった。随分会ってなかったから。」
「俺も、驚きました。」
「久しぶりの再会だったのに迷惑かけちゃってごめんね。」
「迷惑なんかじゃないです!......俺は、璃音さんに会えてよかったです。あのまま、公園の前通らなかったらって思うとぞっとする。」
あの時点でかなり冷え切っていたのだ。あれ以上雨に打たれていたら、まず間違いなく体調を崩していたに違いない。
「璃音さんは、ずっと一人で抱え込む人だから。......俺なんかに知られたのは不本意かもしれないけど、これを機に頼って欲しいです。あなたから見たらガキかもしれないけど、俺だって成長してるんですよ......。」
見ているだけしか出来なかった中学の頃とは違うのだ。前よりは、彼女を支えることくらいできる。
「......奏太くん、ありがとう。お話聞いてくれただけで嬉しかった。こんなこと、家族には言えないし、友達にもなかなか言いづらいから。」
アイスカフェラテを口に運ぶと、彼女は優しい笑みを浮かべた。
「ほんとはね、誰かに話を聞いてもらいたかったの。......話してすっきりしちゃった。もう彼とのことは終わったことだけど、心の整理はついてなかったから。」
「......話くらいしか、聞けませんけど。」
「ううん、......奏太くんは優しいね。」
「......そんなことないですよ。」
自分は優しくなんかない。そう感じるんだとしたら、彼女への想いが無意識下で、そうさせてるだけだと思う。
「ありがとう。」
璃音さんの泣き笑いのような顔が、切なくて、つい顔を逸らしたら、璃音さんの白い手が頭に伸びてくる。
「......子供扱い、しないでください。」
撫でられる心地良さについ身を任せたくなりつつも、照れ隠しにそう言った。昔撫でてくれた時と変わらない、優しい手つきだった。
雨が好きだという彼女 天見砂月 @sakura12
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