ぼるん・へるむす氏の蒐象學

安良巻祐介

 

 都大学の象牙の尖塔の小部屋に閉じこもり、長年の研究の果てに「ぼるん・へるむす」氏は蒐象學ネテア・シストリエを完成させた。蒐象學とは何であるか? それは、世にある森羅万象の悉くを己の掌に収まる大きさに変えて捕まえてしまうことのできる魔法のような品である。塔の周りで試してみたその威力にすっかり高揚した氏は、新調したぴかぴかの帽子とフロックコートを身に付け、さっそく辺境の島へと乗り込んで行った。

 島に着いた氏は、そこらに散らばったり歩き回ったりしていた数多の前近代的事物や事象を追いかけまわし始め、逃げ叫ぶそれらを次々と蒐象學にかけて、皺深い手の中に次々蒐集していった。どんな巨大なものでも氏から逃れることはできず、順調に捕獲は進んで行ったのである。

 そこまではよかったが、さて夜になり、すっかりいい気分になって普段せぬポンジボンジ・ウィスキイでの晩酌など行ってから、宿りし一軒家の二階で幸せな夢を見ていたところ、事件は起こった。彼によって奪われ或いは姿形を変えられ或いは浚われた様々な骨董の係累が闇に乗じてやれ恨めしやと忍び寄り、氏の枕元に(不用心にも)投げ出されてあったあの恐ろしい蒐象學を拾い上げ、大きな鼾をかき立派な髭を蠢かせて眠っているぼるん・へるむす氏自身に差し向けたのだ。

 さて、するとどのようなことになったか。次の日の朝、いつまで経っても起きてこない氏をいい加減どやしつけようと扉を開いた宿の主人は、布団の上に黄ばんだ小さなセルロイドの人形を見つけた。それは、紙で出来た帽子をかむり、切れを繋ぎ合わせたコートを羽織って、粗いタッチで落書きされた目鼻口髭の、紅い唇の絵の辺りに、玩具のパイプを突き刺した格好で転がっていた。

 氏はどこにもいなかった。壁に掛けてあった新調したばかりの帽子とコートも、どこかへ持ち去られていた。

 代わりに、氏が現地で蒐集した品や風習や物語の数々が、木簡や、奇石や、壜や、木乃伊や、ベルや、硝子片や、さまざまの姿で、氏の寝床の周りに散乱していた。

 人々は首をかしげながら、仕方がないので宿帳から教授の名前を消し去り、それらの品々を片付けた。布団の上にあった古い人形はいつまで経っても買い手がつかなかったから、宿の主人が自分の部屋の雑貨棚の奥に「FOU(大意は異邦人)」という名前をつけて陳列し、もう何年も風雅な埃をその小さな髭に乗せたままである。

 こうして、ぼるん・へるむす氏の画期的発明である蒐象學は異郷の地にてその短い命を終えたわけだが、ちょうど氏の不帰がはっきりとした頃あい、都大学の象牙の尖塔の小部屋の窓辺に、燻んだ七色を帯びた、鬱金色の小細工が現れた。

 それは、背中の翅のようなものを二、三度羽ばたかしたのち、瞼によく似た貝殻をこれも幾度かぱちぱちと開閉してから、フウと息を吐いて動きを止め、その後、二度と動くことはなかった。

 ――動いているところを見ていたのは、壁に貼られた部屋の主の古い写真だけであった。

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ぼるん・へるむす氏の蒐象學 安良巻祐介 @aramaki88

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