ポッキーゲームは三世紀後に
ツバメは背中に何かを隠しながら、満面の笑みで尋ねた。
「今日は何の日です!?」
アカネはタブレット端末を手に、ソファに寝転がっていた。ツバメをちらりと見た後、ふたたびタブレット端末に目を落とす。
「さあ……」
「ええ!? しらないですか?」
ツバメは驚愕して、天を仰いだ。やがてつまらなさそうに、忠志に尋ねる。
「じゃあ、嵯峨っち、どうぞです」
忠志はビーカーの中に浮かぶ謎の物体をガラス棒で突きながら顔を上げた。
「ああ、えっと、今日って何日でしたっけ」
忠志は困惑しつつも笑顔で答えた。二十六歳を超えた頃から日付への関心が薄れてきたように思う。
ツバメはホシにも目をやるが、ホシは答えに興味はなさそうだ。部屋の隅でタブレット端末に目を落としている。
ツバメはふたたび忠志とアカネに向き直る。
「あー! もう! 生きた化石のくせに、何で知らないですか!! 現役で知ってる人から話を聞きたいですよ」
ツバメはショッピングモールのおもちゃ売り場で駄々をこねる子供のようにひとしきりわめいた後、少ししょんぼりとして答えを述べた。
「今日、11月11日はポッキーの日と聞きました、です」
「ああ……」
「ああ……」
アカネと忠志の反応に、ツバメは衝撃を受けた様子で、何かを床に落とした。それはポッキーの箱だった。
「何でそんなに反応薄いですか! ツバメの調査では、当時のSNSには投稿が溢れてたですよ!」
「使い古されたネタですし、実生活にはあんまり影響なかったんですよね」
と、アカネは気だるそうに答える。
「ポッキーゲーム、みんなしてるないですか!?」
ツバメは顎が外れたかのような表情だ。
アカネはあきれ顔で返す。
「ポッキーゲームってあれですか? 一本のポッキーの両端を二人で咥えて、食べていくってやつ」
「そうです! それをしてると思ったですが」
「見たことないです。ポッキーゲームしてる人。そもそも相手がいないし、いたとして人前ですることはないし、そもそもそういう間柄なら普通にキスするほうが効率的では。知らないですけど」
「夢がないです! それでも昔から来たですか!?」
「ツバメさんが夢を抱きすぎなんですよ」
アカネはやれやれといった様子で、ため息をついた。
忠志は床に落ちたポッキーの箱を拾い、机の上に置いた。
「まあ、せっかく用意してくれたんでしょう。食べましょうか。開けて良いですか?」
忠志は開封すると、ホシとアカネに配った。
ツバメは目を輝かせる。
「ポッキーゲームやるですか!?」
「やりません。あーでも、久しぶりだなー、食べるの」
ふと視線を感じる。ホシを見ると、彼女は口にポッキーを咥えて、忠志を見つめていた。
「え……!?」
「ん」
と、ホシ。
ホシのタブレット端末にはマンガが表示されており、それにはポッキーゲームらしきものが描かれていた。
「え、本当にやるの!?」
「ん。」
ホシは少し頬を紅潮させた。
ツバメが跳び上がる。
「ふおおおおお! ポッキーゲーム!!!」
アカネまでもがタブレット端末を置いて、忠志とホシを見ていた。
こうして、忠志は生まれて初めてポッキーゲームを実演することとなってしまった。しかも、仕事仲間の前で。
ホシが咥えるポッキーのもう片方の端を、忠志は咥えた。ホシのグリーンガーネットのような瞳に息を呑む。だが、視界の隅にツバメとアカネの顔が見え、恥ずかしさが上回ってきた。
面白いもので、ホシが少しずつ噛み砕く振動が、自分の歯にも伝わる。ということは、こちらの振動もホシに伝わっているということだ。
「んふふ」
しかし恥ずかしげもなく……。
忠志がそんなことを考えているうちに、ホシはあっという間に接近した。Z座標……。
恥ずかしさと、早まる鼓動と、チョコレートの甘い香りと、ホシの良い匂いが――。
そして、その瞬間はやってきた。
唇の柔らかい感触。温かさ。
永遠のような時間だった。
それからしばらくして、忠志はふと我に返る。
ホシも忠志も顔が真っ赤だった。
配偶者とはいえ、これは恥ずかしい。
「ひゅー……」
ツバメは呆気にとられた表情で、立ち尽くしている。アカネは居たたまれなさそうに、タブレット端末を凝視していた。
こうして少なくとも一世紀ぶりに開催されたポッキーゲームは幕を閉じた。
ツバメがエバンジェリストとなり『棒菓子ゲーム』が大流行したのは、少し後の話である。
NebulAI.HOSXI.Fragments // 断片集 井二かける @k_ibuta
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