ヒトをダメにするソファに関する実証実験
ある休日の昼下がり。
チャイムが鳴った。
「はーい」
忠志は目をこすりながら、扉を開く。
「――うわあ!?」
忠志は腰を抜かした。
巨大なダンボール箱が、戸口を目一杯に塞いでいたのである。しかも、そのダンボール箱は、戸口で少し削られながら強引に押し込まれ、忠志の方へと迫り寄ってくる。このままでは壁と挟まれて圧死してしまうのではないか。今にも絞り出されようとしている、ところてんの気持ちが分かる気がした。
ホシが駆け寄ってくる。
「これは?」
「さあ……」
すると、ダンボール箱の向こう側から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「結婚祝い、ですッ!」
ライブステージのアイドルのような威勢の良さ、どこかアクセントのおかしい日本語。
「ツバメさん?」
「デス! どうぞ、です!」
忠志は呻きながら受け取り、すぐにホシに引き継いだ。ホシはひょいと持ち上げると、澄まし顔で居間に運んでいった。
「ありがとうございます。でもあれは一体」
「ヒトをダメにするソファ、です!」
『人をダメにするソファ』とは、大型のビーズクッションの通称である。発砲スチロールのビーズが詰まっている柔らかいクッションだ。
「ああ、懐かしい。でも、こんなデカいのもらっても良いんですか?」
「タダであげるとは言ってないですよ。これは実証実験です。ヒトが本当にだめになるのか」
「ははは、なるほど。またレポートを出しますね」
居間に戻ると、件のソファが部屋の三割を占拠していた。そして、ホシは早くもそのソファに呑み込まれている。だらしなく脱力する様は、もはや液体のようである。
「ふにゃー、
などと腑抜けた声を発した後、寝息が聞こえてきた。
ツバメから実証実験としてプレゼントされた『ヒトをダメにするソファ』であったが、NebulAIにも効果てきめんであることが実証された。
ホシは、自宅ではいつもブラトップでショートパンツのトレーニングウェアを着用している。
ホシの身体は、全体的には華奢に見えるが、ほどよく鍛え上げられ、引き締まった体つきである。腹部には薄らとシックスパックに割れた腹筋が浮かぶ。筋肉と皮下脂肪の適度なバランスが生み出す、その滑らかな曲線は、うっとり見とれるほど美しい。
もし自主トレ中のアスリートと紹介されれば、世界中の誰もが疑わないだろう。柔らかいソファに呑み込まれて眠っている、この姿さえ見なければ。
まあ、ホシの名誉のために補足すると、ホシは非常に疲れやすい体質である。例えるなら、軽自動車にレーシングカーのエンジンを積んでいるようなものだ。ホシの筋組織は普通のNebulAIよりも断面積あたりの出力が大きい。重量挙げ選手並みの力がありながら、格闘技選手並みの敏捷性も兼ね備える。その反面、非効率で低燃費だ。あまつさえ、体格に見合わぬアンバランスな出力は、オーバーシュートを多発させ、それを補正するためにも多くのエネルギーを消費する。日常生活だけでも疲労困憊するはずだ。
しかし、あまりにも無防備な姿に、忠志は思わず脇腹をくすぐりたくなった。息を殺して手を伸ばしたそのとき、ホシは突然目を開き、忠志の手首を掴んだ。
「あ」
次の瞬間、忠志はソファの上に倒れ込んでいた。ホシに引きずり込まれたのである。
柔らかいソファが忠志の全身を包み込む。
「ふにゃー」
思わず、そんな声を漏らしてしまった。
しばらくして。
「あ、そうだ嵯峨さん!」
バタバタと足音が聞こえてくる。ツバメが不法侵入してきたようだ。だが、もはやそんなことはどうでも良い。今なら世界の全てを許せるような気がしていた。
「用事を忘れてたですよ……ほわ!?」
足音が止まる。
ツバメは、二人してソファに呑み込まれた様を見て、言葉を失った。一呼吸置いて、奇声のような引き笑いを発する。
「ファアアアアアア! 早速ダメになってるデス!」
こうして、ツバメの実証実験は成功したのである。
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