SEII MISERU DESU YO!
二三三〇年七月。
ハリマ熱病事件の死者数は最終的に五十二万人となった。
そして、あまりにも性急な裁判で、アカネには死刑判決が下された。罪状は内乱罪である。
実際のところツバメの不注意が原因であり、元を正せばハカリがウィルスを作成したことが全ての元凶である。しかし、ツバメは嫌疑不十分で不起訴処分、ハカリに至っては捜査さえも行われなかった。結局のところ、政府のメンツを立てるためにはヒトであるアカネ一人に罪をかぶせるのが都合が良かったのだ。さもなければ、真実が明らかになり、国の分裂すら危ぶまれる事態となり得る。
政治的な理由で、ツバメに罪を負わせることはできなかった。だが、無罪放免というわけにもいかなかった。そこで、当時の責任者であったツバメは、形式的に議会に参考人招致されることとなった。それは事実上、ツバメの名誉を奪うことを目的としているのは明らかだった。
共和制とは聞こえは良いが、三権分立もままならない田舎政治というのが実態である。とはいえ、規模に差はあれど完璧な政府などいままで存在したことはない。歴史の専門家であるツバメは、それを良く知っていた。
ツバメには事前に台本が頒布され、『答弁を差し控える』と発言することを求められた。それは、省上層部――具体的には技術復興大臣――の命令でもあった。
「――これは、裁判ではありません。しかし、真実を明らかにするために開催されるものです。参考人は誠意をもって答弁するように――」
議長はそう宣言する。
ツバメは内心、嘲笑した。こんな台本まで渡しておいて、何が真実だ。
小太りの議員がツバメに向かって声を荒げる。
「祝園アカネの犯行は五十二万人の病死という結果を招いた。これは火を見るより明らかであります。参考人に質問します。祝園アカネの犯行を止められなかった理由について説明してください」
「参考人 ツバメ君」
――白々しい。
ツバメはそう思いながら吐き捨てるように答えた。
「答弁を差し控えます」
ヤジが殺到する。これもすべて演技なのだ。
――偽善者の馬鹿
議員は再び声を荒げた。
「あなたもその場にいたんだ! 国民に対して説明する義務がある!」
「答弁を差し控えます」
ここまでは台本通りだった。
ツバメは自分の手が震えていることを自覚していたが、それが怒りなのか緊張なのかは分からなかった。
――どうか勇気を。
――大切なアカネを救うため、私に。
ツバメは大きく息を吸い、ゆっくりと目を開いた。
「――しかし、下院評議会運営規則第三十五条第一項但し書きに基づき、私から質問させていただきます。議長、差し支えありませんよね?」
議事堂に衝撃が走った。
予期せぬアドリブに、議長は顔を真っ青にして押し黙ったままだった。
「それでは、警察省大臣に質問します。史料分析室長の職責において、独自にハリマ熱病ウィルスについてデジタルフォレンジック調査を行いました。ハリマ熱病ウィルスにはデバッグ情報が含まれており、これには、貴省の元職員であるハカリ氏の個人IDを含むホームディレクトリでコンパイルされたことが判明しております。また、調査の過程で、ハリマ熱病ウィルスは、『東ハリマ地域不法占拠者退去促進ソフトウェア』として貴省特別警備局が開発したものであるという情報も個人的に得ております。それは事実でしょうか?」
議長は副議長と小声で話し合う。
ツバメはその様子を固唾を呑んで見守った。
やがて、議長は咳払いをして、こう言った。
「……警察大臣 ロバスト君」
痩せこけた白髪の老人が登壇し、震えた声で答弁する。
「そのような事実は確認しておりません」
ツバメが挙手する。
「参考人 ツバメ君」
「再度質問します。こちらの音声をお聞き下さい――」
そう言って、ツバメは、ハカリが『東ハリマ地域不法占拠者退去促進ソフトウェア、試作第一号』について言及した音声を再生した。
「これはハカリ氏の発言を収録したものです。再度、警察大臣に質問します。このような事実は存在しないと断言されますか?」
「警察大臣 ロバスト君」
「ええ、そのような事実は本省としては確認しておりません」
「参考人 ツバメ君」
ツバメはニヤリと笑った。
「再度、警察大臣に質問します。あなたはご存じないと言った。言ったね! 皆聞いたね。ツバメちゃん無敵タイムスタート! ロバスト君が、後悔する証拠がここにあります!」
議会のスクリーンにいくつかのファイルを提示した。その一つを開いてみせる。
議事堂が静まりかえった。
「この書類は、何でしょうか!?
しばらくして、ポツポツとヤジが飛び始める。そんなものは偽物だ。自己保身だ、と。
「ありがとう! ありがとう! みなさま、応援の声、心より感謝だよ★ なんとなんと、この承認書には、電子署名とタイムスタンプが付与されているんです! あなたが署名して、四十年前に確かに存在した文書であることは明白です」
「い、違法な手段で入手した証拠は、いかなる裁判でも認められません」
議長の声が震えている。
「いいですか! 議長も仰った通り、この場は、裁判ではありません。真実を明らかにする場です。そもそも、この資料は貴省職員から、内部告発として適法に提供を受けたものです。その職員が残したメモによると、その職員は付随する捜査資料一式を破棄するよう指示を受けましたが、破棄資料の複製を隠し持って――」
ツバメが言い終わる前に、議長が遮った。
「ぎ、議事録止めてください。ここまでの不規則発言を削除するように」
ツバメは満面の笑みを浮かべたまま、次の言葉を放った。
「議事録を削除したって無駄ですよ。議員の皆さん、もしハリマ熱病ウィルスの治療を受けた方がおられたら、/opt/
一部の議員がざわめき始める。
そのざわめきは議事堂全体に広がっていった。
「静粛に、静粛に!」
「アップデートイメージに捜査資料を混ぜておきました。既に数万人のシステムパーティション内にこのファイルが存在します。さらに、全世界の医療機関のデータベースにもアップデートイメージが存在する。もし私が消されても、皆が知ることになるでしょう。少なくとも百年後、時空複製器で明らかになる。すると、どうなるでしょう。この国はきっと分裂してしまうでしょうね。一つの世界、一つの国などという幻想が崩れ去ってしまう」
「何が目的だ!」
議長は身を震わせながら、ツバメに言った。
「目的ですか? 議長の仰った通り、誠実に真実を明らかにすることですよ」
ツバメは演台を叩いた。
「我々は、五十二万人もの人々を奪い、ハリマ地域の人々に伝わる貴重な文化遺産を壊滅させた。しかし、それは自分が注意していれば防げた事態です。制止に従わなかった自分の責任です。だから、ここで次の被害者を助けなければなりません。その被害者は、ウィルスを作成したわけでもなく、意図的にばらまいたわけでもなく、拡散を防ごうと尽力し、多くの命を救うことに貢献した。それにもかかわらず、不当にも死刑を宣告されました。それが誰か、もうお分かりですよね」
ツバメは議場を見渡してから、息を大きく息を吸い、そして言った。
「祝園アカネ、その人です」
ツバメは再び演題を叩く。
「我々は祝園アカネ一人に全ての罪を被せ、あまつさえ、その大切な命を奪おうとしている。これは明確に殺人だ! もしそれを黙認するなら、あなた方は、共犯者だ! ヒト以上の愚か者だ!」
その迫力に、誰もが言葉を失った。
「私は怒っているのです。こういう時、日本語ではこう言います」
「
ツバメの言葉が議事堂全体に響き渡った。
その日のうちに、アカネの特赦が議会で承認された。
台本を配布されていなかった一部の議員は、あくまでも司法での解決を主張したが、多数の議員は採決を急いだ。つまり、そういうことである。
アカネに対して下された有罪判決と死刑は取り消されたが、アカネが裁判で無罪判決を勝ち取る機会は永遠に失われた。これが、議会の最大の抵抗だったのかも知れない。
釈放されたアカネは、きょとんとした表情でツバメに尋ねた。
「どういうことですか。一体何が……」
その首にはチョーカーもない。
「世界を敵に回して、アカネさんの命を守ったですよ」
「はい?」
ツバメはアカネを抱きしめる。
「後で説明するです。しばらく、こうしたいですよ」
ツバメはそう言って、アカネの肩に顔を埋めた。
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