第2話 売れない作家
辺りが真っ黒に染まり、夜でも明るいといわれる都会の光すら届かない空の下。
人気のない細い路地裏を一人の青年が歩いていた。
彼は絵本作家であった。名をツヅリと言う。
作家として活動しながらかれこれ10年になるが、街の噂になったことも名が知られたこともない。
それもそのはず、すべてがAIによって可能になったこの世界。
いつでもどこでも子守り人形がたくさんの話を聞かせてくれる状況下で、彼の作るアナログな絵本など誰も見向きはしない。
それでも彼は絵本作りをやめることはなかった。
―――子供のころ、小さな骨董屋でみかけた絵本に魅了された。
水彩で描かれた柔らかで温かい画風の、少年と魔法の人形の話だ。
読めば読むほど物語に吸い込まれ、一日中眺めていることすらあった。
孤児だった彼の唯一の癒し。
それはやがて鑑賞するだけでは物足りなくなり、作りたいと思うようになった。
寝る間も惜しんで研究を重ね、絵の技法を身に着けた。
資金をためて隣町の画家のもとへ修行に行ったこともあった。
これまでに読んできた文献はゆうに100を超えているだろう。
初めて一から自作した絵本はまるで一人娘のように愛しくてたまらないものであった。
残念なことに、そのころは街で絵本の良さを理解してくれるものは少なかったが・・・
思いかけたところで何かにつまずく。
「っと・・・」
危ね、と小さく呟き、落ちていたモノに手を伸ばし拾い上げる。
「うげっ!?」
手元に持ってきて目を凝らすと、ようやくその形が浮かび、それを見た綴は小さな悲鳴をあげた、
―――腕だ。
思わず落としてしまってから、妙なことに気付く。
手触りが人間のものではなかったのだ。
ふうと長く息を吐き、恐る恐るもう一度触ってみるがやはり人間の肌とは違う。
拾い上げてもう一度眺めると、手首の部分に細かく丁寧な縫い目があった。
首を傾げて辺りを見回す。
「.....!?」
そして何の変哲もない路地裏の一角、そこにあったものに彼は意識を取られていた。
人形だ。
汚れて灰色になった腕が片方がもげて傍に転がっているのを拾ったのだ。
「・・・AID・・・・・・?」
彼女はひどい有様だった。
切れ込みがいくつも入った身体。
もとはおさげにしていたらしい長い髪はばらばらに切られ、ところどころが焦げている。
服は誰かに切られてしまったのかぼろ雑巾のようになり、泥と埃に塗れていた。
それもそうだ。高価な服を纏って捨てられた人形は貧乏人にとって格好の獲物。
高い布は洗って売ればそれなりの値段が付く。
薄暗い路地裏。もげた腕。汚れた全身。
誰かが見たら、悲鳴を上げて逃げていくような有様だ。
「・・・聞こえるか?」
そっと声をかける。
なんとなく、まだ壊れていないのではないかと気になってしまったのだ。
「目を開けるだけでも、少し声をあげるだけでもなんでもいい。俺の声が、聞こえないか?」
彼の予感は当たっていた。
長い睫毛が震え、ゆっくりと持ち上げられる。
「・・・・・・!」
息を呑む。澄んだ緑色の美しい瞳は、どこかで見たものに似ていた。
「・・・・・・」
気だるげな瞳が一瞬だけ自分に向けられ、そしてなんの興味も持たずに彼女はまた空へ視線を移す。
「・・・・君は人形なのか?」
「・・・・・・」
「名前は、何て言うんだ?」
「・・・・・・・・・」
何も答えない。
「少しでいい。君が何故ここにいるのかを知りたいだけなんだ。」
「・・・・・・るな」
かすかに何か喋ったような気がした。
「え?」
「・・・・けるな」
鈴を転がしたような綺麗な声。
心臓が狂ったように早鐘を打つ。
似ている、似ている、似ている、似ているのだ。
あのとき見た・・・・・・
「話しかけるな!!」
甲高い声で叫んでから、ぷつりと何かが途切れたように人形は動かなくなった。
「・・・っおい!どうしたんだ・・・!」
「・・・・・・」
「くそっ」
星は見えない。
街灯とコンビニエンスストアから漏れる光に照らされて、少女を抱きかかえた青年の影が走っていた。
あの白い鈴が咲く頃に フミ @fumine-yuzuki
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