第4話


「変わった名前ですよね。『さいわいなことり』って」


 さいわいなことりは、私の意図が読めないのか、首を傾げた。


 鳥類だから、当然表情は無い。


「あなたの目的を見れば、『しあわせのことり』の方がしっくり来ると思うんですけれど、それは、最近・・ツイてなかった・・・・・・・私の前に現れたっていう言葉で、納得出来た気がしたんです。まるであなたは私にとって、不幸中の幸いのように現れたから。確かに私は、もう何年も幸せではない経験をしています。書いては書いては、何度も落選しているという意味では。――でも私は、不幸なんかじゃない」


 神の使いだか何だか知らない、得体の知れない何かを睥睨する。


 ぐらぐらと腹で煮え出した、憎悪に近い感情を乗せて。


「落ち続けているのも、ツイてなかったからじゃない。何かに励むという事は、そんな運でどうこうなるような易いものじゃない――。ただ単に、私の力が及んでいなかっただけです。私より上手い人達がいたから落ちた。ただそれだけで、不幸でも何でも無い。これは、神の手による悪戯ではなく、努力した人間達による競争です。それをまるで、偶然落ちただけだとか通っただけだとか、人の努力を踏み躙るような物言いをした挙句、勝手に不幸扱いして助けに来るなんて、傲慢にも程がある。ああ、確かにまるで、あなたは神みたいだ」


 さいわいなことりは、ゆっくりとくちばしを開いた。


「……悔しないんか? 立派な精神やけれども、生憎姉ちゃんは負けてる側やろ? 何遍も」

「焼けるように悔しいです。結果を見る度に頭を抱えているし、口には出さないようにしてますけれど、それは未練タラタラで、粘着質な事も考えてる。でもあなたはさっき、『もうそんな苦痛からは、一生おさらば出来る』と言った。私は、逃げる為に書いてる訳じゃありません」


 楽しいからだ。


 私は繰り返した。


「本が好きだから。書くのが好きだから。それを好む性質を生まれ持ち、それを抜き取られると、空になってしまうから。何度落ちようと懲りずに挑み、何年経っても諦めないのは、好きである事をやめてしまう方が、ずっと辛いと知ってるから。少なくとも、私はそうです。だから何度でも落ちる。届くまで。届かなかったとしても、私には届かないんだと、心の底から納得出来る日が来るまで。その道がどれ程長く険しいかなんて、好きである前では、知った事じゃない。だから夢とはあんなにも儚く、美しいんだ。――楽しいと楽とは違う……。それを同列に扱ったあなたを、私は許せそうにありません」


 今にも腕を突き出して、握り潰してやろうかと思いながら、さいわいなことりを見る。

 

「帰って下さい。あなたに求めるものなんて、何も無い」


 ――ハン、とさいわいなことりは嗤った。


 甘言で人を騙す、悪魔のように。


「無を求めるっちゅうんか……。あほな娘やで。誰かって、楽して生きたいんが本懐やろうが」

「でもそれじゃあ足りないから、誰しも何かを求めるんでしょう。でないとあなたの夢は何ですかなんて、幼稚園生ぐらいから大人になるまで、しつこく訊かれる理由が無くなる」

「あーそうかい。ほんま、しょうもない子に目を留めてもうたもんやで」


 つまらなそうにさいわいなことりは言ったと思うと、何の前触れも無く消えた。


 余りの唐突さに怒りも引っ込んで、私は呆然と立ち尽くす。


 数秒後、我に返って辺りを見回してみたけれど、鳥なんて一羽もいやしなかった。屈んで机の下を覗いてみると飛龍ひりゅうの模型も、跡形も無く消えている。


 やっと状況を飲み込めた私は、立ち上がって天井を仰いだ。


「んあーカッコつけ過ぎたかも……」


 だって、叶う所だったのに。


 思わず額を手で覆ってみたけれど、でもやっぱり、後悔は無かった。そんな方法で叶えたとして、満足している自分が、全くイメージ出来なくて。


 いやというか、全部夢だったのかも。落選のショックで見た、幻とか。


 何だか最後は不気味だったし、もしかしたら、悪魔だったのかもしれない。願いを叶えるなんて調子のいい事を言って、後からとんでもない代価を求めて来るような。


 そうでなかったとしても私は、空っぽになってしまっていただろう。自らの努力を、裏切るような道なんて。


「次のコンテストでも調べてみるかなあ」


 言い聞かせるように声にしながら、座り直す。


 さいわいなんて消極的な幸福、頼まれたって受け取らない。たとえ届かなったとしてもその結末まで、きちんと自分の手で掴んでいたい。全ては自分で、選んだ道なのだから。


「――やろう」



 もう一度、キーボードを叩き出す。



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さいわいなことり 木元宗 @go-rudennbatto

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