最終話 人生は、なるようにしかならない

 大陸の北に程近い草原に、三つの人影があった。そこに手作りの墓標が建てられ、三人は黙祷する。


「······墓を建てるのが遅くなったなサウザンド。色々野暮用が立て込んでな」


 タクボは目の前の慎ましい墓標を見つめる。北の大地で秋を迎えるこの時期の風は、身体には冷たく感じる。


「良かったねチロル。三年越しに願いが叶って」


 ラストルが笑顔でチロルを見た。チロルは嬉しそうに頷く。


「うん。サウザンドさんのお墓を立てる時は、皆で一緒にって決めていたから」


 チロルは懐かしそうな瞳で墓標を見る。その墓標の隣には、魔法石の杖が置かれていた。


「······チロル。ヒマルヤは」


 ラストルの言葉に、チロルは表情を曇らせた。その時、何かが空から飛来してきた。風を周囲に纏いながら、黄色い長衣を着た魔族がチロルの前に降り立った。


「ヒマルヤ! 遅いわよ」


 チロルがヒマルヤを嗜める。ヒマルヤは慌てて墓標の前に立つ。


「許せチロル。だが確認して来たぞ。やはり魔族の葬式では、遺品は墓標の中に埋めるそうだ」


 そう言うと、ヒマルヤは墓標に穴を掘り始めた。チロルも不満顔のままヒマルヤを手伝う。


 四人で掘った穴に、サウザンドが使用していた杖を埋めた。


「······サウザンド。随分長い間借りてしまったな。ようやく返せる事が叶った」


 ヒマルヤは墓標を見つめた。それは悲しみでは無く、故人に感謝の気持ちを込めた笑顔だった。


 ヒマルヤは立ち上がり、三人に別れを告げた。


「タクボ。色々世話になった。この恩は生涯忘れない」


「大袈裟だヒマルヤ。精々一年程度で忘れていいぞ」


 ヒマルヤは苦笑し、チロルに向かい合う。


「チロル。一先ずお別れだ。息災でな」


「お別れじゃないよヒマルヤ。また何時でも会えるよ」


 チロルの言葉に、ヒマルヤの心と瞳が揺れる。


「······そうだな。私達は仲間だ。ずっとこれからも」


 最後にヒマルヤはラストルと握手を交わす。


「ラストル。チロルの事を頼んだぞ」


 自分が想い続けたチロルを誰かに託す。ヒマルヤは膨大な感情を一言に込め、信頼出来る仲間に伝えた。


「うん。ヒマルヤも元気で」


 その信頼出来る仲間は、明るい笑顔でヒマルヤに応えてくれた。ヒマルヤは満面の笑顔を残し、自分の国に帰っていった。


「ラストル。ソレット達にまた誘われたのだろう。本当に断っていいのか?」


 タクボが紺色の髪の少年に質問した。それは、ラストルの記憶を半月前に引き戻した。王の間の戦いで、ソレットは全身を蝕む呪いで瀕死に陥っていた。


 だが、アマラの精霊の力により、呪いは浄化され勇者は一命を取り留めた。意識を失っていたヒマルヤも、ラストルの治癒呪文で事無きを得た。


 誰もが安堵した時、ウォッカルとクダラの姿が消えていた。


 ウォッカルがクダラを抱えて逃走したと思われたが、誰も追跡を口にしなかった。武装集団がマクラン要塞内に入って来たので、タクボ達は要塞から退去した。


 タクボ達はある村に立ち寄り身体の回復に務めた。その村は、パルシャを預けた教会がある村だった。


 ソレット一行が旅立つ時、ラストルは再びソレットに仲間にならないかと誘われた。だがラストルは三年間とは違い、迷う事は無かった。


「ごめんなさいソレットさん。ゴントさん。ハリアスさん。クリスさん。僕は、ずっと側に居たい人がいるんです」


 ラストルの笑顔に、ソレットも穏やかに笑みを返した。ハリアスが下品に冷やかしたが、ゴントとクリスに殴られ沈黙した。


「そうだラストル。ある魔族の城で君の幼馴染に会ったよ」


「ええ? リリーカに!?」


 ラストルには故郷の村に、赤毛の幼馴染がいた。その少女が魔族の城に連れ去られ、ソレット達が救出に向かったと言う。


 だが多くの過程を経て、その赤毛の幼馴染は魔族の王と現在婚約中らしい。そうソレットは教えてくれた。


 幼馴染の激変した環境にラストルは言葉を失った。ソレット達は再びその魔族の城に立ち寄ったが、リリーカは幸せそうだったとソレットは経過を報告してくれた。


 気絶したハリアスをゴントが肩に乗せ、ソレット達は風の呪文で去って行った。彼等四人は世界の平和の為に戦い続ける。


 ラストルはそう思いながら、ソレット達が消えた空を見上げた。四人はいつまでも自分の憧れ続ける存在だった。


 パルシャが預けられていた教会では、ささやかな騒動が起きていた。騒ぎ声が聞こえる部屋を神父が覗いた。


「何事かね?」


「ああ。神父様。預かっていたこの子を沐浴させていたんですが、この子が聖水を自分の身体にかけてしまって」


 すると、聖水で濡れたパルシャの背中に文字が浮き上がって来たとシスターは報告した。


「ふむ。これは隠し文字だな。魔力を帯びた筆で書くとこのような仕組みになる。しかし何故この子の親はこんな事を?」


 神父は怪訝な顔をした。シスターが浮き上がった文字をなんと読むか悩んでいた。


「これは北方の国の文字だね。ええと、この文字は「フィンド」と読むな。人の名だね」


 神父はそう言いながら、小さい浴槽ではしゃぐパルシャを見た。もしかすると、この文字の名の人物は、この幼児の親の名かもしれない。


 神父は何となくそう思った。パルシャを引き取りにメーシャとローニルが教会を訪れたのは、パルシャが裸で浴槽から逃亡した時だった。


 メーシャとローニルは、組織の再建の為に力を尽くした。二人は常に行動を共にした。可能な限りパルシャを同行させ、ある時北方の国トワイス国に立ち寄る事があった。


 その時メーシャとローニルはパルシャの父親と出会う事になるが、それは別の物語となる。


 尚メーシャの背後には、謎の老人達が協力者として暗躍したと伝えられている。


 ゾルイドはマクラン草原の会戦後も戦い続けた。そして大陸の東に自分の国を建国する事を実現する。


 そこを拠点にして大陸に覇を唱えるつもりだったが、ゾルイドの運命は変転する。大陸の遥か東の果てにある帝国が、大陸に侵攻を開始したのだ。


 一度はソレット達にその野望を阻まれたが、帝国は再び大陸に食指を伸ばした。大陸の東の玄関口に領土を待つゾルイドは、帝国の侵攻を迎え撃った。


 ゾルイドは足掛け八年間。帝国の三度の侵攻を全て撃退した。皮肉にもゾルイドは支配を望んでいた大陸を救う英雄となった。


 紅い甲冑のゾルイドが姿を現した時、帝国の兵達はその姿を恐れ、戦意を挫いたと伝えられている。


 トウリュウはマクラン要塞を手にしてから、自分の国を宣言した。国名は「テリンヌ」とした。


 どう考えても、女性の名にしか思えないと周囲は異論を唱えたが、トウリュウは頑としてこの名を譲らなかった。


 身分制度の無い国と噂が広がり、圧政に苦しむ民衆達がマクラン草原に流れて来た。トウリュウは流民達を全て受け入れた。


 各国の王達はトウリュウの国の制度を嘲笑した。そしてテリンヌの勢力が拡大する度に、それは戦慄に変わった。


 トウリュウの唱える身分制度の無い国の存在は、自分達の存在意義を真っ向から否定する物だったからだ。


 各国はテリンヌを警戒し、トウリュウは長い戦いの日々を送る事となる。部下達に巧みに、そして無理やり仕事を押し付けるトウリュウの傍らには、金髪の少年が常に控えていた。


 ボネットはカリフェースに暫く留まった後、天界に行ったと言うジャミライスの話の真偽を確かめる為に、鳥人一族を探す旅に出た。


 ボネットが天界に辿り着けたかどうかは不明である。


 モンブラはアマラと共にカリフェースに残り、ウェンデルに仕えた。ウェンデルの人柄にモンブラは何かを見出した。


 青と魔の賢人が行ってきた方法以外に平和の道はあるのか。モンブラはウェンデルの元で、それを追い求めて行く事となる。


 ウェンデルはカリフェースの王として君臨し続けた。人間、魔族を問わず、侵略戦争を禁ずる国際条約の実現に向けて尽力した。


 ウェンデルのどこか人間離れした雰囲気に、彼を見る人々の意見は二つに分かれた。一方は彼を崇拝し。一方は彼を危険視した。


 ウェンデルは暗殺者に狙われ、カリフェースは他国の軍に侵攻を受ける事となる。だが、暗殺者は全て返り討ちにあった。


 全身黒衣の若者が、何人たりともウェンデルに近づけさせなかった。そして戦争時にはウェンデルは陣頭に立ち、黄金の剣を振るった。


 彼の持つ黄金の剣が輝くと、十体の騎士達が突然現れ、敵兵達をなぎ倒して行った。


 聖騎士団長ヨハスと宰相のテンシヨウがウェンデルを支え、カリフェースは盤石の強さを誇る強国となる。


 

 ······草原の墓標に挨拶を済ませたチロルは、我が師と別れを惜しんでいた。


「チロル。どうしても行くのか。せっかく三年振りに会えたと言うのに」


 タクボが沈んだ表情でチロルに話す。三年前、少女の頭の位置はタクボの腰の辺りだった。


 だが、今はタクボの肩に迫る位置に達した。身体は成長したが、弟子を一人で旅に出す不安は尽きなかった。


「一人ではありません師匠。ラストルが一緒です。折角、女性運が絶望的な師匠に空前絶後の奇跡が起き、お嫁さん候補が一緒に暮らしてくれるこの最初で最後の機会を邪魔したくありません」


 チロルは笑顔で毒舌と敬愛を混ぜた言葉を伝えた。複雑な心境のタクボは、右手を愛弟子の頭に添える。


「······三年経っても口の減らない弟子だな」


「······たまに。たまにで良いです。師匠に会いに行ってもいいですか?」


 チロルは顔を俯け、表情を隠しながら小声で呟く。


「何を馬鹿な事を言っている。良いに決まっているだろう。チロル。お前はずっと私の大事な弟子だ。これまでも。これからもだ」


 タクボはチロルを抱きしめた。師の加齢臭を感じながら、チロルは自分の居場所を失っていない事を知った。


 それは危険な思想に傾倒し、後戻り出来ない川を渡ろうとしていた少女を、元の安全な岸側に引き戻すかのような安心感を与えた。


「ラストル。チロルをよろしく頼む」


「はい。タクボさんもお元気で」


 風の呪文の準備が出来たラストルは、頬を赤らめながらチロルに手を伸ばす。チロルはきょとんとした表情を一瞬見せたが、微笑してラストルの手を握った。


 チロルとラストルは風の呪文で飛び去って行った。二人の最初の行き先は、ラストルの故郷だと言う。


 娘を嫁に出す父親の心境とは、この様な物なのだろうか。二人が飛び立った空を見上げながら、タクボは一人そう呟いていた。



 


 ······マクラン要塞の戦いから二年の月日が経過した。ある山の麓にある小屋からは、煙突の先から煙が上がっていた。


 野良仕事を終えた男は、沈みゆく夕陽を眩しそうに目を細めて見る。農具の汚れを井戸水で流し、丁寧に布切れで拭いていく。


「帰るかラフト」


 ラフトと呼ばれた白猫は、威勢よく泣き声を上げ、男の足元に頭を擦り付ける。小屋に戻って来た男は、妻の叫び声で出迎えられた。


「あなた! 立ったわ! カネルが今立ったの!」


 灰色の髪を揺らしながら、美しい妻は帰宅した夫に血相をかいて叫ぶ。夫は正にその瞬間を目撃した。


 生後九ヵ月の我が子が、テーブルの脚を両手で掴みながら立っていた。夫と妻は、乳児の初めてのつかまり立ちを息を飲んで見続けた。


「······そう言えば、もうすぐ夏至ね。チロル達が帰ってくる時期だわ」


 一年に一度。自分達に会いに帰ってくる者の名を、妻は急に思い出した様に夫に呟いた。


 だが、夫はそんな妻の声が耳に入らない程、カネルを凝視し続けていた。そんな夫の横顔を見て妻は苦笑する。


「あっ!!」


 急に夫が指を差し叫んだ。握力が尽きたか、カネルがテーブルの脚から手を離し背中から倒れた。


 後頭部をしたたかに打ち付けた乳児は、数秒間口を開いた後に全身全霊で泣き叫んだ。夫と妻は大慌てで我が子を抱き抱える。


 夏の盛りを迎えようとしていた夕暮れ時。小さな小屋には、いつまでも乳児の泣き声が響いていた。




        


 


 


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石橋を叩いて渡れ、冒険者人生 @tosa

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