視点:僕 そして世界滅亡

「おい、お前、何をしているんだ……?」


 背中を見た僕は思わず愕然とした。そこには、アンドロイドがいたのだ。今まで生気を感じたことのない表情が今だけは死にそうに映った。

 しかし、彼女は何も答えない。ただ口パクをしているだけである。おそらく、音声マイクがあの爆発で故障したのである。見れば、外見の被害はメイド服が焦げているだけに収まらず、彼女の右脚がなかった。

 それはともすれば、ミロのヴィーナスのようであった。何かがかけていることで完成する美しさである。でも、僕はあれを美しいだなんて思ったことはない。何かがかけていることに本能的な恐怖を覚えるのである。

 僕は心の底からアンドロイドに恐怖していたのかも知れない。あまりにも合理的で、目的のためなら自らの命すら平然と投げ出す彼女達に。


 だが、それなら僕はなんで彼女とここまで着たのか。まさかこの滅亡した世界でアンドロイドに価値を見いだしたわけではないだろう。じゃあ、何故?

 いや、そう言って誤魔化し続けるのは止そう。僕はその理由に少し前から思いついていた。精神安定剤による枷を解かれてから、すぐさま分かったのだ。

 あの時、僕はこのアンドロイドと自分が同じ存在に見えたのだ。データの代わりに捨てられた僕と、道具として切り捨てられた彼女。どちらも両親に捨てられた者同士である。

 あの時、僕は誰のことを哀れんでいたのだろう。

 何に対して可哀想だと思ったのだろう。

 じゃあ、僕が彼女を連れて行った理由は……?

 そして、結局彼女を捨てて両親の所に行ってしまったのは……?


「……ごめん、なさい。ごめん、ごめん。本当にごめん。ああ、僕がもう少し早く気がついていれば――っ!」


 気がついていればなんだというのか。僕は気がついていてもなお、両親の愛を求めて同じことを繰り返したはずだ。繰り返し、そして彼女を失う。


 結局、僕は誰にも満たされることはなかった。愛おしい両親と一緒に死ぬことはできず、唯一傷をなめ合えたであろう存在すらも失ってしまったのだった。

 世界滅亡――それは、はたしてこれよりも残酷で辛いものなのだろうか?

 その真実は着々と迫っていた。僕はそれを驚くほどの冷静にそして平穏を保ったまま待った。





 やがて人類は全ての記憶を失った。

 人類滅亡までのカウントダウンは確かに始まった。それは、文面で冷静に捉えればひどく恐ろしいけれど、実際にそこにいる者達は何も感じない。ただ、生きることに一生懸命であった。初めのうちは補助していたアンドロイドも、老朽化の波によってある日突然ガラクタと化した。

 全てを失った人類は、過酷な環境の中をさまよいゆっくりと死滅していく。それは、毒がゆっくりと全身をむしばんでゆくかのようであった。しかし、生きている人間達は皆一様にそういうものだと死を受け入れていった。


 世界滅亡――正確には、人類滅亡はかくして果たされたのであった。

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世界滅亡 現夢いつき @utsushiyume

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