視点:僕withアンドロイド―5

 目的地に辿り着くや否や、僕は自転車を投げ捨てた。

 僕の目指していた目的地というのは、父さんと母さんが勤めている大学であった。そして、自転車をそこに遺棄した理由は、大学から黒煙が上がっており、もう一刻の猶予もないと思ったからである。


「息子様。今行かれるのは危険でございます」

「うるさい! ぼ、僕は急いでいるんだ!」


 焦燥感と薬がないせいで、僕の心と口調は浮ついていた。

 彼女の制止を振り切って大学の中に入っていく。

大学棟侵入から一分もしないうちに、僕は両親の研究室にたどり着くことができた。もう、自分が息をしているのかどうかそれすらも定かではない。

 しかし、そんなことは些細でどうでもいいことなのだ。そう、目の前のこの扉さえ開けることができたならば、僕は死んでもいいのだから。そう確かめながら僕はドアノブを回そうとしたけれど、階段を上る何者かの足音を聞いて思わず握ったまま回すことを躊躇ってしまった。

 間違いない、彼女である。アンドロイドである彼女が、ロボット三原則に従って僕を追ってきているのである。


 何のために? ……僕を生命の危機から救うために。


 頭が徐々に不透明になっていく。

 そもそも、どうして僕はここに来たのであろうか? まさか死にたかったというわけではあるまい。ここまで平凡に生きてきたのだ。世界滅亡だからといって進んで死のうとはしないし、する気もさらさらない。世界滅亡に際して絶望するだけの地位は持っていなし、平生から何らかの絶望を抱いて生活していたというわけでもないのだから。

 じゃあ、大人しく彼女の言葉に従って着いていけばいいのだ。生きていればきっといいことがあるのだ。たとえあと数えるほどの時間しか生きられないとしても、最後まで生きていた方が得に決まっている。

 しかし、僕の手はなかなかドアノブから離れない。さながら接着剤で無理矢理くっつけられてしまったかのように、がっちり握っている。


 速く決断しなければならない。足音から思うに、彼女はもう二階まで来ている。ここも二階であった。

 僕は自分の両親を愛している。子供の時に父さんと一緒にしたキャッチボール。母さんと一緒に料理をした記憶。父さんと行った科学館。どれもどれも楽しかった記憶だ。

 

 しかし、僕の記憶はそれしかない。


 大学に行くと言って、どちらかが必ず欠けてる両親。

 公園に行くよりもデータを優先した母さん。僕が手伝った時に限って食事は外食で済ました父さん。折角の休日まで大学へ行き科学館に来なかった母さん。

そして。僕が問題を解いている時よりも、先生の間違いを正す時の方が生き生きとしていた父さん。僕と話すときは何時も何らかの資料を片手に会話していた母さん。

 僕はそこまで思い出して、ドアノブから手を離した。

 そして――。


「ふざけるなああああああああああああ!!」


 ――思いっきりドアを蹴破った。


 燃えていたということもあって、初めてやった割にドアは面白いほど綺麗に部屋の中に飛んでいった。

 僕がたかがデータに劣っているわけがないだろう!? 長男は僕だ。この家の長男は僕なんだ。どうして父さんと母さんは僕のことを見てくれない! 手のかからないいい子供だっただろう、僕は!? 料理は手伝ったし、行きたかった遊園地は諦めて、父さんの行きたかった科学館に行きたいと言った僕は偉かっただろ? 両親がそろはなくても不平不満は一言たりとも言わなかったんだぞ! 僕は自分の親を、こんな親だったけれど愛していたんだ!


「だから、せめて最後ぐらい一緒に居てくれよ! 親子そろって、なあ!」


 地面が割れんばかりに叫んだ。ドアをぶち破り、両親の白衣の端が、空中を漂っているのを視界に入れた瞬間僕は叫ぶ。

 まだだ。これだけじゃない! もっと、もっとだ。こんなのは僕がため込んできたものの氷山の一角にも満たない。

 でも、その声は誰にも届かない。


 僕が叫んだのと、部屋が爆発したのは同時だったからだ。


 爆炎が酸素を求めて、地面を裂きながら部屋の中から出てくる。僕の地面が割れんばかりの咆哮ほうこうなどいともたやすくかき消しながら、それは僕の身体を吹き飛ばした。両親の身体がどこに飛ばされたのか認識することはできなかった。視界が飛んできたレポート用紙に隠されてしまったからだ。


 熱風によって肌が焦げる痛さに悶える暇もなく、身体は部屋から飛ばされた。パリンッ! という音が、背中から聞え直後、気持ちの悪い浮遊感が僕を包み込んだ。廊下の窓を破って空に飛ばされたということを理解したときには、僕は木の枝などに皮膚をさきながら地面に落ちていた。


しかし、僕は吐き気を覚えただけで、痛みを感じることはなかった。

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