悪役令嬢と王子の席取り合戦

@kurageraku

第1話

王子様とお姫様は仲良く暮らしました?

は?笑止。

身分の分からぬものなど愛妾が関の山。身分であっても側妃止まりね。

王子様のお姫様は一人ではない。日々王子様の寵愛を競い合いながら醜く生きていくのだ。

そんな中でも勝者とは身分と才能、そして美貌を兼ね備え、王妃という名の将来が決まった私のようなもののことを言うのですけど。


未来の王妃こと、リリィは口元の扇子で本心を隠して、今日も穏やかな笑顔を浮かべている。

例え、婚約者である王子が未来の側妃や愛妾たちと笑顔で談笑しようとも。

うっかりそのうちの一人と目が合い、そのご令嬢が王子にコソッと耳打ちする。

すると王子に群がるご令嬢方が一斉に勝ち誇った目でリリィに向かって微笑んだ。


「もう耐えられません!リリィ様がお優しいからと言ってあのような態度!無礼にも程があります!」


かく言うリリィも負けてはいない。

後ろに美男子たちを引き連れ、練り歩いていた。

その一人が声高に主張し、他の男子たちも静かに頷いている。


「いいの…私は王から愛される為だけに存在するのではありません。民から愛されるためにいるのです。ご寵愛は他のご令嬢にお任せ致しますが、未来の王を支えてくださる方々を労うのは私にしかできないことと自負しておりますのよ?」


整ったリリィの顔は大人びて見られることが多いが、この時ばかりは無邪気に少女のように微笑んだ。

リリィに群がる男子たちはこの笑顔を見て心を鷲掴みにされている。


「…しかし…私のために怒ってくれて嬉しいですわ。貴方たちの気持ちは充分伝わっています。いつか、本当に心を殺さないといけない日が来た時、きっと何度もこの日のことを思い出して慰められることでしょう。」


リリィはふと寂しそうに笑ったかと思うと、すぐにいつもの慈愛に満ちた笑顔に戻った。


「リリィ様…」


周囲からため息が漏れる。


「せめてリリィ様の心が穏やかでいられるよう、私たちがリリィ様をお守りせねば。」


妥結するかのようにリリィを囲む男子が声を上げる。

その中でリリィはただ優しく微笑んでいた。


リリィを囲む男子たちは意外にも仲が良い。

王子の寵愛を競うご令嬢方とは違って、リリィを敬愛し守るための同士として団結している。

ここに居る者たちはただリリィの外面的な魅力に惹かれて側にいるのでなく、その笑顔と同じく慈悲深く多くの人の困り事に耳を傾け、見事に解決へと導いていったリリィのその姿に心惹かれたのである。

リリィを囲むほとんど男子たちはリリィに恩義を感じている者たちでもあるのだ。


**


そんな穏やかな日常もすぐさま終わりを告げる。


「リリィ、今すぐこの学園から去れ!貴様がしたことは分かっているのだぞ!」

「はて?何のことでしょう?」


奇しくも人の集まる食堂で王子が感情を剥き出しにしてリリィを怒鳴りつける。

しかし、リリィはいつものように扇子で感情を隠していた。


「調べはついておるのだぞ!最早言い逃れもできぬだろう。」

「逃げも隠れもしませんが、お話が見えないので困ってしまいますわ。」


リリィは眉毛を下げて困った顔を作った。

背後に控えていた男子が畏れ多くも王子に意見しようとするが、リリィの手と視線がその男子の行動を制する。


「婚約しておきながら他の男子と密会しておっただろう!」

「貴方程ではありませんが?」


リリィが男子と二人でいたことは事実だが、密会ではない。

いつものように、ただ悩める男性に手を差し伸べていただけである。


「他の男と交わるような女など、城に入れることはできん!貴様も分かっているだろう!」

「はて?交わったことのないのですが?皆さま一人一人たずねても証言一つ出てきはしないでしょう。そして、なにより女性は時としてそれを証明できることをご存知で?ご存知ならば今すぐ医者を連れてきてください。もちろん、貴方の息のかかっていない方をね。」


次の言葉を繰り出す為にリリィはスッと息を吸った。


「皆様もお城に入るのならば証明してくだいませ。あら、それとも皆様全員揃って愛妾狙いかしら?だったら婚約破棄をする必要はなかったのでは?」

「私が初めてならば関係なかろう!」


ご令嬢方を庇うように王子が前に出る。


「それが他の男と交わったことのない証拠にはならないと思うのですが?」


そのリリィの侮蔑に満ちた瞳に気づいたのは王子とご令嬢の一部だけのようだ。

動揺したように瞳が揺れている。それを見てリリィはまた慈愛に満ちた顔で微笑んだ。


「…いけない!忘れていましたわ。毛色の変わった仔ウサギちゃんはその資格をお持ちでしたわね。」


リリィが毛色の変わった仔ウサギちゃんと呼んだ令嬢を、他の令嬢は心当たりがあるようで、一斉に自分方の陣地に居る毛色の変わった仔ウサギちゃんの方を向いた。

毛色の変わった仔ウサギちゃんはルビーのように愛らしい瞳を真ん丸にして震えている。

正に肉食獣が吠えただけでショックで死んでしまいそうな仔ウサギちゃんは両手を胸の前で合わせて、王子様が守ってくれるのを待っていた。

生憎、私はそんなのには騙されない。


「貴女が王子の次の婚約者かしら?」

「でまかせを言うな!」

「私の憶測を言ってしまい申し訳ありません。しかし、皆様の憶測を私がどうこうはできませんので。」


そう、真実だと証明できなくてもいい、ただ不安の種を植え付けるだけでいい。その種はやがてその人間の不安と疑心で大きく膨らみ、やがて綺麗な花を咲かせるだろう。

今はもう、芽吹いているわね。

令嬢たちは皆、毛色の変わった仔ウサギちゃんから目が離せないみたいだ。


「小賢しい奴め!このまま婚約破棄だけで済むと思うなよ!」


こんな小物臭の漂う王子がいただろうか。

物語の王子と同じく金髪碧眼の華々しい容姿が、今は下品にくすんで見える。

宮中の天使と謳われた美貌も、ご婦人を騙して金品をもぎ取るペテン師のようだ。


「心変わりがどうしようもありません。私がこうして貴族の御子息様とお話するのは国の為、いつかは国政を担う婚約者の為でした。それが押し付けがましく感じてしまったのでしょう。」


リリィも毛色の変わった仔ウサギちゃんに負けじと、儚げに目を伏せた。

髪と同じくプラチナブロンドのまつ毛が欠点の無いリリィの顔の頰に影を落とす。

まるで悲恋に打ちひしがれる物語のお姫様のようである。

そう、リリィはお姫様である。

唯一無二の絶対的なお姫様。

一国の王子、しかも次期国王である王太子でしか、釣り合うものはいない。


「それでは、私がリリィに婚約を申し込もう。」


一人の男がリリィがお抱えしていた御子息の中から名乗りを上げた。


「何故…お前が…」


弱気になったリリィを更に追い詰めんと意気込む王子の出鼻を挫く。

それは元婚約者である王子も良く知る人物である。


「父である国王の御意志だよ。弟よ。」


その男性は王子とよく似た面持ちだが、落ち着いた髪と瞳の色は王族としてのオーラは無い。

しかし、現在王族にいるもう一人の王子である。


「母の身分の低さから王太子のスペアとされ、後継者争いにならないようにと生きてきたけれど、やっと本来の役目を果たすことが出来そうだよ。」


その優しい面持ちに、今まで受けてきた仕打ちを感じるような憂を忍ばせる。


「リリィ、私と婚約して欲しい。そして、リリィ、君には王妃の座が似合う。私と婚約したあかつきには王妃の座を君にプレゼントしたい。」


自らをスペアと呼んだ王子がリリィの前でひざまずくと、か弱いリリィの手を取って申し込む。


「それは王太子の座を私と争うということか!」


リリィの返事を待たずに、元婚約者の王子が先に声を上げる。


「…私は婚約者である王子に代わり、沢山の人々の声を聞いてきました。時には王政を動かさなければどうにもならない問題もありました。その中で元婚約者である第二王子が人々の悲鳴にも似た願いに耳を傾けてくれたことはあったでしょうか…」


リリィは繋がれた手を見つめ、語る。

リリィの周囲にいるものは皆、頷くようにそれを黙って聞いていた。


「私のためではなく、国民のために争うのならば、私は貴方の手を取りましょう。」

「ああ、誓おう。」

「私、リリィは婚約の程をお受けいたします。」


学園の食堂内に大きな歓声が上がる。

それはリリィを支持する声のように、断罪の空気を一変させた。


「成らぬ!」


元婚約者の王子の声でまた食堂が静寂に包まれる。


「今ここで争えば、国は混乱するのでは無いか?それが民のためとは聞いて呆れる。王座がただ欲しいだけだろう!」


怒りに満ちた王子の目と大きく笑うような口のアンバランスさは、一国の王子としての品位を落とすような表情だった。


「では、争うこともなく、終わらせましょう。」


リリィの持っていた扇子がパチンと音を立てて閉じられる。


「これより、わたくし、リリィの第二王子の婚約破棄と第一王子の婚約の程をご通告を願い出ます。そして、リリィは第一王子の王位継承のために粉骨砕身することもお伝えください。」


リリィが振り返ると、後ろに侍らせていた男たちが一斉に膝をついて、同意する。

そして、忙しく早馬の準備をし始めた。

リリィの侍らせていた男性方の正体はこの国の中枢を担う貴族たちの御子息が多く含まれていた。

その親である貴族たちもこれを機に動くだろう。

リリィはただ息子たちに思い付きと称して領地の経営の提案をしたり、ある時には災害援助のためにパイプ役にも一役買っていた。

リリィと元婚約者である第二王子の話というのも、息子を介して報告してあるだろうし。

第二王子が女に狂っていた時、リリィは動いていた。

ただそれだけの話。

もちろん、第二王子を見切って第一王子やその派閥の貴族、果ては隣国の王族や貴族たちにも注視していて、時には恩を売っていた。


「リリィ…一介の貴族の娘風情が王太子の座を脅かすのか?」


声高に宣言したリリィに第二王子の怒りが向く。


「私は一つの駒に過ぎません。あくまで、キングは第一王子殿下です。しかし、キングのために駒は動く、ただそれだけのこと。」

「私がキングならば、リリィはクイーンだ。」


第一王子がリリィの手を取り、指先にキスをした。


「ありがとうございます。」


リリィは花が咲くように笑顔を綻ばせる。


「私はクイーンとして戦いましょう。ところで第二王子殿下は戦う準備は出来てまして?」


第二王子の周りにはか弱いご令嬢しかいない。

リリィはこのためにナイト、ビショップ、ルーク、ポーン、全てを集めた。

そう、自分が王妃になるために。


**


何の盛り上がりもなく終わった王位継承争いに、物足りなさも感じながらもリリィは着実に力を強めていた。

第二王子が侍らせていた訳あり品になったご令嬢方は、普通なら勘当させられるべきところを、同じく訳あり品の御子息方々に割り振って、双方の貴族からかなり感謝された。なんて慈悲深い、なんてね。

第一王子と入れ替わるように辺境の地へと旅立っただ第二王子もまた同じように活用するしよう。

敵の駒は手に入れると自分の駒になるなんて、いいわね。そんなルールをチェスにも付け加えたいくらい。

リリィはカップの中の紅茶を眺めた。


「どうしたんだい?」

「いえ、幸せを噛み締めていたところです。」


自分をただ唯一の妻として愛し抜くと宣言した第一王子に、リリィは優しく微笑んだ。

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